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絶滅寸前の“辛口コメンテーター” コメンテーター自体の役割に変化

 ここ最近、情報番組などでニュースに対してズバッと物言いをする、いわゆる“辛口”コメンテーターをあまり見かけなくなった。コメンテーターとしての出演が増えているのは、ママタレントやお笑い芸人など、“一般人”ならではの目線でユニークなコメントができるタレントや、寛容なコメントができる知識人たち。発言に関しては物議を醸すことが多かった辛口コメンテーターだが、インパクトある発言が視聴率につながっていた側面もあるし、それがしばしば物事の問題提起のきっかけになっていたのも事実。このまま辛口コメンテーターは“絶滅”してしまうのか?

■ワイドショーにスパイスを与える存在だった辛口コメンテーター

 ニュースや世の中のトレンドに対してズバッと物言いをする“辛口コメンテーター”と聞くと、どんな人物を思い浮かべるだろうか。今でも作家・室井佑月などは歯に衣着せぬ発言が度々話題を集めているが、近年は情報番組で活躍していた辛口コメンテーターが次々と降板してしまい、あまり見かけなくなってしまった。かつては辛口批評家としてテレビで活躍していた大橋巨泉やみのもんた、おすぎとピーコらも、近年は“コメンテーター”の立場でのテレビ出演はほぼ皆無になっている。唯一、最前線で批評性を保っているのは、『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ系)の小倉智昭くらいだろう。マツコ・デラックスやデーブ・スペクターが辛口と捉えられることもあるが、彼らに関しては豊富な知識から“至極当たり前のこと”を紳士的に発言しているだけであり、辛口コメンテーターとは少し違う。

 ニュース番組などにおいてコメンテーターという役割が認識されるようになったのは、各局がニュース番組にバラエティの要素を組み込んで「ワイドショー」として力を入れ始めた1980年代前後と言われている。ニュースに対してのコメントに専門性の高い知識が求められていた「報道番組」時代とは違い、庶民の代表である“コメンテーター”として、一人の人物が幅広いジャンルのニュース・事象に対してコメントすることが求められるようになった時代。辛口コメンテーターは、そこにスパイスを与える存在として、ギリギリの“毒”を吐くことが求められていた。

 しかし、その分野に深い知識がない人物が時事問題などに毒のあるコメントをすることは、ある意味危険なこと。たとえ台本があったとしても、時には一個人の偏った見解、浅い知識で辛辣なコメントを発信するということは、その情報に対する信憑性さえ揺らぎかねない。あくまでもコメンテーターは一般人の代表として、意見することが求められており、見当違いな辛口発言をすれば批判の対象にもなる。次第に辛口コメンテーターに対して、「コメンテーターはいらない」「コメンテーターという職業の人たちは何?」と、嫌悪感を抱く人が増えていった。

■1億総評論家時代 コメンテーターはいらない?

 また、ネットの普及に伴いブログやSNSを通して誰もが「批評家」「評論家」になることができるようになった“1億総評論家”時代において、そもそもテレビに辛口コメントを求めなくなっているという現状もある。ニュースや物事に対する批評、議論はネットを探せばそこらじゅうにごろごろ転がっている。情報の伝達手段が少なく、テレビやラジオ、新聞から発せられる情報を受動的に得て信用するしかなかった時代とは違い、浅い知識で辛口コメントをしようものなら、すぐに見抜かれてしまうようになった。

 『ワイドナショー』(フジテレビ系)でレギュラーコメンテーターを務めるダウンタウン・松本人志は、芸人がコメンテーターとして起用される例が増えている話題が取り上げられた際、芸人ならではの“すっとんきょう”な発言が求められているとしながらも、「『すっとんきょうなことを言うな』とクレームがくる」とコメンテーターの難しさを語っている。また、同番組で社会学者・古市憲寿氏は、「コメンテーターを視聴者が求めているのか?」と疑問を投げかけた。一般人と同じ目線・常識を持ち、いかに視聴者が同調できる範囲内でユニークに言葉を転がして、番組を“賑やかし”ていけるか。辛口コメンテーターだけでなく、コメンテーター自体の役割が変化しているのかもしれない。



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