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東日本大震災から5年、エンタメ大作として描くことの是非 大手映画会社の姿勢は?

 東日本大震災から5年が経った。3月11日近辺のマスコミの報道ぶりはすごかったが、この1ヶ月を見てみるとやはりその後は静まり返った。5年という節目の意味は意味として、この静まり具合がどうにも気味の悪いものに感じたのも事実だ。

◆大型娯楽だからこそ問題提起が多角的にできる側面も出てくる

 5年前、映画館の損傷や作品の公開延期などで影響を受けた映画界ではこの3月、節目も何も、震災という言葉自体をあまり見かけることはなかった。残念であった。もちろん、節目の時期に関係なく、震災をめぐる作品はドキュメンタリーを含めて作られてはいる。ただそのなかで、ひとつ気になっていることがある。それは、大型娯楽=エンタテインメント作品という枠組みのなかで製作される震災を扱った社会派映画が、この5年間になかったことである。

 ハリウッド映画では、9.11のあと『ワールド・トレード・センター』や『ユナイテッド93』(ともに2006年)などの“娯楽大作”が作られたことを思い出す。別にハリウッドを真似することはないが、邦画でも震災を題材にした社会派の娯楽作品が作られていいのではないか。多くの観客を視野に入れた社会派だからこそ、問題提起が多角的にできる側面も出てくる。そんな思いがずっとあった。

 というより、そのような作品がなぜ作られないかを考えたほうがいいかもしれない。その際、はっきりと言えることがある。大手の映画会社などでは、震災を題材にして映画を製作する姿勢が、まずないだろうということだ。では、なぜないか。

 ひとつに、震災の被災者に対しての配慮があると思う。社会派とはいえ、娯楽作品という枠組みで震災を扱うことは、まだまだ難しい局面が大きいということだ。震災を扱って、金を儲けようとするとは何事かといったような批判も、すぐに出てきそうではないか。

 津波、原発のどちらに照準を合せるにしろ、製作の過程には、これまでで経験したことがないような労苦が伴うことも大きいだろう。完成までにかかる膨大な時間、どこまで膨らむか見当もつかない製作費などを考慮すれば、そもそも企画に上がること自体が難しい。

 とくに、題材が原発であるならば、その是非やあり方に踏み込む視点が当然求められる。そこから、製作には様々な困難がつきまとうだろうことはすぐに予測できる。行き着くところは“触らぬ神に祟りなし”ということになろう。

◆歳月の経過によって映画の作られ方は変わっていく。問われているのは映画人の気構え

 では、興行面はどうかといえば、これは大きな可能性があるのではないか。国民的な関心度は、他の題材では想像もできないほど高いものがあろう。作り方次第で、とてつもない成績が期待できるかもしれない。ただそれも、計り知れない製作費や製作過程の労苦を差し引いてまでの可能性であるのかどうかといえば、簡単に判断はできない。

 今の時点で、震災を題材にした社会派娯楽作品の位置づけとは、以上のような感じだろうか。ただここで、5年という歳月が、極めて微妙である点も考えていい。震災の記憶の生々しさがまだまだ存分にあり、復興、復旧が進行しているさなかである。社会派といえども、娯楽作品という製作姿勢をもつ作品ならば、もう少し時間の猶予が必要かもしれない。

 邦画の歴史を築いた多くの戦争娯楽映画を振り返ると、歳月の経過によって、映画の作られ方や姿勢が変わっていく局面が多かった。だから今、製作されないからと批判したり、逆にそれで何の問題もないと肯定したりするのは、早急な見方だと思う。要は、映画人の意識のなかで、震災を題材にした娯楽作品を作っていく気構えが、果たしてできているかどうかが問われているのである。

 少し前に亡くなった新藤兼人監督や若松孝二監督が今の時代に健在であったなら、映画でどう震災とかかわっていこうとしていたかをよく考える。何も、大手の映画会社だけに、震災をめぐる娯楽作品のイニシアティブを委ねることもあるまい。無理強いをしても始まらない。

 個々の監督をはじめとする映画人が、海外との合作などに手を広げ、国際規模の震災娯楽作品の大問題作を企画してもおかしくはないのだ。いろいろなやり方がある。絶えず、震災と映画との関係を考えて、行動することが肝要だと思う。少なからぬ映画人には、このような絶えることのない気構えだけはもっていてほしいのである。
(文:映画ジャーナリスト・大高宏雄)



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