集団的自衛権の行使容認が安倍晋三政権によって閣議決定され、日本の安全保障政策が大きな転換期を迎えるなか、日本という国のあり方、戦争と平和への考え方に世の中の大きな関心が集まっている。そうしたなか、エンターテインメント界においても今年、第二次世界大戦下の日本で個人の命にこだわり続けた旧大日本帝国海軍軍人の生き様を描く『永遠の0』が大ヒットを記録した。同作は、商業映画の大作を数多く手がけてきた山崎貴監督が、初めて撮った戦争映画。今このタイミングで、戦争と平和、日本人の生き方に映画を通して向き合った山崎監督に、そこへの思いを聞いた。
◆ヒットメーカーがなぜ今戦争映画を手がけたか?
2014年上半期の映画興行ランキングで、『アナと雪の女王』に次いで堂々の2位にランクインした『永遠の0』(興収87億円)。映画公開時には、観客動員8週連続1位を記録し、700万人もの観客を動員。邦画実写作品の過去10年間の興行記録を塗り替えた。また、2012年の年間興行ランキング1位の『BRAVE HEARTS 海猿』興行収入が73.3億円、2013年には50億円を越えた邦画実写作品がゼロだったことから考えると、同作が異例の大ヒットとなっていることがわかる。
山崎監督といえば、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(2010年)のほか、今年は『STAND BY ME ドラえもん』『寄生獣』などの大作を手がけ、「お客さんの求める作品=ヒットを目指す」と“売れる作品”を作ることを公言している、自他ともに認めるヒットメーカー。しかし、ヒットが出にくいといわれる戦争映画というカテゴリで、「最近の戦争映画を調べてみると、興収15億円がMAX」(山崎監督)という状況のなか、なぜ今戦争映画を手がけたのか。
「この映画は、僕にとってのメセナ事業というのか(笑)。つまり従来の商業活動からはちょっと外れた、映画監督としてやらなければいけない仕事のような気がしていました」
「この映画を作るにあたって、当時、特攻にいた方たちにお話を聞かせていただきました。90歳代とはとても思えない、元気な方でしたが、リアルな体験を持つ人たちから直接話を聞いたり、映画館で映画を観てもらえる、ギリギリのタイミング、最後のチャンスだったのではないかと思っています。(制作当時の)実感としては、語り継ぐというより、いろいろな巡り合わせも含め『やれ!』と言われているような使命感の方が強かったのですが(笑)」
◆過去の戦争の事実をきちんと伝えなきゃいけない
それまでのポリシーに反しても、採算を度外視しても作らなければならないという、熱い気持ちから突き動かされた企画の立ち上がりだが、映画監督として、いつか戦争映画を撮りたいという思いを長年抱いていたという。
「声高に反戦の思いで、というわけではないんですよ。もちろん戦争なんてあってはいけないと思っていますが、過去に戦争があったという事実はきちんと伝えなきゃいけないんじゃないかと。日本の戦争映画って、上層部の人がいかに悩み、決断したかを描く、偉い人たちの物語が多い。でも実際に戦地で戦っていたのは市井の人々で、20歳そこそこの若い人たちがいちばんの犠牲となった。彼らがどんな思いで戦場へ行ったのか? ちゃんと知らなきゃいけないことのひとつだと思ってきました」
「同時に、いい悪いは別にして、日本という国にとって第二次世界大戦は、今もなお日常に影響を及ぼす、重大な出来事だという気がしていました。この国で映画監督をやっていく以上は、一度は戦争映画を撮ってみたいと考えていた頃に、ちょうど百田尚樹さんの原作と出会って。現代の若者に伝えていく(原作の)語り口がすごくよくて、すぐに『やらせてください』と言いました」
今の集団的自衛権の行使容認にまつわる喧騒では、だれもが未来の日本、子どもたちのことを想い、行動し発言をしている。同作で、戦時下の日本人と現在に生きる人々をつなぎ、未来へと想いを託した山崎監督も、そんな日本の未来のことを想うひとりだろう。日本の過去の戦争とはどういうものだったのか、そこに居た日本人は何を思ってどう行動したのか。政治や世界情勢に無関心な若者たちに向けて、エンターテインメントを通して伝えようとする。そんな山崎監督が感じる、日本人の美点を聞いてみた。
「人の足を引っ張るのが大好きだったり、何でも平均化しようとしたり、嫌いなところもいっぱいありますが、年を重ねて、だんだんかわいらしい種族だなって思うようになってきました(笑)。戦後教育で『日本人はダメだ』と刷り込まれた世代ということもあり、“そこまでダメじゃないぞ!”っていうことを、もっとちゃんと発信していきたい気持ちも少しあります。根が真面目なので、長年ダメだと言われ続けて、自信を失くしてしまっている部分もあるけれど、W杯サッカーのゴミ拾いとか、世界中から賞賛されるところもいろいろとある。でもすぐ調子に乗っちゃうから、自分も含めて、そんな国民性をうまく飼いならしていくしかないなって(笑)」
◆永遠の0 特集『奇跡の作業を目撃!! 超大作誕生の舞台裏――山崎貴監督インタビューも』
◆ヒットメーカーがなぜ今戦争映画を手がけたか?
