活動20周年を迎えたシンガーソングライター・熊木杏里が、13枚目となる新作アルバムを11月23日にリリース。『風色のしおり』と題された本作には、今も続行中の12ヶ月連続配信リリースから生まれた楽曲を柱に、書き下ろし楽曲を含めた多彩な全10曲が収録されている。その季節、その時間でしか感じられない出来事を、歌に留めることができたのは、自身にとって「とてもプラスだった」と語る。熊木のこれからの活動の道標となる、そんな作品が誕生した。
■12ヶ月連続配信リリースという新たな挑戦 その時々の出来事や感情を楽曲に留める
今年の3月より12ヶ月連続配信限定リリースという、新たな挑戦を行っている熊木杏里。本作『風色のしおり』には、その中から5作が収録されている。毎月1曲を作って発表するというスタイルは、新鮮で良い刺激となっているようだ。
「締め切りはあっという間にやってきますが(笑)、その時々にあった出来事や湧き上がってきた感情をリアルタイムで曲にしていくという面白い試みができました。いろんなことが慌ただしく過ぎ去っていく中で、忘れたくないこと、大切に胸に持っておきたいことに“しおり”を挟むような感覚もありましたね」
1曲目に収録された「ここにある今日」は、連続リリースの第2弾として4月に配信された。2021年に4回にわたって行ったライブのテーマにしており、本アルバムの始まりにふさわしい楽曲と言える。
「この曲はけっこう前に完成していて、前作アルバム(『なにが心にあればいい?』20年11月)に収録しようかどうしようか、最後まで迷った曲でもあります。遠い先のことを思い悩むよりも、確かな“今日”を大切に生きたい…、そんなことを歌っているので、コロナ禍の只中よりもあの頃を経た今のほうがふさわしかったと感じています」
アルバムを締め括る「もうすぐ春なのに」は、コロナ禍で目にした光景をそのまま曲に留めた卒業ソングだ。連続リリースは同曲からスタートした。アルバムではリアレンジされ、コーラスには矢井田瞳が参加している。
「コロナで修学旅行が中止になった学生が大泣きしている動画をTikTokで見かけて、気がついたら曲にしていました。“この時代に生きてなかったら叶った喜び”があるというのは、子どもが小学生になったときにも頭に浮かんだワードでした。20年4月の緊急事態宣言下だったので、華々しい入学式もできなかったんですよ。学校生活に後悔を残してしまったかもしれないあの学生さんも、この春が何か希望のある旅立ちになっていたらいいなという願いを込めました」
デビュー以来、ほとんどの楽曲で作詞作曲をしてきた熊木だが、まれに共作にも取り組んでいる。資生堂のCMソングに起用された7thシングル「新しい私になって」(06年)もその1つで、歌詞はCMディレクターの中島信也氏が手掛けている。本アルバムには、その中島氏との2度目のタッグとなる楽曲「いのち輝く」が収録されている。
「『前作アルバム収録された「life」に触発されて書いたんだ』と詞を送ってくださったんです。『また一緒に曲を作ろう』と言ってもらえて、すごく嬉しかったですね。そういう訳でこの曲は詞先です。監督の言葉はとてもシンプルで、だけど言い換えの効かない確かさがあるんですよね。私だったら変にカッコつけてしまって、こんなタイトルは出てこなかっただろうなと。亡くなった人から生きている人に向けて伝えたいことを歌詞にしたとおっしゃっていました。監督の年齢になるとご友人にも亡くなる人がポツポツと出てくるそうで、そういう意味でも私には書けない歌詞だったなと思います」
そう語る熊木だが、本アルバムには同様に命について歌った「はなむけの歌」という自作詞の楽曲も収録されている。
「今年2月にヘアメイクをしていただいていた方が病気で亡くなって、“どうして”という思いがずっと拭えないでいるんです。私は “さよなら”という言葉はなるべく長く温めていたい。いつかは言わなければいけない言葉だけど、大切な人とはなんとしてでも一緒に生きる道を選びたい。世界で起こっている戦争もオーバーラップしてそんなことを考えながら作った、独り言みたいな歌です。やはり中島監督とは出てくる言葉が違いました」
