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黒島結菜&阿部寛、広島・原爆投下直後の実話をドラマ化

 女優の黒島結菜と俳優の阿部寛が21日、広島市内のNHK広島放送局で単発ドラマ・戦後70年『一番電車が走った』(8月10日 後7:30 総合)について会見した。被爆からわずか3日後に、路面電車の運転が再開された実話をドラマ化。同市内でロケ撮影を行なうと共に、実在のモデルとも対面した黒島は「実際に会って話を聞くことで、さらに本当に事実として実感することができました」と言葉をかみしめた。

 1945(昭和20)年8月6日。広島に原子爆弾が投下された。そのわずか3日後、焦土と化した広島の街を路面電車が走り始めたという。生き残った電鉄会社の社員が原爆投下の翌日から復旧作業を始めていたのだ。そして、電車を運転したのは、当時15〜16歳の少女。電鉄会社の家政女学校で学びながら、彼女たちは戦地に赴く男性の代わりに、路面電車に乗務、運転も任されるようになっていた。あの夏、広島で何が起きたのか。人々はどう生き、復興への一歩を踏み出したのかを描く。

 一番電車を運転する女学生・雨田豊子役の黒島は「広島で起こったことは信じられなくて、お話しを聞いていても悲しい気持ちになりましたが、そんな中でも未来に向かって生きていくという女の子を演じることができるのはとてもありがたいことだと思っています」。

 演出を担当する岸善幸監督は「ドラマ中のなかで絶叫するシーンがかなりあります。本当に生きるとは何なのかを問い詰められた彼女が発する言葉がなかなか堂に入った演技で、そこが非常に見どころです」と黒島を高評価。黒島も「その時、感じたままを表現できるようにしたいと思っていた。周りの状況など美術で再現してくれたので自然に感じたまま表現することができたと思います」と手応えを語っている。

 また、主要路線の1ヶ月以内の復旧に向けて立ち上がる電鉄会社の電気課長、松浦明孝役を演じる阿部は、「できる限り想像した」と撮影時を振り返り、「戦後70年ということで、あらためて戦争の愚かさ、悲劇について自分で勉強しています。今回のドラマからは、少女のささやきのようなものが非常によく伝わってきました。ドキュメンタリーやニュースで伝わらないものを伝えてくれるものと期待しています」と話していた。



関連写真

  • NHKのドラマ戦後70年『一番電車が走った』広島市内の広島電鉄江波車庫でロケを敢行(左から)黒島結菜、阿部寛(C)NHK
  • 記者会見の模様(C)NHK
  • 放送は8月10日(C)NHK

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