歌手・俳優の小林旭(87)が4日、東京・浅草公会堂でコンサート『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』の本番前取材会を開いた。
開演を控え、小林は「体がヘタらないことと、声がダメにならないこと。常に皆さんの力がないとできないことだから。音声、バンドもそう。支えがないとやっていけない仕事。うまく歯車が回ってくれればいいなと」と思いを語った。1955年に日活に入社し、56年に銀幕デビュー。70年を振り返り「そんなに経ったかなと思うけど。あまりちゃんとしたことをやってこないうちに、勝手気ままなことをやらせてもらっているうちに終わった」と述懐。
「この業界の仕事は常に人に支えられて、人に応援してもらっている。とにかく人の力で動かされていることが全て。小林旭という芸人は誰かが選んで、見つけて支えて出してくれなかったら今日まで来られなかった」と吐露しながら「全部、人様の力で来ちゃった。70年、何やってきたんだろうと思うこともあります」と口にしていた。
ダイナマイトが由来の「マイトガイ」がニックネーム。作詞家、脚本家の川内康範さんの『銀座旋風児』という作品で名付け、その後「ダイナマイトが150屯」という楽曲も大ヒットして定着した。小林は「なんだかわけのわからないうちにマイトガイと呼ばれるようになった」と苦笑い。マイトガイと呼ばれる心境については「よくも悪くもない。もう慣れ親しんじゃっている感じで。歌の中の一節として聞き流しているというのかな。本人の気持ちの中で引っかかるものは何もない」と笑っていた。
2024年にPre70周年、25年に70周年、26年に日活デビュー70周年を迎えた小林旭。今年11月に米寿を迎える。来年の89歳までに間、八十八ヶ所をめぐるイベント『AKIRA EIGHTY-EIGHT』を開催している。『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』は東京公演となる。
開演を控え、小林は「体がヘタらないことと、声がダメにならないこと。常に皆さんの力がないとできないことだから。音声、バンドもそう。支えがないとやっていけない仕事。うまく歯車が回ってくれればいいなと」と思いを語った。1955年に日活に入社し、56年に銀幕デビュー。70年を振り返り「そんなに経ったかなと思うけど。あまりちゃんとしたことをやってこないうちに、勝手気ままなことをやらせてもらっているうちに終わった」と述懐。
ダイナマイトが由来の「マイトガイ」がニックネーム。作詞家、脚本家の川内康範さんの『銀座旋風児』という作品で名付け、その後「ダイナマイトが150屯」という楽曲も大ヒットして定着した。小林は「なんだかわけのわからないうちにマイトガイと呼ばれるようになった」と苦笑い。マイトガイと呼ばれる心境については「よくも悪くもない。もう慣れ親しんじゃっている感じで。歌の中の一節として聞き流しているというのかな。本人の気持ちの中で引っかかるものは何もない」と笑っていた。
2024年にPre70周年、25年に70周年、26年に日活デビュー70周年を迎えた小林旭。今年11月に米寿を迎える。来年の89歳までに間、八十八ヶ所をめぐるイベント『AKIRA EIGHTY-EIGHT』を開催している。『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』は東京公演となる。
2026/06/04