2014年上半期の映画興行ランキングで、『アナと雪の女王』に次いで堂々の2位にランクインした『永遠の0』(興収87億円)。映画公開時には、観客動員8週連続1位を記録し、700万人もの観客を動員。邦画実写作品の過去10年間の興行記録を塗り替えた。また、2012年の年間興行ランキング1位の『BRAVE HEARTS 海猿』興行収入が73.3億円、2013年には50億円を越えた邦画実写作品がゼロだったことから考えると、同作が異例の大ヒットとなっていることがわかる。
「この映画は、僕にとってのメセナ事業というのか(笑)。つまり従来の商業活動からはちょっと外れた、映画監督としてやらなければいけない仕事のような気がしていました」
「この映画を作るにあたって、当時、特攻にいた方たちにお話を聞かせていただきました。90歳代とはとても思えない、元気な方でしたが、リアルな体験を持つ人たちから直接話を聞いたり、映画館で映画を観てもらえる、ギリギリのタイミング、最後のチャンスだったのではないかと思っています。(制作当時の)実感としては、語り継ぐというより、いろいろな巡り合わせも含め『やれ!』と言われているような使命感の方が強かったのですが(笑)」
◆過去の戦争の事実をきちんと伝えなきゃいけない
それまでのポリシーに反しても、採算を度外視しても作らなければならないという、熱い気持ちから突き動かされた企画の立ち上がりだが、映画監督として、いつか戦争映画を撮りたいという思いを長年抱いていたという。
「声高に反戦の思いで、というわけではないんですよ。もちろん戦争なんてあってはいけないと思っていますが、過去に戦争があったという事実はきちんと伝えなきゃいけないんじゃないかと。日本の戦争映画って、上層部の人がいかに悩み、決断したかを描く、偉い人たちの物語が多い。でも実際に戦地で戦っていたのは市井の人々で、20歳そこそこの若い人たちがいちばんの犠牲となった。彼らがどんな思いで戦場へ行ったのか? ちゃんと知らなきゃいけないことのひとつだと思ってきました」
「同時に、いい悪いは別にして、日本という国にとって第二次世界大戦は、今もなお日常に影響を及ぼす、重大な出来事だという気がしていました。この国で映画監督をやっていく以上は、一度は戦争映画を撮ってみたいと考えていた頃に、ちょうど百田尚樹さんの原作と出会って。現代の若者に伝えていく(原作の)語り口がすごくよくて、すぐに『やらせてください』と言いました」
今の集団的自衛権の行使容認にまつわる喧騒では、だれもが未来の日本、子どもたちのことを想い、行動し発言をしている。同作で、戦時下の日本人と現在に生きる人々をつなぎ、未来へと想いを託した山崎監督も、そんな日本の未来のことを想うひとりだろう。日本の過去の戦争とはどういうものだったのか、そこに居た日本人は何を思ってどう行動したのか。政治や世界情勢に無関心な若者たちに向けて、エンターテインメントを通して伝えようとする。そんな山崎監督が感じる、日本人の美点を聞いてみた。
「人の足を引っ張るのが大好きだったり、何でも平均化しようとしたり、嫌いなところもいっぱいありますが、年を重ねて、だんだんかわいらしい種族だなって思うようになってきました(笑)。戦後教育で『日本人はダメだ』と刷り込まれた世代ということもあり、“そこまでダメじゃないぞ!”っていうことを、もっとちゃんと発信していきたい気持ちも少しあります。根が真面目なので、長年ダメだと言われ続けて、自信を失くしてしまっている部分もあるけれど、W杯サッカーのゴミ拾いとか、世界中から賞賛されるところもいろいろとある。でもすぐ調子に乗っちゃうから、自分も含めて、そんな国民性をうまく飼いならしていくしかないなって(笑)」
◆永遠の0 特集『奇跡の作業を目撃!! 超大作誕生の舞台裏――山崎貴監督インタビューも』
2014/07/19