女優の尾野真千子が主演する映画『心中天使』(一尾直樹監督)が、5日より東京・渋谷ユーロスペースで公開される。尾野は中学3年生の時に河?直美監督にスカウトされ、『萌の朱雀』(1997年、第50回カンヌ国際映画祭・カメラドール賞)で主演デビュー。その後も映画『クライマーズ・ハイ』(2008年)、ドラマ『火の魚』(NHK 2009年文化庁芸術祭大賞受賞)など話題作に出演。昨年1月公開の主演映画『真幸くあらば』(御徒町凧監督)での体当たりの演技や、ドラマ『Mother』(日本テレビ系)での娘を虐待する母親役でも注目を集めた。
今作で尾野が演じるピアニストのアイは、ちょっと…不思議ちゃんだ。優しい両親と実家に暮らし、子どもにピアノを教えながら、自分のコンサートも控えている。なのに「こんなことをしたいんじゃない」「本当は違う」という思いを募らせていた。そんなある日、青空の彼方から“なにか”が落ちてきて、“奇妙な思い”に取り付かれるようになる。「人には絶対わからない。急に気がついたの、とにかく大事なことを忘れているって。だから、探さなくちゃいけないの」。
時を同じくして、まったく別の場所では会社員のユウ(郭智博)が、女子高生のケイ(菊里ひかり)もまた、“奇妙な思い”に取り付かれる。自らの内面に閉じこもる彼らの豹変に、周りの家族や恋人は戸惑うばかりだ。
「シナリオを読んだだけでは解決出来ない」と思った尾野は、現場に身を委ねた。一尾監督は「無口で、物静かな人」。劇場デビュー作『溺れる人』(2000年)から、10年ぶりに撮った同作に一貫する監督のテーマは「関係性における自己存在の不確かさ」。一見して不可解な話ではあるが、シーンやカットの中に散りばめた多くのメタファー(暗喩)が観客の心を揺さぶる。
尾野も「私は今、生きている。それは間違いないのですが、別の視線で眺めたら本当はこの世に存在していないじゃないかと想像することもあります」と共感を覚えた。「きっと、正解はないんでしょうね。そういう映画が私は好きです。観た人がどう思う?といろいろ話したくなって、さらに物語を膨らましていけるような映画。数学とか正解のあるものは苦手だから。自分にとっても特別な映画になりました」。
アイの父を演じた國村隼とは、『萌の朱雀』でも父子を演じた。13年ぶりの再共演。「大きくなったなと言われました(笑)。ど素人で参加した、初めての撮影現場はものすごく楽しくて、またいつかこの現場の人たちと一緒に仕事がしたいと思って、女優を目指しました。ひとつかなった」とかみ締めた。
【動画】映画『心中天使』予告編⇒
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今作で尾野が演じるピアニストのアイは、ちょっと…不思議ちゃんだ。優しい両親と実家に暮らし、子どもにピアノを教えながら、自分のコンサートも控えている。なのに「こんなことをしたいんじゃない」「本当は違う」という思いを募らせていた。そんなある日、青空の彼方から“なにか”が落ちてきて、“奇妙な思い”に取り付かれるようになる。「人には絶対わからない。急に気がついたの、とにかく大事なことを忘れているって。だから、探さなくちゃいけないの」。
時を同じくして、まったく別の場所では会社員のユウ(郭智博)が、女子高生のケイ(菊里ひかり)もまた、“奇妙な思い”に取り付かれる。自らの内面に閉じこもる彼らの豹変に、周りの家族や恋人は戸惑うばかりだ。
「シナリオを読んだだけでは解決出来ない」と思った尾野は、現場に身を委ねた。一尾監督は「無口で、物静かな人」。劇場デビュー作『溺れる人』(2000年)から、10年ぶりに撮った同作に一貫する監督のテーマは「関係性における自己存在の不確かさ」。一見して不可解な話ではあるが、シーンやカットの中に散りばめた多くのメタファー(暗喩)が観客の心を揺さぶる。
尾野も「私は今、生きている。それは間違いないのですが、別の視線で眺めたら本当はこの世に存在していないじゃないかと想像することもあります」と共感を覚えた。「きっと、正解はないんでしょうね。そういう映画が私は好きです。観た人がどう思う?といろいろ話したくなって、さらに物語を膨らましていけるような映画。数学とか正解のあるものは苦手だから。自分にとっても特別な映画になりました」。
アイの父を演じた國村隼とは、『萌の朱雀』でも父子を演じた。13年ぶりの再共演。「大きくなったなと言われました(笑)。ど素人で参加した、初めての撮影現場はものすごく楽しくて、またいつかこの現場の人たちと一緒に仕事がしたいと思って、女優を目指しました。ひとつかなった」とかみ締めた。
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2011/02/04