R&B/ヒップホップ勢に押され気味のロック・シーン。最近はこれといったカリスマスターも見当たらず、ファッション・シーンで語られることも少なくなった。そんな中で目にした一冊のファッション誌。その表紙にはけっしてカッコいいとは言えない、正直に言えば野暮な2人組ロック・ユニット、マーズ・ヴォルタのメンバーが映っていた。 マーズ・ヴォルタという新しいスタイル ちょうど1年前の『オリジナルコンフィデンス』誌で私は「洋楽イケメン・アーティストを探せ!05」なる、いささか下世話なレポートを書いた。業界の女性に、一般的に今の洋楽界のイケメンは誰? という問いかけを投げた結果、イケメン・スターには1位から順にアッシャー、ファレル、マリオと連なり、R&B/ヒップホップ勢の圧勝。その結果は今のロック・シーンにはアイコンとなる存在が不在で、「ロックはダサいから若者にウケない」なる度々耳にしてきた最近の業界の通説を、裏づけるかっこうとなった。 それから1年。男性ファッション雑誌『HUGE』(講談社)が5月号の表紙に、米国のロック・ユニット、マーズ・ヴォルタを登場させた。ページをめくると「マーズ・ヴォルタという新しいスタイル」という言葉が添えられ、そこには「ファッションアイコンとして注目する」と記され、マーズ・ヴォルタの2人の写真が掲載されていた。さらに、「いつの時代もファッションはロックへの愛にあふれ、デザイナーにとってクリエイションの源」であったが、それが「今日、一人のアーティストやバンドのスタイルがファッションになることは少なく」、ゆえに「ファッションアイコンを過去のアーカイブに求め」ている。それは「今のロックにパワーがなくなったから?」と疑問を呈し、しかしそこに「マーズ・ヴォルタが登場した」と述べられていた。 この抜擢にはマーズ・ヴォルタの大ファンである私(彼らの『フランシス・ザ・ミュート』は昨年の私のベスト・アルバムだ)でさえ驚いた。アメリカではアルバムが全米4位を記録したものの、日本では無名の彼らをよくぞ! と思ったのだ。編集部はこの抜擢について、「ストロークス以降、新しいファッション・スタイルを感じさせるミュージシャンが見当たりませんでした。そこへアフロヘアにビッグフレームのサングラス、タイトなウエスタンシャツにフレアボトムという、まさに今のファッション・シーンにリンクしたスタイリングで登場したマーズ・ヴォルタに確固たるものを感じたんです。フロントマン2人の確信的な野暮ったさは、まさしくダサかっこいい。そんな彼らのスピリットにもひかれました」と、ファッションの現場にいる人たちらしい嗅覚の鋭い意見を聞かせてくれた。そしてその“ダサかっこいい”という概念は、「ロックはダサいから売れない」という通説を打破してくれる、痛快なものだ。 | マーズ・ヴォルタ 00年にアット・ザ・ドライヴ・インとしてデビューした片割れの2人が、02年に結成したバンド。2人はメキシコと国境を接するテキサス州出身で、ゆえに音楽性もボーダーレス。爆発的で実験的。唯一無二のユニークな存在。最新作は『フランシス・ザ・ミュート』 タワーズ・オブ・ロンドン オールド・ファッションなUK新人バンドだが、『NME』誌の“クール・リスト”入り。近々新作を発表 |
しかしそれだけではない。「音楽的、もしくは精神的な“ロック”は永遠のカルチャーとして流行り廃りではなく、不変のものだと思います。ジャズ、レゲエ、パンク、ヒップホップ……、生き様が“ロック”であったり、音楽から“ロック”が伝わったり、ルックスが“ロック”であったり、“ロック”はボーダーレスにミックスアップされたカルチャーだと『HUGE』誌では捉えています」と、編集部は返答してくれた。ファッションとしてのダサかっこよさの復権と同時に、ジャンルを超えてのロック・スピリットも大切だという。これは本当にすばらしい。と同時に私たち、ロック・ファンもそれはとうに分かっていた。昨年のイケメン・コンテストでさえ「お顔が美しいだけでなく、やっている音楽の哲学をにじませることができる人」を求めているという返答が多かった。なのに、それを忘れていたのではないだろうか。
そうなのだ。ロックはすばらしい。音楽として、ファッションとして、そしてスピリットとして。私たちはそのことをより声高に言うべきだ。折しも若いUKバンドの台頭が目立ち始めている。10年前のブリット・ポップ・ブームとは違い、今度のUK隆盛はボーダーレスで、様々なスタイルの音楽を聴くことができる。むろん「今の若手UKバンドたちが様々なスタイルを血肉にし、オーラとして放つにはもう少し時間がかかるだろう」(レコード会社スタッフ)という声もあり、私も同感。しかしその成長の過程さえも見守っていきたい。もし彼らが葛藤し、成長していけたら、その姿もまたロックだと思うからだ。
マーズ・ヴォルタという新しいスタイル、ロックはカッコイイという概念には、すでにファッション界からは大きな反響があるという。音楽業界もこの概念を育て、リスナーに向けて再発信していくべきであろう。
文/和田靜香
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2006/05/02