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ジャルジャル後藤、飛行兵だった祖父と「戦争の記憶」を継承する旅

 お笑いコンビ・ジャルジャル後藤淳平が、15日放送の関西テレビ『みんなで考える戦後70年〜芸能人が探る自分ストーリー〜』(後3:55〜5:25※関西ローカル)に出演する。身内が戦争に深く関わっていた芸能人を通して、「戦争」と「今を生きている私たち」の関わりを描き、伝える番組。後藤は、戦闘機パイロットとして、特攻志願中に終戦を迎え、生き延びた祖父と共に、鹿児島県南九州市知覧を訪問。祖父から孫への「戦争の記憶の継承」に番組が密着した。

 後藤の母方の祖父は、「陸軍少年飛行兵」の出身だった。陸軍の「疾風」(はやて)という戦闘機に乗っていたが、戦局が日本の劣勢になった頃、自ら特攻に志願。その後、すぐに終戦を迎え、生き残った。

 「もし、じいちゃんが特攻に出ていたら、僕は、いなかった…」と後藤。幼い頃、祖父から「戦闘機に乗っていて、敵の弾が当たったらドラム缶を思いっきり叩いたような音がする」と聞かされ、震え上がった記憶が残っている。しかし、戦争の話を詳しく聞くことはなかった。「おじいちゃんが元気で自分から話ができるうちに、しっかり聞いてみたいと思った」と話す。

 先の大戦末期、特攻という爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をするという人類史上類のない作戦が行われた。その出撃基地だった知覧には、世界に一機だけ残された「疾風」や、陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示する知覧特攻平和会館がある。

 後藤は初めて同所を訪れたが、「おじいちゃんは何回かあるみたいです」。それでもなお「おじいちゃんが戦友の写真を見て泣いていて…。そういうのを見て、『ほんまに戦争って現実やったんや…』っていう、そういう感覚がピンときました」。

番組はきっかけではあったが、祖父の戦争体験を聞くことができ、「良かった」とかみしめた後藤。「普段泣くようなおじいちゃんじゃないんですけど、70年経っても心の傷が消えないなんて、戦争は本当に恐ろしいものなんやと改めて思いました」。

 戦後70年経ち、戦争を知る世代が減っていく中で、その悲惨さを後世にどう伝えていくかはこれからの課題である。後藤は「僕にも子どもがいますので、『戦争って、おじいちゃんが言ってたけど、こんなんなんやで』と伝えることができると思いました。『戦争って言われてもだいぶ前の話で、あんまピンとけーへんな』と思っている人に、この番組を観てもらって、ちょっとでもピンと来てもらえればいいな」と呼びかけていた。

 番組では、後藤のほかにも、祖父が軍属の技術者として太平洋戦争に関わっていたというメッセンジャー黒田、赤井英和大平サブローはるな愛円広志宮崎香蓮らが、父母や祖父母の戦争の記憶と向き合う。



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