フランスを代表するシャンソン歌手、エディット・ピアフの名作「愛の讃歌」は、日本でも数多くのシンガーが歌っているが、美輪明宏氏が原詞の内容を忠実に伝えたいという意図のもと、自ら訳したバージョンは、これまで誰もカバーする者がいなかった。今回、「愛の讃歌」美輪バージョンを歌い、CDをリリースしたのが五木まり。今年77歳、喜寿を迎えた彼女は、現役シンガーである。これまで多くの歌手が歌いたいと願っても叶わなかった美輪バージョンを歌うことになった理由、そして1970年代のデビューからこれまでの経歴について話を聞いた。
■副賞の海外旅行が目当てでシャンソンコンクールに応募
京都生まれの五木まりは、1970年、大阪万博で開催された「第7回日本シャンソンコンクール」に応募し優勝、歌手デビューを果たす。
「私はもともと、学芸員としての就職も内定していて歌手になるつもりはなく、優勝すると海外に行けるから、という理由でコンクールに応募したんです。それがまさかのグランプリを獲得してしまって、その後は石井好子先生のもとで特訓を受けて、どうにか歌手として世に出られるようになり、コンクールの翌年、『誰でもいつかは』『限りない愛に生きて』という曲でデビューしました。まだできたばかりのキャニオンレコード(現・ポニー・キャニオン)からのデビューでした」
この「限りない愛に生きて」を作詞したのは湯川れい子氏で、湯川氏とは現在も交流があるという。そして歌手デビューにあたり「五木まり」という芸名を、恩師にして、日本シャンソン界の草分けでもある石井好子氏から授かるが、ここにもユニークなエピソードがある。
「石井先生は『まり』という芸名をお弟子さんに付けたかったらしく、最初はシャンソン歌手の今は亡き大木康子さんに『まり』と名付けようとしたら断られて、私にその芸名が回ってきたんです。ただ、苗字が決まらないというので、石井好子先生が五木寛之先生にご相談したら『それなら僕の苗字を使えばいいじゃないか』とおっしゃられて、それで『五木まり』としてデビューすることになりました」
デビューしてから2年間はがむしゃらに勉強し、その後はマイペースで歌手活動を継続。現在、77歳になる五木は、還暦を迎えようとする頃、もう1人の恩師である湯川れい子氏から「本気でやるなら歌謡曲を勉強しなさい」と背中を押されたという。
おしゃべりも達者な彼女は、「NACK5」や「FM横浜」などでパーソナリティなどでも活躍してきた。コンサートやライブ活動はすべてボランティア、チャリティで行なっており、歌手活動が活発になってきたのは、今から8年前の2015年のこと。作詞家の荒木とよひさ氏との出会いであった。
「荒木先生の作品の中で、最も心を打たれた『さくらの花よ 泣きなさい』のカバーの許諾を得ることができたんです」
この曲は05年に荒木氏と、名コンビだった作曲家の三木たかし氏が、2人揃って紫綬褒章を授章したことを記念して作られた楽曲である。何人もの歌手に歌い継がれており、五木もこの曲でクラウンレコードから「再デビュー」を果たした。ちなみに、カップリング曲の「ソフィアの子守唄」は、芸名を授かった五木寛之氏の作詞である。
「その後も、坂本九さんが歌った『心の瞳』、ヤン・スギョンさんの『愛されてセレナーデ』、芹洋子さんが歌った『四季の歌』など荒木先生の楽曲をずっと歌わせていただきました」
五木まりの歌うこれらの楽曲を聴いていると、原曲のシンガーとは全く違う個性ながら、この時60代後半とは思えぬ歌唱力に加え、卓越した表現力で、荒木とよひさ氏の言葉にあらたな息を吹き込んでいることがわかる。同様に、五木寛之氏が作詞、武満徹氏が作曲したハイ・ファイ・セットの「燃える秋」のカバーも、ヨーロピアン・ムードの世界観をエレガントに歌い上げている。
■コロナ禍での沈黙期間を経て、美輪バージョン「愛の讃歌」で“再々デビュー”
「そろそろ、また洋楽にチャレンジしたい」と、「SHE」「帰り来ぬ青春」をレコーディング。その直後にコロナ禍となり、ヤマハホールでの新曲発表会を最後に再び沈黙期間に入る。だが、銀巴里時代からすべてにおいて敬愛していた美輪明宏氏の許諾を得て、この度「愛の讃歌」をカバーすることとなった。
