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20周年を完走したゆず、アルバムで「応援ソングとともに進む覚悟ができた」

 2017年、デビュー20周年イヤーを完走したゆず。年末には『NHK紅白歌合戦』で初の大トリを務め、平昌冬季五輪・パラリンピック期間には、毎日のようにCMで彼らの声を耳にした。このように活躍続く彼らが発表したアルバム『BIG YELL』のテーマは、その名のとおり“応援”だ。2004年のアテネ五輪で「栄光の架橋」が国民的ソングとなって以来、ゆずは常に世間から応援ソング求められ、葛藤もあったという。紅白大トリを務めたことで、「『栄光の架橋』とやっと肩を並べられた」という現在の心境、10周年で訪れたグループの転換期についても語った。

キャリアを重ねて増える「守らなきゃいけないもの」より、挑戦を選ぶ

――昨年は20周年イヤーで、ベストアルバムの発売、アジア含むツアー、年末は『NHK紅白歌合戦』大トリと、本当にものすごい活躍ぶりでした。4日に発売されるアルバム『BIG YELL』は、2016年の『TOWA』以来、2年3ヶ月ぶりのオリジナルアルバムになります。アルバムはどのような気持ちで?
北川悠仁 20周年の活動をしながらも、「もっと前に進みたい、新しいものを生み出したい」という意識があったので、ツアーの最中もずっと曲を作っていました。それで、今までやったことのなかったフィーリングの曲を作り、新しい挑戦をしながら、今までと違う扉を開けていくような感じのアルバムになればいいな、と。スケジュール的には本当にタイトで(笑)。飛行機や新幹線の移動中、滞在先のホテル、スタバとか、いろんな場所をクリエイティブスペースにしていました。でも、20年やってきて本当に良かったと思うのは、ファンの皆さんに音楽を届けたとき、「この曲にはこんな思い入れがあるよ」「自分にとって大事な歌だよ」と、様々なリアクションが得られたこと。ファンの皆さんの思いを、曲作りのガソリンやエネルギーにできたことが、すごく幸せでした。

――20年休まず続けてきたことだけでもすごいことですが、もっと前へ進みたいと。
北川悠仁 10周年の時は、自分たちを振り返ることで精一杯で、「もっとできたんじゃないか」という心残りがあったんです。でも20周年では、今の自分たちなら、過去を振り返りつつ次にいけるだろうという確信が持てたのかな。キャリアを重ねるとどうしても、自分たちの好奇心より、守らなきゃいけないもの、手放せないものが増えてくる。でも僕は、ゆずの活動は果敢にやっていくべきだと思っていて。10年くらい前は、新しいことにチャレンジすることでたくさん批判もされた。だけど怖がらずに、新しいこと、面白いことを取り入れていったことが、ゆずというグループの鮮度を保つことに繋がったと思うんです。音楽をやっていてぶつかった問題って、後になって音楽が答えを出してくれるんですよ。たとえば発売当時は非難の目を向けられた曲も、何年か後にファンの中で大事な曲になっていくこともありました。

曲作りに必要不可欠な“ゆずマニュアル”とは?

――その、「果敢に挑戦していく」という曲作りに関して、お二人の間でのコンセンサスはどのようにとるんですか? 話し合い?
北川悠仁 話し合いはしないです。カッコ良く言えば、それぞれに作った曲で会話している感じかもしれない。

――アルバム制作期間に、お互いの曲を披露する日があるとか?
岩沢厚治 最近はそういうのはないですね。お互いにデモテープをきちんと作って、それに説明書…何となくの“ゆずマニュアル”みたいなものがあるんですけど、それを付けてスタッフさんに託します。それから、別の方にアレンジを依頼することもありますね。とにかく、その説明書通りにすれば、プラモデルが組み立てられて、レコーディングの時に2人で塗装ができるように。音作りに関しては、それぞれがプロトタイプ(原型)を作る作業に没入している感じですね。
北川悠仁 それぞれ別の場所で曲を作っていても、ある種の共通認識を持てるようになったのは、10周年を過ぎて15周年を迎えるまでの間に、SAKURA STUDIO(ゆずの専用スタジオ)で、デモ作りをガツガツやっていた経験が大きい気がします。あの時期に、自分たちが今感じていること、その根底に流れる“何か”を同時に掴むやり方を覚えたような。
岩沢厚治 ただそんな時期でも、説明書の不明な部分だけ残して、北川くんが旅行に行ってしまったことがあって(笑)。あのときは苦労しました。残された人間たちで説明書を解読するんだけど、わかんないことだらけ。「俺がこれ埋めていいのかな? 正解わかんないけど」って恐る恐る埋めて…。帰ってきた北川くんに見せたら、「違うよ!」と言われ、こっちも「うんうん、違うのは知ってる」となった(笑)。せめて旅行に行くなら、正解を説明書に書いていってください、って残された全員が思ったことがあります(笑)。
北川悠仁 あー、1曲あったね(笑)。

10周年当時に覚えた危機感、「気まぐれからの脱却」と見据えた2つの道

――20年前は、ゆずがこんなに続くと想像してましたか?
岩沢厚治 もちろん想像してないです(笑)。

――デビュー当時、何か目標はあったんですか?
北川悠仁 正直、10周年までは何の目標もなかったです。今よりずっと無心だし、気まぐれだった。若いから、「どうにかなるさ」でまかり通った部分もあると思う。デビューして10年だと、普通に生きているだけで“時代性”を捉えられるようなところがあるんですよね。でも周りを見ると、どうしても10周年くらいで活動休止したり、充電したりするバンドやグループは多いじゃないですか。僕らも当時は、一瞬そういう危機感を覚えたことが正直ありました。そこからは、音楽の中身を変えたわけじゃないけれど“無心、気まぐれ”から脱却して、それまでしなかったアクションを起こしてみたんです。進むべき道の先が二つに分かれていて、一つは「老成する道」。今の状態を保って、それまでのゆずのイメージを大事にしていくやり方ですよね。もう一つが、「イメージを壊してでも新しいことに挑戦していく道」。僕は、ゆずにはまだまだ可能性があると思った。もっと面白いことができるはずという予感がしていて、“コア”より“マス”にゆずの音楽を届けたいと欲張ったんです。最初はうまく行かなかったけど、そこから3年後、5年後を見据えて。ずっと描いていたことと実際の自分たちが重なったのは、この間の紅白の大トリですよね。僕でも岩沢くんでもなく、「ゆず」がイメージしていた以上の存在になっていく感じでした。
岩沢厚治 うん。
北川悠仁 紅白の大トリを務めることで、「栄光の架橋」さんと、やっと肩を並べられたというか(笑)。僕らより先に国民的存在になっていた「栄光の架橋」という曲と、ゆずというデュオの浸透度が、やっと合致したというか。

★「最初はドッキリかと…」大トリ・ゆずの紅白リハの模様はコチラ!

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