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『comico』編集長に転職した元・小学館編集者 「紙からデジタル」移行の魅力とは

 『週刊少年サンデー』『ビッグコミック』などの編集を担当し、『うしおととら』の藤田和日郎氏、『海猿』の小森陽一氏・佐藤秀峰氏、『しろくまカフェ』のヒガアロハ氏といったミリオンセラー作家を輩出してきた元小学館の武者正昭氏(61)。彼は今年5月にNHN comicoへ転職し、デジタル漫画専門のアプリ『comico』編集長に就任した。編集者として第一線で活躍してきた武者氏は、漫画業界について「よく『紙媒体の売り上げの低迷』がクローズアップされるが、問題はそこではない」と指摘する。紙とデジタル漫画の違いや業界の現状、そして、これからの時代に求められる編集者の姿について聞いてみた。

デジタル漫画専門のアプリ『comico』編集長に就任した武者正昭氏 (C)ORICON NewS inc.

デジタル漫画専門のアプリ『comico』編集長に就任した武者正昭氏 (C)ORICON NewS inc.

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■転職を決めた“デジタルの台頭”変動の実情 「意識しないわけにはいかない世界」

 1981年に新卒で小学館に入社し輝かしいキャリアを積んできた武者氏だが、なぜ今、転職を決意したのか。「入社する前まで紙とデジタルを両方やる中間的な漫画アプリの編集部に在籍していたので、漫画のデジタル化への流れというものを毎日肌でひしひしと感じていて関心がありました。この5年間くらいでしょうか、電車だと漫画誌を読む姿より、スマホで漫画を読む姿を多く見かけるようになって。もう『デジタルの台頭』を意識しないわけにはいかないと痛感するようになっていました」。

「紙の出版社には温度差があって、『紙の方がいい』とこだわっている人がたくさんいる。ただ、『デジタル』の波が現実問題として押し寄せてきていて、今の漫画業界は激しく動いている。電子書籍はほかにもありますが、漫画のアプリの広がり方はすごかった。変化して大きくなっていく業界にとても関心があったので転職を決意しました。紙漫画の業界は少年誌、少女漫画、青年誌一筋という人が割と多いのですが、私の場合は少年漫画誌の『サンデー』、青年漫画誌の『ビッグコミック』では編集者として、少女・女性漫画誌の『月刊flowers』『Cheese!』では編集長を務めたほか、情報誌など色々担当してきたので、違う分野での仕事をすることに抵抗はなかった」と転職理由を明かした。

■紙とデジタルは「思考から違う」 漫画の“描かれ方”も変容

 現在は、大手出版社がそれぞれの漫画アプリを配信している。紙の漫画とデジタル漫画の違いは何だろうか。「紙の漫画誌は横にめくるという動作で、雑誌・単行本の画面を意識して考えます。紙はめくって見開き単位で考え表現し、それを何回繰り返すかで長いか短いかを判断する。右上から左下、次のページへといった感じに、視線の動きを計算する思考になっている。それに対してデジタル漫画は、当初は雑誌の誌面をデジタル画面に置き換えただけでしたが、(現在は)もう思考からして違う」と大きな変貌を遂げているという。

 「実は紙の漫画は映画から大きく影響を受けている。映画は構図で見せるもので、横に広く地平線などを見せるのが得意。人もロングで見せてアップにいく。(紙の)漫画は割とこういう手法で表現している。逆にテレビは人の表情を見せるためにアップが多く、スマホの漫画アプリはその点でテレビに近い。セリフも紙だと小さいですが、漫画アプリになると大きくなるので、絵の一つとして捉えている」と、デジタル漫画の業界で働き始めて感じたことを明かした。

■紙媒体の落ち込みは問題視せず 「白黒テレビと映画の転換期に似ている」

 出版科学研究所は今年2月、2017年の電子コミックスの推定販売金額が初めて紙のコミックスの売り上げを上回ったと発表している。紙のコミックス(単行本)が前年比14・4%減の1666億円となり過去最大の落ち込み、電子コミックスが同17・2%増の1711億円となっている。この紙から電子の時代の流れを、どう感じているのだろうか。「よく『紙媒体の売り上げの低迷』がクローズアップされますが、問題はそこではない。確かに以前に比べ紙で読まれることは減ったのかもしれませんが、一方でスマホで漫画に接する人は増えており、『漫画』自体は変わらず読まれています。むしろ漫画アプリの普及とともに、漫画がさらに身近になって業界は盛り上がっている。紙の漫画とデジタルの漫画が共存しながら、より一層漫画にスポットが当たる状況が生まれればいいと思っています」とデジタル漫画の普及を好意的に捉えていた。

