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山内惠介、下積み時代の苦悩と35歳を迎えての決意

最新曲「さらせ冬の嵐」が好調で4年連続のNHK『紅白歌合戦』出場も期待される歌手・山内惠介が、これまでの全シングル表題曲を収録したベストアルバム『The BEST 18singles(ザ・ベストオハコシングルス)』を10月10日にリリースする。今やすっかり人気歌手の1人となった山内。しかし17歳でデビューして、すぐに芽が出たわけではなかった。長らく続いた下積み時代やブレイク以降に取り組んできたこと、さらには“演歌界の貴公子”と称される、その優美な佇まいの秘密(?)にも迫る。

「風蓮湖」が初のロングヒット、同曲舞台の北海道は“第2のふるさと”

──ベストアルバム『The BEST 18singles』の曲順がとても興味深いなと思いました。1曲目となる最新曲「さらせ冬の嵐」からラストに収録されているデビュー曲「霧情」まで、山内さんの18年の活動を振り返る構成になっているんですね。
山内 ええ。あっという間のようで、やっぱり18年って長いですね。自分でも1曲1曲聴きながら、あんなこともあったな、こんなこともあったなといろんな思い出が蘇ってきました。
  • 山内惠介ベストアルバム『The BEST 18singles(ザ・ベストオハコシングルス)』(18年10月10日発売)

    山内惠介ベストアルバム『The BEST 18singles(ザ・ベストオハコシングルス)』(18年10月10日発売)

──昨年末で3年連続『紅白歌合戦』出場を果たし、近年の楽曲は多くの人に届いています。一方で紅白以降にファンになった方に、聴いてもらいたい1曲をあげていただくとしたら?
山内 やっぱり、「風蓮湖」(09年9月23日発売)でしょうね。僕は福岡出身なんですけど、北海道を舞台にした楽曲を何曲か歌わせていただいていて、これがその最初の曲だったんです。レコーディングの前には実際に風蓮湖にも足を運びました。その土地で暮らす方々とも触れ合って、「この歌を歌ったら誰が一番喜んでくれるか」ということを初めて実感した曲でもあったんですよね。

──9thシングル「風蓮湖」は50週以上にわたってシングルランキングにチャートイン、山内さんにとっての初のロングヒット曲となりました。しかし、デビュー当初は、しばらく芽が出ない時期もありました。
山内 そうですね。うまくいっていない時というのは故郷には帰りづらいもので、その頃は家族との連絡も断っていました。だからこそ、自分の生まれ育った土地とは風土も気候もまったく違う北海道という土地に降り立った時は、また新しくゼロからスタートしようという気持ちになれたんですよね。そのきっかけを作ってくださったのが、初めていただいた冠番組の『山内惠介の歌一本勝負』(STVラジオ/04年〜現在)で、「風蓮湖」も北海道の皆さんへのご恩返しの思いを込めた曲だったんです。

「歌手の自覚を持て」恩師・水森英夫氏の言葉

  • 山内惠介

    山内惠介

──17歳という若さでデビューして、なかなか芽が出ない。故郷に帰りたいと心が折れたことはなかったですか?
山内 デビュー当初は忙しくて、それどころではなかったんですよ。やはり1年目、2年目は勝負どきなので、キャンペーンなどでそれなりにスケジュールが埋まるんです。だけど3年、4年と結果が出ないと、だんだん歌える場所も減ってきて。その頃が一番辛かったですね。恩師の水森(英夫)先生にも「(故郷に)帰ったほうがいいんでしょうか」と相談したこともありました。

──その時、水森先生は?
山内 「今は耐えろ」とおっしゃいました。「覚悟して歌手になったなら、そう簡単に普通の生活に戻ろうなんて思うな」とも。考えてみればそうですよね。僕は高校生でデビューしているので、アルバイトもしたことがないんですよ。バイトしたいなと思ったこともあったんですけど、オシャレなスターバックスとかでね(笑)。ですが、「歌手の自覚を持て」と水森先生が許してくださらなかったんです。

──歌うステージが少なかった日々は、どのように過ごされていたんですか?
山内 レッスンもしていましたけど、夜の公園で歌ったり、よく1人でカラオケに行ったりもしてましたね。いつかスポットライトを浴びて歌う日が来ることを信じて。でもそうやって歌に集中するなかで、やっぱり自分は“歌が好きなんだ”と再確認することもできたんです。今ふり返っても、あの時の水森先生のご指導は正しかったと思います。

──下積み生活のなかで、心の支えになっていたものを教えていただけますか?
山内 やはり1年に1枚、新曲を出せているという事実は、自分にとっての大きな糧でしたね。シングルを1枚出すには大勢の方の労力が必要で、そう簡単なことではありません。しかもこちらは1曲もヒットがない歌手なわけで、それでも水森先生は毎年必ず新曲を書いてくださった。そのことによって「自分は歌手なんだ」という実感も保ってこられたんです。デビュー18年目のこの年に、シングル表題曲18曲を収録したその名も“オハコ”というベストアルバムを出させていただくのは、僕にとって非常に大きな意味があることなんです。

提供元: コンフィデンス

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