2013年に解散した4人組クリエイターユニットGARNET CROWをリスペクトし、23年6月よりトリビュートバンドとして活動する山本ピカソ(A.Gt&Vo)の音楽プロジェクト・青いガーネット。ライブやSNSへのカバー動画投稿を経て、昨年12月にはデジタルシングル「君の家着くまでずっと走ってゆく」「Mr.Holiday」の2曲で配信デビュー。以降も「水のない晴れた海へ」「忘れ咲き」「Last Love Song」と意欲的にリリースを重ねている。一時は歌手になることを諦め、アーティスト・マネージャーの道を歩んでいたという山本に、青いガーネット誕生までの軌跡とGARNET CROWの魅力、カバーするうえでのこだわり、そして目指すアーティスト像を聞いた。
■一度は諦めた歌手への夢。背中を押してくれたプロデューサーの言葉
「中学生の頃、いじめを受けている友達のために何かできることはないかと悩んでいたときに、玉置浩二さんの『田園』のピアノバージョンを聴いて、歌詞の内容やピアノ伴奏に乗せてゆったり歌われている玉置さんの声にものすごく励まされました。私もこんなふうになりたいと思ったのが歌手を目指したきっかけでした」
そんな熱い思いを抱え、高校時代は「アコギの弾き語りがしたくて」軽音楽部で2つのバンドを掛け持ちしていたという山本。学園祭やライブハウスへの出演も経験し、バンド仲間からはプロになるためにオーディションを受けることを勧められていたという。
しかしその一方で、「歌手になりたい」という夢を身近な人に冷笑されたことで自信を喪失。「自分には歌手なんて無理なのかもしれない。ならばせめて好きな音楽を裏で支える人になりたい」と、音楽系の専門学校に進学。卒業後はアーティスト・マネージャーとして勤め始めた。
そんな山本に大きな転機が訪れたのは、今から2年前のこと。体調を崩して会社を辞めることになり、お世話になった方々へ挨拶回りに出かけたところ、山本が歌手になりたいという夢に挑戦することなく諦めていたことを知っていた長戸大幸プロデューサー(ビーイング(現B ZONE)グループ創始者であり、GARNET CROWのプロデューサー)から「もう一度歌手を目指してみないか」と背中を押されたのだ。
「実は専門学校でマネージャーとしての勉強をしつつも、ボイストレーニングの授業を受けるなど、どこかで歌手になりたいという思いを断ち切れない自分がいました。それでも一度は諦めた夢だし、かなり悩んで両親に話したところ、『後押しとか応援がなくても、振り切ってでもやってしまうのが本当にやりたいことなんじゃないの』と言われて、確かにその通りだな、以前の自分には覚悟が足りなかったのかもしれないなと。それに、もう2度とこんな機会はないだろうから、これが最後だと思って挑戦しようと一歩を踏み出しました」
■自分で考える余白が残っているのがGARNET CROWの魅力
GARNET CROWとの出会いも長戸プロデューサーがきっかけだった。「これが最後」と夢への挑戦を決めた山本は、手渡されたベストアルバム2枚を聴いて、「その魅力にどっぷりハマってしまった」という。
「私は楽曲も映画も自分で考える余白が残っている作品が好きなのですが、GARNET CROWさんの曲や詞にはすごくそういう部分があったんです。どこかちょっと悲しそうな世界観にも共感して、聞けば聞くほど魅かれていき、知りたい欲がどんどん高まってインタビューなどネットや書籍で集められるものはすべて読みました。また、ファンの中にも詞を分析している方々がいましたので、それぞれのとらえ方を知ることにも夢中になりました」
こうしてGARNET CROWにリスペクトを捧げ、彼らの楽曲を歌い継いでいくことを決意した山本。カバーするにあたっては、ファンに愛されているその世界観を何より大切にしているという。
「GARNET CROWさんを活動時から聞き続けている方達にとって、その世界観はやはりとても大切なものなので、離れ過ぎないようにということは意識しています。そんな中での私らしさですか? プロデューサーからは、『お前は明るくないから、その部分や、良くも悪くも頑固な面を活かせたらいいね』と言われています(笑)」
5月31日にリリースされる「Lost love song」にもそれは表れている。