「美輪さんの『愛の讃歌』はこれまで誰も手をつけられない、それだけ大きな作品でした。心筋梗塞で入院し、“人生後悔のないように”、と直談判で歌唱許諾をお願いしてから、2日ぐらい経ってオフィスミワから許可が下り、信じられぬ驚きと不安で押しつぶされそうになり、コンサートでご一緒していただいていた美野春樹さんにご相談したところ、まさかのオーケストラの編成でレコーディングが実現しました」
美輪バージョンの「愛の讃歌」は、9月20日にキングレコードから発売された。カップリングには彼女のデビュー曲「限りない愛に生きて」が再レコーディングにより収録されている。
「ここへ来て、私の最終章の人生にもどんどん変化が起きていて、生かされている私はまだ精進せねばと心を引き締めています。私には3つ、夢がありました。1つは湯川先生にいただいたデビュー曲を、長年にわたり見守っていただいた先生に感謝の意を込めて再度歌い直したいということ。2つ目は美輪さんの訳詞の『愛の讃歌』を歌唱させていただくこと。そして、あと1つは国歌斉唱。これをノーマイクで歌うのが夢です。私は今でもステージではノーマイクを基本にしています」
デビュー当時とキーが変わっていないというのも驚きだが、77歳という年齢がにわかには信じ難いほどの優れた歌唱力にも驚かされる。
「ジャンルにとらわれず、歌を通して私なりに少しでも社会貢献ができればという信念でこれまで続けてきました。『愛の讃歌』は世界的な大曲ですから、1人でも多くの方に聴いていただかねばと、今回ばかりは周りに背中を押されて、こうしてメディアに出ることにしました。言うなれば今回が再々デビューになります」
11月6日には、古賀政男音楽博物館けやきホールで、美野春樹カルテットとともにライフワークの『NEOMARIIZM charity concert53rd』を開催する。「歌の道は独特のスタイルでもう少し継続していかねばならない」との使命感を再確認している五木まり。心と心を繋ぐ稀有なアーティストの唯一無二の歌声をぜひ堪能してほしい。
文・馬飼野 元宏
<リリース情報>
五木まり「愛の讃歌/限りない愛に生きて」
2023年9月20日発売/KICB-2827/価格:1500円(税込)
【収録曲】
1. 愛の讃歌
2. 限りない愛に生きて
3. 愛の讃歌
(オリジナルカラオケ)
4. 限りない愛に生きて
(オリジナルカラオケ)
■五木まり オフィシャルサイト:https://mari-itsuki.com/
■副賞の海外旅行が目当てでシャンソンコンクールに応募
京都生まれの五木まりは、1970年、大阪万博で開催された「第7回日本シャンソンコンクール」に応募し優勝、歌手デビューを果たす。
「私はもともと、学芸員としての就職も内定していて歌手になるつもりはなく、優勝すると海外に行けるから、という理由でコンクールに応募したんです。それがまさかのグランプリを獲得してしまって、その後は石井好子先生のもとで特訓を受けて、どうにか歌手として世に出られるようになり、コンクールの翌年、『誰でもいつかは』『限りない愛に生きて』という曲でデビューしました。まだできたばかりのキャニオンレコード(現・ポニー・キャニオン)からのデビューでした」
この「限りない愛に生きて」を作詞したのは湯川れい子氏で、湯川氏とは現在も交流があるという。そして歌手デビューにあたり「五木まり」という芸名を、恩師にして、日本シャンソン界の草分けでもある石井好子氏から授かるが、ここにもユニークなエピソードがある。
「石井先生は『まり』という芸名をお弟子さんに付けたかったらしく、最初はシャンソン歌手の今は亡き大木康子さんに『まり』と名付けようとしたら断られて、私にその芸名が回ってきたんです。ただ、苗字が決まらないというので、石井好子先生が五木寛之先生にご相談したら『それなら僕の苗字を使えばいいじゃないか』とおっしゃられて、それで『五木まり』としてデビューすることになりました」
デビューしてから2年間はがむしゃらに勉強し、その後はマイペースで歌手活動を継続。現在、77歳になる五木は、還暦を迎えようとする頃、もう1人の恩師である湯川れい子氏から「本気でやるなら歌謡曲を勉強しなさい」と背中を押されたという。
