今年4月に肺炎のため亡くなった歌手の田端義夫さん(享年94)の『お別れの会』が3日、東京・帝国ホテルで行われ、五木ひろし、小林幸子、天童よしみら歌手仲間など約1000人が献花に訪れた。
田端さんは1938年のアマチュアコンクール優勝をきっかけに、翌年に「島の舟唄」でデビュー。威勢のいい「オース!」というあいさつをトレードマークに、喜劇映画などにも多数出演し、“バタヤン”の愛称で親しまれた。
祭壇にはひまわりや白菊など約2000本の花が彩られたほか、亡くなるまで使い続けた米・ナショナル製のギターや1989年に受賞した勲四等瑞宝章が置かれた。遺影には、70年代に撮影されたジャケット写真が使用された。
子供の頃からかわいがってもらったという小林幸子は、「いつも明るい先生でしたけど、昔ギターを盗まれたときは、本当に怒っていた。大切にしていたギターだから」と印象深い思い出を挙げ、「素敵な先生でした。素晴らしい歌手人生を全うされた」と静かに語った。
五木は、先輩である田畑さんを「お手本、見本でした。こうして別れるのはつらい」と嘆き、「音楽家としてギタリストとして多くの影響を与えた。僕の心の中にはずっと生きている。名曲を伝えるチャンスがあれば(伝えたい)」と故人を偲んだ。
三遊亭圓歌も「『ご苦労様でした』って伝えた。芸人だもの、それでいい。“向こう”で寝ているんだから。夕方、バタヤンを偲んで1杯やるよ」と声をかけていた。そのほか、当日は堺正章、ペギー葉山、石川さゆり、北川たけし、こまどり姉妹らが参列した。
田端さんは1938年のアマチュアコンクール優勝をきっかけに、翌年に「島の舟唄」でデビュー。威勢のいい「オース!」というあいさつをトレードマークに、喜劇映画などにも多数出演し、“バタヤン”の愛称で親しまれた。
子供の頃からかわいがってもらったという小林幸子は、「いつも明るい先生でしたけど、昔ギターを盗まれたときは、本当に怒っていた。大切にしていたギターだから」と印象深い思い出を挙げ、「素敵な先生でした。素晴らしい歌手人生を全うされた」と静かに語った。
五木は、先輩である田畑さんを「お手本、見本でした。こうして別れるのはつらい」と嘆き、「音楽家としてギタリストとして多くの影響を与えた。僕の心の中にはずっと生きている。名曲を伝えるチャンスがあれば(伝えたい)」と故人を偲んだ。
三遊亭圓歌も「『ご苦労様でした』って伝えた。芸人だもの、それでいい。“向こう”で寝ているんだから。夕方、バタヤンを偲んで1杯やるよ」と声をかけていた。そのほか、当日は堺正章、ペギー葉山、石川さゆり、北川たけし、こまどり姉妹らが参列した。
2013/07/03