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三谷幸喜とクドカン、舞台出身・売れっ子脚本家が手がけるドラマと映画の違いとは?

 現在、日本を代表する売れっ子脚本家といえば、三谷幸喜宮藤官九郎の名がまず挙がるだろう。三谷はNHK大河ドラマ『真田丸』、宮藤は4月期ドラマ『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)を手がけている最中。両者ともテレビドラマの脚本のほか、映画監督も務めるが、ドラマでは名作を生み出している一方、映画に関しては毎回その評価が真っ二つに別れるという共通点もある。エンタメシーンのど真ん中で活躍する人気脚本家ふたりのドラマと映画では何が違うのだろうか。

◆名作ドラマシリーズを生み出した人気脚本家同士の共通点

 三谷は、もともとは『欽ドン!』(テレビ朝日系)や『お笑いマンガ道場』(日本テレビ系)といったバラエティ番組の放送作家をしたのち、『やっぱり猫が好き』(フジテレビ系)で一躍名をあげ、『振り返れば奴がいる』(フジテレビ系)の脚本を担当。密室劇やさまざまな人間関係の軽快かつ濃密な描写が得意と言える。『古畑任三郎』(フジテレビ系/1994〜2006年)を名作シリーズに育て上げ、監督・脚本を担当した映画『THE有頂天ホテル』(2006年)なども大ヒットさせている。それら舞台仕込みのライブ感を取り込んだ映像作品は、三谷ワールドとも称される独特の作風となり、多くのファンを生み出している。しかし、近年の映画作品での興行成績はいまひとつ伸び悩む。昨年の映画『ギャラクシー街道』(監督・脚本)では、“登場人物がすべて宇宙人”設定でのなんでもありの自由な物語とストーリー展開が賛否両論を巻き起こし、興行収入13.2億円。ヒットではあるのだが、期待の大きさに対してそこそこの着地となった。

 一方の宮藤は、石田衣良の原作をドラマタイズした『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系/2000年)でブレイク。窪塚洋介など個性派キャストを活かす脚本で“若者たちのドラマ”枠を開拓。若年層を中心に熱狂的なファンを生み出した。その後、『木更津キャッツアイ』(同/2002年)、『タイガー&ドラゴン』(同/2005年)とヒットを飛ばす。しかし、DVDセールスは好調ながら、実際のドラマ視聴率はなかなか上向かないのも有名な話で、本人も自虐的に語ることがあった。そんななか、2013年に放送されたNHK朝ドラ『あまちゃん』は“あまロス”なる言葉を生み出すほど社会現象化し、脚本家・クドカンの名を一躍年配層にまで押し上げた。ただその一方では、自ら監督・脚本を手がけた映画『中学生円山』(2013年)は興行収入3億円。ドラマと映画の違いを考えさせられる結果になっていた。

 そんな三谷&クドカン作品の特徴について、ドラマ制作会社スタッフは「三谷さんもクドカンさんも、基本的には会話劇のおもしろさが軸になるコメディ路線。端々に“独特の笑い”を織り交ぜてくるのが特徴です。それぞれに『三谷組』(西村雅彦や梶原善など。佐藤浩市や鈴木京香もよく出演)、『クドカン組』(阿部サダヲ、平岩紙など。長瀬智也や小泉今日子も)と言われる、劇団メンバーも含めた“常連組”の俳優陣がいます。おふたりには熱狂的なファンもついていて、舞台では会場一体となったバカウケがおなじみの光景です。それが一般層からすると、常連組の存在と相まって“内輪ウケ”の印象を与えていることがあるのかもしれません」。また、こと映画においての共通点として「映画監督した作品となると、ふたりともやりたいことを詰め込みすぎてどんどん話が壮大になっていき、まとめきれていなかったりするところも似ています」とする。

◆作品そのものが“監督のもの”となる映画の功罪

 テレビドラマと映画を比べてみると、ふたりが置かれる立場、役割において大きな違いがある。いちスタッフである脚本家として携わるドラマに対して、売れっ子脚本家が監督として着く映画では、その作品そのものが“監督のもの”となり、すべてを自らの意思で動かすことになる。

 どちらが良い悪いということではない。ただ、ドラマでヒット作が多く感じられるのは、彼らが脚本に徹して紡ぎだす個性あふれる物語を、しっかりと万人向けのテレビサイズにコントロールして、その尺にあわせた映像に落としこむ演出家、プロデューサーが果たす役割が大きい。脚本家は作品を作り上げる大勢のスタッフのなかの一部となることで、その良さが引き出される。一方、監督・脚本を自ら手がける映画になると、持ち前のサービス精神も相まって、やりたいこと見せたいことのすべてを詰め込んだ、てんこ盛りの物語になりがちなのだろう。もちろんそれを求める固定ファンも多く、その期待に応えてはいるのだが、それが一般層向けではないこともある。もちろん映画にもプロデューサーはいるが“脚本担当のドラマ”と“脚本・監督を担う映画”では、自ずと力学バランスが変わることは想像に難くない。

 自らの映画製作について三谷は「僕は脚本家だし、脚本家が作った映画というスタンスは崩れないし、崩さないつもりではいるんですけど、それ以前に自分はいち映画ファンだという割り切りが、どこかでできたんだと思うんです。自分が楽しんできたいろいろな映画を再構築していく。こんなことを言っては申し訳ないけど、ある種、趣味みたいなところがありますから(笑)」と過去のインタビューで語っている。また、宮藤は6月に監督・脚本を務めた新作映画『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』が公開されるが、同作もまさに自分が好きな音楽をフィーチャーしながら、心底楽しんで作っているのがひしひしと伝わってくる作風。三谷とクドカンのファンにとっては、ふたりが楽しいと思うことをつらぬいているのが、ドラマとは異なる映画のよさなのだろう。

 考えてみれば、そもそも表現者とはそういうものであり、それをストレートに表現できる映画と、いちスタッフとして携わるドラマで、作品の違いがでてくる。しかしその根底には共通するものがあるはず。そこを意識しながら両方を楽しんでみると、よりふたりの作品のおもしろさを感じられるかもしれない。



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