おしゃべりも達者な彼女は、「NACK5」や「FM横浜」などでパーソナリティなどでも活躍してきた。コンサートやライブ活動はすべてボランティア、チャリティで行なっており、歌手活動が活発になってきたのは、今から8年前の2015年のこと。作詞家の荒木とよひさ氏との出会いであった。
「荒木先生の作品の中で、最も心を打たれた『さくらの花よ 泣きなさい』のカバーの許諾を得ることができたんです」
この曲は05年に荒木氏と、名コンビだった作曲家の三木たかし氏が、2人揃って紫綬褒章を授章したことを記念して作られた楽曲である。何人もの歌手に歌い継がれており、五木もこの曲でクラウンレコードから「再デビュー」を果たした。ちなみに、カップリング曲の「ソフィアの子守唄」は、芸名を授かった五木寛之氏の作詞である。
「その後も、坂本九さんが歌った『心の瞳』、ヤン・スギョンさんの『愛されてセレナーデ』、芹洋子さんが歌った『四季の歌』など荒木先生の楽曲をずっと歌わせていただきました」
五木まりの歌うこれらの楽曲を聴いていると、原曲のシンガーとは全く違う個性ながら、この時60代後半とは思えぬ歌唱力に加え、卓越した表現力で、荒木とよひさ氏の言葉にあらたな息を吹き込んでいることがわかる。同様に、五木寛之氏が作詞、武満徹氏が作曲したハイ・ファイ・セットの「燃える秋」のカバーも、ヨーロピアン・ムードの世界観をエレガントに歌い上げている。
■コロナ禍での沈黙期間を経て、美輪バージョン「愛の讃歌」で“再々デビュー”
「そろそろ、また洋楽にチャレンジしたい」と、「SHE」「帰り来ぬ青春」をレコーディング。その直後にコロナ禍となり、ヤマハホールでの新曲発表会を最後に再び沈黙期間に入る。だが、銀巴里時代からすべてにおいて敬愛していた美輪明宏氏の許諾を得て、この度「愛の讃歌」をカバーすることとなった。
「美輪さんの『愛の讃歌』はこれまで誰も手をつけられない、それだけ大きな作品でした。心筋梗塞で入院し、“人生後悔のないように”、と直談判で歌唱許諾をお願いしてから、2日ぐらい経ってオフィスミワから許可が下り、信じられぬ驚きと不安で押しつぶされそうになり、コンサートでご一緒していただいていた美野春樹さんにご相談したところ、まさかのオーケストラの編成でレコーディングが実現しました」
美輪バージョンの「愛の讃歌」は、9月20日にキングレコードから発売された。カップリングには彼女のデビュー曲「限りない愛に生きて」が再レコーディングにより収録されている。
「ここへ来て、私の最終章の人生にもどんどん変化が起きていて、生かされている私はまだ精進せねばと心を引き締めています。私には3つ、夢がありました。1つは湯川先生にいただいたデビュー曲を、長年にわたり見守っていただいた先生に感謝の意を込めて再度歌い直したいということ。2つ目は美輪さんの訳詞の『愛の讃歌』を歌唱させていただくこと。そして、あと1つは国歌斉唱。これをノーマイクで歌うのが夢です。私は今でもステージではノーマイクを基本にしています」
デビュー当時とキーが変わっていないというのも驚きだが、77歳という年齢がにわかには信じ難いほどの優れた歌唱力にも驚かされる。
「ジャンルにとらわれず、歌を通して私なりに少しでも社会貢献ができればという信念でこれまで続けてきました。『愛の讃歌』は世界的な大曲ですから、1人でも多くの方に聴いていただかねばと、今回ばかりは周りに背中を押されて、こうしてメディアに出ることにしました。言うなれば今回が再々デビューになります」
11月6日には、古賀政男音楽博物館けやきホールで、美野春樹カルテットとともにライフワークの『NEOMARIIZM charity concert53rd』を開催する。「歌の道は独特のスタイルでもう少し継続していかねばならない」との使命感を再確認している五木まり。心と心を繋ぐ稀有なアーティストの唯一無二の歌声をぜひ堪能してほしい。
文・馬飼野 元宏
<リリース情報>
五木まり「愛の讃歌/限りない愛に生きて」
2023年9月20日発売/KICB-2827/価格:1500円(税込)
1. 愛の讃歌
2. 限りない愛に生きて
3. 愛の讃歌
(オリジナルカラオケ)
4. 限りない愛に生きて
(オリジナルカラオケ)
■五木まり オフィシャルサイト:https://mari-itsuki.com/
2023/09/29