■冷気を帯びていた声にともった灯り どんな歌でも自分のものにできるシンガーへの憧れ
パーソナルな思いや経験を楽曲に込めて表現する。そうしたシンガーソングライターという形態を20年にわたって取ってきた熊木だが、最近はやや心境の変化もあるようだ。
「この先はもう少しシンガーソングライター色が薄まってもいいかなと思っているんです。自作曲でなくても、私が歌うことで純粋に“歌”として心に響かせることのできる、そんなシンガーになっていきたい。小田和正さんや井上陽水さんなどは、まさにそう。どんな歌でも自分のものにできる、そんな世界観のあるシンガーに憧れています」
自身の声が変わりつつあることにも気付いている熊木は、本作の初回限定盤に付属するDisc2『季節のない歌』で初期ナンバーのセルフカバーに取り組み、その変化を明確に感じたという。
「20代の頃の私は絶対的な孤独を抱えていて、声も冷たい管を通って出てきたような冷気を帯びていました。それは自分でも自覚していたので、当時『声に癒されます』なんて言われると驚いていたんです。でも今の声には“ともって”いるものがある。それは生活環境の変化もあるだろうし、20年の間にいろんな感情を得てきたからでもあるだろうし。この感じで時を経た曲を歌ってみたらどうなんだろうって、セルフカバーを試みたのはそういう意味もありましたね」
これからはカバーにもより積極的に取り組んでいきたいという熊木は、今年7月に長野で行ったコンサートで風の「22才の別れ」を披露している。
「セットリストの中で一番良かったとおっしゃった人もいて、私の曲じゃないんだけど、と思いましたが(笑)、嬉しかったですね。シンガーってこういうことなのかなという、1つの手応えを感じたステージでもありました」
コンサートではバンドマンで音楽好きの父親がゲストで登場するというサプライズもあった。さらに本アルバム収録の「あなたと共に」では、父親との楽曲の共作も実現している。
「一緒に曲を作ろうと言うので渋々と(笑)。これまでもちょくちょく言われてたんですけど、ずっと拒んできたんですよ。でも20周年のタイミングでもあるしいいかなと、父の作ったコードに私がメロディーと歌詞を付けました。私もだいぶ素直になりましたね。温かくて優しい、大きな意味で言えば平和みたいな“形のないいいもの”を親からもらって子どもに渡していく。そんな構図がこの曲で描けたかなと思っています」
熊木が「冷気を帯びていた」と振り返る頃の歌声。そこにも唯一無二の繊細なきらめきがあったが、母親という絶対的な孤独ではない存在となった今、その頃の声に戻ることはもうないだろう。
「初期の私の声が好きだと言う方もいるし、あの頃しかできない表現も確かにありました。だけどこれから先も歌っていく上では、今の声にともりつつある灯りがその道標になるような気がしているんです。20歳でデビューして今、40歳。この先、50歳、60歳になるにつれてフィジカル的に出なくなる音域も出てくると思います。そうなってからも“熊木杏里とはこういうアーティストだ”という意地を持って歌っていきたい。今回のアルバムではそんなことも想定しながら曲作りをしていたところもありましたね」
節目は未来を見据えるタイミングでもある。2022年という“今”を閉じ込めながら、“これから”への希望も込められた本作。収録された楽曲の数々が、熊木のシンガーとしての歩みと共に、この先どのように表現していくのかも楽しみにしたい。
文・児玉澄子
■アルバム『風色のしおり』
2022年11月23日発売
【初回限定盤】(2CD+Blu-ray)>
YCCW-10407〜8/B/10000円(税込)
【通常盤】(CD)
YCCW-10409/3000円(税込)
<CD収録内容>
[Disc.1]共通
01. ここにある今日
02. いのち輝く
03. My Love
04. あなたと共に
05. 夢ならば
06. 心を知るよりも感じる方が性に合ってる
07. 明日からも
08. 根
09. はなむけの歌
10. もうすぐ春なのに
