『偽装不倫』主題歌で話題 miletの歌声が引き出したヒロインの葛藤

 シンガー・ソングライターのmiletが歌う日本テレビ系ドラマ『偽装不倫』主題歌「us」を収録したEP『us』が、オリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキングで最高3位を獲得。好調なセールスと共に、ネットでも「主題歌聴くと泣けてくる」、「盛り上がった場面で流れる主題歌のタイミングが最高すぎてワクワクする」との楽曲に対する絶賛の声があがっている。そこで改めて同曲の魅力について、ポップカルチャー研究者で早稲田大学総合人文科学研究センター招聘研究員の柿谷浩一氏に考察してもらった。

“流麗さ”と“凛々しさ”が「層」となって届くmiletの厚みある声

 『偽装不倫』は、結婚していると嘘をつく濱鐘子(杏)と、病を抱え人生最後の恋を不倫に求める丈(宮沢氷魚)のラブストーリー。その世界観は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に喩えられるように、甘美でロマンチック。菅野祐悟が手がけた劇伴も、2人の恋を丹念に可憐に彩っている。

 第1話のラストでは、湿っぽいセンチメンタルさや不倫特有の暗うつさはなく、胸を締めつける切なさが強く迫った。自分が未婚だと「本当のこと」を何度も言おうとするがなかなか果たせず、平静と気丈を装うヒロインの姿。既婚者というクールな嘘の仮面と、その下に隠した普通の恋をしたいピュアな想い。強そうに見えて、本当は内気な乙女であること。そうしたヒロインの二面性を、女性シンガーとしての“流麗さ”と、地声の“凛々しさ”を「層」のように持ち合わせたmiletの厚みある声が、ビビッドにすくって届けることで、ヒロインの切なさが、身体で感じているままに届いてきた。

 以降も毎回ラストでは、ヒロインの「心の声」を映すモノローグが決まって流れる。それが主題歌「us」の歌詞世界と見事に噛み合っているのもポイントであり、同ドラマの魅力の1つだ。「us」は平明なラブソングだが、際立つ特徴がある。それは、恋する私(I)と、あなた(you)をめぐる具体的なエピソードや情景、会話が省筆されていること。終始歌われるのは、ドラマと同じで自分との対話だ。しかも、恋愛の高揚感や嬉しさといったポジティブな心情ではなく、「想いのまま自分をぶつけたらどうなるだろう」という不安や恐れ、自信の無さ。そうした“臆病な恋心”にフォーカスした歌詞が、ヒロイン・鐘子の「胸の内」にしっかりと入り込んで、抑え込んだ悲哀や苦悩をえぐり出すところに、破格の力がある。

観る者を力強くドラマに惹き込む奥行きのある歌詞が特徴

 また、<好きだと言ってしまえば>という印象的なサビの歌詞。そこに凝縮された、言葉にしたくてもできない願望と挫折の繰り返し。このサビの歌詞も勇気が持てない点では、物語とリンクしているが、ニュアンスが異なるところが妙である。歌詞のように「好き」と伝えること自体は、ドラマの要ではない。むしろ、彼らには「好き」よりも重い言葉が目の前に立ちはだかり、それと格闘している。それは、鐘子には「本当は結婚していない」ことであり、丈には「病を抱えている」ということだ。

 2人が立っているのは、「好き」と言ったとしても、その真剣さと重さが届かない場所。その意味で、彼らは主題歌の世界観よりもずっと手前に存在し、普通の「好き」にはほど遠い。「好き」に辿りつくための、「好き」がそのまま「好き」だと届くための、それ以前の言葉との葛藤。つまり、主題歌はドラマの側面を、悲しく強調して映しているのである。

 また「us」は、一見恋愛ソングの王道を歌っているようで、歌詞にはしっかりとした奥行きがある。特に、告白の先に訪れるものを「嫌いになる」や「離れる」、「いなくなる」といった凡庸な語彙でなく、「消えてしまう」という鮮烈な表現にしているのが、この歌詞の骨太なギミックだ。そして、「世界は変わる」という表現もあることで、それは別れの比喩をこえて“悲しい未来”を想起させる。その歌詞の想像力が、短いラストの場面のなかにも、丈に迫る「死」、更には悲劇の展開・結末を巧みに感じさせて、観る者を力強く物語へと惹き込む。

しなやかで深みのある歌と声が、ドラマとmiletの楽曲の醍醐味

 そして最大の特徴は、miletの声質。高音のサビでみせる伸びのある歌唱は、清々しく美しい。彼女の真骨頂は、端麗さのなかにある独特の心地よい「声のハリ」である。それは、どこかブルガリアンボイスなどの民族音楽の太い声や、ホーミーのハスキーなだみ声のような魅惑を持つ。その歌声が、毎回ドラマのラストシーンの情感をグッと高めている。

 「us」のラストで感じるのは決してネガティブなものばかりではない。曲で最も高い音を「好き」の“き”に配置したメロディーラインの突き抜ける勢いと、強い意志を含んだようなmiletのストレートで迫力ある歌い方が、一歩踏み出せないヒロインの背中を押すように響き、悲しいストーリーに絶妙な“パワー”と“希望”を与えている。

 表に出せず、自らの内でつぶやく言葉と声は、哀しく切ない。だが反面で、それは強い「祈り」でもあり、人間の感情のかたちとして、尊く美しいもののひとつでもある。それを感傷的とも情熱的とも違う、実にしなやかで深みのある歌と声で引き出してみせるところに、このドラマとmiletの楽曲の醍醐味があるように見える。最終回で2人がどのような結果を迎えるのか、その時、「us」はどのような響きとなって視聴者の心に刻まれているのか、ストーリーだけでなく、主題歌もまた最後まで注目される。

提供元: コンフィデンス

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