 しかし「小学館にいたころは、ここまで広がるとは思っていませんでした。特にこの1年の勢いはすごい。コミックスの販売が、紙よりデジタルの方が多いという現象が(思っていたより)早く起きて、社内でも『ついに、そういう時代が来たな』と話題になっていました。今後もデジタルの勢いは加速していくと思います。自分が初めてスマホを持ち始めたのが6年くらい前で、その普及とともに加速していった。想像していたよりも業界の伸びが早い。5、6年前は電車の中で漫画誌を読む人を見かけましたが、今はスマホで読んでいる人を多く見かけます。たった5年くらいで、生活に浸透してしまった。アニメ『鉄腕アトム』を白黒テレビで観て、当時の最先端のアニメを観ていた者としては、『エンターテインメントは超速な進化を遂げた』と感慨深いものがあります」と振り返る。

 この潮流については、過去にも似たような現象があったといい、「昔の映画から白黒テレビの時代へ覇権が移った転換期に似ているなと。映画は大画面でテレビはそれよりコンパクト。昔の映画俳優さんはテレビの小さい箱に抵抗があったと聞いている。『本来の自分たちは大きなスクリーンで活躍するもの。小さい画面なんて…』みたいな。ですが、視聴者がどんどんテレビへ移動して、映画俳優たちもこれを無視できなくなった。それでも、映画は無くならず、約50年経った今も映画とテレビは共存している」とし「デジタルコミックの世界は、ある一定の段階にきている。中国・韓国などの動きを考えると次なる爆発を予感していて、モノクロ画面中心の世界にいた自分としては、『comico』のフルカラー画面の世界は敷居が高く感じていましたが、この縦カラーの流れは先導役、主役になるべきだと思う」と、漫画アプリ普及の加速とさらなる進化を予想した。

■デジタル漫画の未来 編集者の役割は“個”から“チーム”へ

 デジタル漫画が普及しているとはいえ、何もしないで売上が伸びていく簡単な世界ではない。これからどのようにして、自社の媒体を盛り上げるのか。編集者に求められるものとして「編集者のイメージは世間だと、漫画家と一緒に2人で組んで『頑張ろう!』『一緒にスターダムを目指そうぜ!』みたいに作品を作り上げていくことだと思います。ですが今は、色んな目線や表現が求められる複雑な時代なため、1人の編集者では対応しきれない。編集職を極めたスペシャリストでも厳しい時代」と指摘。

 「編集者は作者と一緒に漫画のタイトルやキャラの名前も考えるなど、色々なことをしている。やることが多すぎるので、グループ単位にして個々の仕事量を少なくしてもいい。人に『どんな仕事しているの?』と聞かれると『色々』と毎回答えるほど。作家のマネジメント、プロデュース、カウンセリングなどさまざまな役割を今の編集者はしていますが、今後は、企画性を重んじたプロデューサー的な役割が求められると思う。それは、人を集めてチームを組んで企画を考え指示するということで、大勢の人たちで作り上げていく。色んな人のアイディアを集めた方がいいので、色んな意見を集めて、それを線で繋げていく。漫画業界のトレンドになるかも知れません。編集者の自己満足ではなく他者満足でなくてはいけないので」と語る。

 さらに「読者からの人気投票の数も電子化されているため、リアルタイムでコメントなどの反応がわかる。これは、紙雑誌の『読者アンケートはがき』だと無理。タイムラグがあるので、なんで人気だったのか、市場の様子を分析するのも遅れてしまう。実は漫画アプリの強みはここなのかも知れません。読者と作家の距離が近くなり、結びつきがすごく強くなった。作家も2週間後に結果を待つより、すぐに結果を知り作品の修正につなげた方がいい」という利点も見逃せない。

 最後に「作家さんはクリエイターでとても繊細であり、色々なことを感じている」と語った武者氏。「『何がつらいですか?』『何で悩んでいますか?』と、自分は作家のカウンセリングを重視しています。ですのでコミュニケーションを取って、気持ち良く描いてもらうことを心がけています。作家が落ち込んで描いているよりかは、ストレスなく描いた方がヒットする確率が上がる。今まで担当してきた中で、そうしてヒット作も生まれました。描くのは人間なので、否定されるより肯定された方が絶対いい」と、自身の経験を自社の編集者に還元していくと力を込めた。

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  • デジタル漫画専門のアプリ『comico』編集長に就任した武者正昭氏 (C)ORICON NewS inc.
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