[Disc.2]※初回限定盤のみ
『季節のない歌』
01. 天命
02. ちょうちょ
03. hotline
04. こと
05. りっしんべん
<Blu-ray収録内容>※初回限定盤のみ
『熊木杏里20th Anniversary Live “今日からの歌”』
熊木杏里20th Anniversary Live “今日からの歌” Making Movie
(約121分)
■12ヶ月連続配信リリースという新たな挑戦 その時々の出来事や感情を楽曲に留める
今年の3月より12ヶ月連続配信限定リリースという、新たな挑戦を行っている熊木杏里。本作『風色のしおり』には、その中から5作が収録されている。毎月1曲を作って発表するというスタイルは、新鮮で良い刺激となっているようだ。
「締め切りはあっという間にやってきますが(笑)、その時々にあった出来事や湧き上がってきた感情をリアルタイムで曲にしていくという面白い試みができました。いろんなことが慌ただしく過ぎ去っていく中で、忘れたくないこと、大切に胸に持っておきたいことに“しおり”を挟むような感覚もありましたね」
1曲目に収録された「ここにある今日」は、連続リリースの第2弾として4月に配信された。2021年に4回にわたって行ったライブのテーマにしており、本アルバムの始まりにふさわしい楽曲と言える。
「この曲はけっこう前に完成していて、前作アルバム(『なにが心にあればいい?』20年11月)に収録しようかどうしようか、最後まで迷った曲でもあります。遠い先のことを思い悩むよりも、確かな“今日”を大切に生きたい…、そんなことを歌っているので、コロナ禍の只中よりもあの頃を経た今のほうがふさわしかったと感じています」
アルバムを締め括る「もうすぐ春なのに」は、コロナ禍で目にした光景をそのまま曲に留めた卒業ソングだ。連続リリースは同曲からスタートした。アルバムではリアレンジされ、コーラスには矢井田瞳が参加している。
「コロナで修学旅行が中止になった学生が大泣きしている動画をTikTokで見かけて、気がついたら曲にしていました。“この時代に生きてなかったら叶った喜び”があるというのは、子どもが小学生になったときにも頭に浮かんだワードでした。20年4月の緊急事態宣言下だったので、華々しい入学式もできなかったんですよ。学校生活に後悔を残してしまったかもしれないあの学生さんも、この春が何か希望のある旅立ちになっていたらいいなという願いを込めました」
「『前作アルバム収録された「life」に触発されて書いたんだ』と詞を送ってくださったんです。『また一緒に曲を作ろう』と言ってもらえて、すごく嬉しかったですね。そういう訳でこの曲は詞先です。監督の言葉はとてもシンプルで、だけど言い換えの効かない確かさがあるんですよね。私だったら変にカッコつけてしまって、こんなタイトルは出てこなかっただろうなと。亡くなった人から生きている人に向けて伝えたいことを歌詞にしたとおっしゃっていました。監督の年齢になるとご友人にも亡くなる人がポツポツと出てくるそうで、そういう意味でも私には書けない歌詞だったなと思います」
そう語る熊木だが、本アルバムには同様に命について歌った「はなむけの歌」という自作詞の楽曲も収録されている。
「今年2月にヘアメイクをしていただいていた方が病気で亡くなって、“どうして”という思いがずっと拭えないでいるんです。私は “さよなら”という言葉はなるべく長く温めていたい。いつかは言わなければいけない言葉だけど、大切な人とはなんとしてでも一緒に生きる道を選びたい。世界で起こっている戦争もオーバーラップしてそんなことを考えながら作った、独り言みたいな歌です。やはり中島監督とは出てくる言葉が違いました」
■冷気を帯びていた声にともった灯り どんな歌でも自分のものにできるシンガーへの憧れ
パーソナルな思いや経験を楽曲に込めて表現する。そうしたシンガーソングライターという形態を20年にわたって取ってきた熊木だが、最近はやや心境の変化もあるようだ。
「この先はもう少しシンガーソングライター色が薄まってもいいかなと思っているんです。自作曲でなくても、私が歌うことで純粋に“歌”として心に響かせることのできる、そんなシンガーになっていきたい。小田和正さんや井上陽水さんなどは、まさにそう。どんな歌でも自分のものにできる、そんな世界観のあるシンガーに憧れています」
自身の声が変わりつつあることにも気付いている熊木は、本作の初回限定盤に付属するDisc2『季節のない歌』で初期ナンバーのセルフカバーに取り組み、その変化を明確に感じたという。
「20代の頃の私は絶対的な孤独を抱えていて、声も冷たい管を通って出てきたような冷気を帯びていました。それは自分でも自覚していたので、当時『声に癒されます』なんて言われると驚いていたんです。でも今の声には“ともって”いるものがある。それは生活環境の変化もあるだろうし、20年の間にいろんな感情を得てきたからでもあるだろうし。この感じで時を経た曲を歌ってみたらどうなんだろうって、セルフカバーを試みたのはそういう意味もありましたね」
これからはカバーにもより積極的に取り組んでいきたいという熊木は、今年7月に長野で行ったコンサートで風の「22才の別れ」を披露している。
「セットリストの中で一番良かったとおっしゃった人もいて、私の曲じゃないんだけど、と思いましたが(笑)、嬉しかったですね。シンガーってこういうことなのかなという、1つの手応えを感じたステージでもありました」
コンサートではバンドマンで音楽好きの父親がゲストで登場するというサプライズもあった。さらに本アルバム収録の「あなたと共に」では、父親との楽曲の共作も実現している。
「一緒に曲を作ろうと言うので渋々と(笑)。これまでもちょくちょく言われてたんですけど、ずっと拒んできたんですよ。でも20周年のタイミングでもあるしいいかなと、父の作ったコードに私がメロディーと歌詞を付けました。私もだいぶ素直になりましたね。温かくて優しい、大きな意味で言えば平和みたいな“形のないいいもの”を親からもらって子どもに渡していく。そんな構図がこの曲で描けたかなと思っています」
熊木が「冷気を帯びていた」と振り返る頃の歌声。そこにも唯一無二の繊細なきらめきがあったが、母親という絶対的な孤独ではない存在となった今、その頃の声に戻ることはもうないだろう。
「初期の私の声が好きだと言う方もいるし、あの頃しかできない表現も確かにありました。だけどこれから先も歌っていく上では、今の声にともりつつある灯りがその道標になるような気がしているんです。20歳でデビューして今、40歳。この先、50歳、60歳になるにつれてフィジカル的に出なくなる音域も出てくると思います。そうなってからも“熊木杏里とはこういうアーティストだ”という意地を持って歌っていきたい。今回のアルバムではそんなことも想定しながら曲作りをしていたところもありましたね」
節目は未来を見据えるタイミングでもある。2022年という“今”を閉じ込めながら、“これから”への希望も込められた本作。収録された楽曲の数々が、熊木のシンガーとしての歩みと共に、この先どのように表現していくのかも楽しみにしたい。
文・児玉澄子
■アルバム『風色のしおり』
2022年11月23日発売
【初回限定盤】(2CD+Blu-ray)>
YCCW-10407〜8/B/10000円(税込)
【通常盤】(CD)
YCCW-10409/3000円(税込)
<CD収録内容>
[Disc.1]共通
01. ここにある今日
02. いのち輝く
03. My Love
04. あなたと共に
05. 夢ならば
06. 心を知るよりも感じる方が性に合ってる
07. 明日からも
08. 根
09. はなむけの歌
10. もうすぐ春なのに
[Disc.2]※初回限定盤のみ
『季節のない歌』
01. 天命
02. ちょうちょ
03. hotline
04. こと
05. りっしんべん
<Blu-ray収録内容>※初回限定盤のみ
『熊木杏里20th Anniversary Live “今日からの歌”』
熊木杏里20th Anniversary Live “今日からの歌” Making Movie
(約121分)
2022/11/23