「最後の愛の歌を捧げるほど素晴らしい人に出会えたことを歌っているのですが、サビではハッピーエンドではなく、これが最後のラブソングになるようにと祈りを歌っているんです。最後と思える人に出会えたとはいえ、お互いこの先どう気持ちが変化していくかはわからない。そういうリアルな描写がすごく気に入っています」
そんな山本の歌声は、昨年8月にリリースされ、「第66回日本レコード大賞」企画賞を受賞した松本孝弘による邦楽カバーアルバム第2弾『THE HIT PARADE II』でも注目を浴びた。ゲスト・ボーカルに抜擢され、小田和正の「Yes-No」を歌唱。松本の「哀愁漂う歌に感動した」という声に加え、リスナーからも山本のピュアで透き通った、どこか懐かしい歌声を称賛するコメントが多数投稿された。
■ライブのコンセプトからクリエイティブ全般を自分で手がけるこだわり
23年6月に活動をスタートして以来、SNSへのカバー動画投稿のほか、大阪をメインにライブを積極的に行ってきた山本。昨年3月には大阪hillsパン工場で初のワンマンライブを開催。そして今年3月には原宿RUIDOで初の東京でのワンマンライブを成功させるなど着実にアーティストとしての歩みを進めている。
「東京での初のワンマンは予想以上に緊張して前の晩はほとんど眠れませんでした(苦笑)。でも大勢の方が見に来てくださって、腕を上げて盛り上がってくださる方もいれば、もしかしたら楽しくないんじゃないかと思うくらいただジーッと見てくださっている方もいて、楽しみ方が人それぞれで…。私もそんなお客様方によって練習の時には出せなかった歌い方や感情が引き出されて、その瞬間しか出せないものが生まれるということをすごく実感しました」
ライブのタイトルやコンセプト、セットリストは自分で考えるという山本。ミュージックビデオでも、アートワークのアイデアや映像編集などすべて自身が手がけている。
「やはり自分の思いを伝えたいので、トータルでプロデュースできるよう自分でいろいろ調べて、勉強しながらやっています。どうしても素人クオリティの部分は残ってしまうんですけど、でも、それもいいと言ってくださる方もいるので、可能な限り、頑張ってみたいと思っています」
活動を始めて2年。「GARNET CROWを歌い継いでくれたのがあなたでよかったです、というコメントをもらったときは本当に泣きそうになった」と破顔する。そんな山本が目指すアーティスト像とは?
「GARNET CROWさんのファンの声の中に、『いいことがなかった高校時代、GARNET CROWに出会えたことが自分の人生の中でも一番いいことだった』とあったのですが、私が中学時代、玉置浩二さんの歌声に励まされたように、私もそういうアーティストになれたらいいなと思っています。仕事にしてしまうと好きなこともイヤになる瞬間があると言いますけど、自分の人生は歌と切り離して考えられなかったし、歌を諦めきれない思いがあったから今がある。なので、好きなことをするからには、やはり自分がいいと思えるものを届けたいと思っています」
さまざまな色に変化する鉱石=ベキリーブルーガーネットと、「まだ人としてもアーティストとしても未熟な部分がある、その青さの意味も含めて」名付けられたというプロジェクト名の青いガーネット。7月には横浜ReNY β、8月には大阪・hillsパン工場での4thワンマンライブを開催する。今後の飛躍が楽しみな原石がまた1人誕生した。
文・河上いつ子
■一度は諦めた歌手への夢。背中を押してくれたプロデューサーの言葉
「中学生の頃、いじめを受けている友達のために何かできることはないかと悩んでいたときに、玉置浩二さんの『田園』のピアノバージョンを聴いて、歌詞の内容やピアノ伴奏に乗せてゆったり歌われている玉置さんの声にものすごく励まされました。私もこんなふうになりたいと思ったのが歌手を目指したきっかけでした」
そんな熱い思いを抱え、高校時代は「アコギの弾き語りがしたくて」軽音楽部で2つのバンドを掛け持ちしていたという山本。学園祭やライブハウスへの出演も経験し、バンド仲間からはプロになるためにオーディションを受けることを勧められていたという。
しかしその一方で、「歌手になりたい」という夢を身近な人に冷笑されたことで自信を喪失。「自分には歌手なんて無理なのかもしれない。ならばせめて好きな音楽を裏で支える人になりたい」と、音楽系の専門学校に進学。卒業後はアーティスト・マネージャーとして勤め始めた。
そんな山本に大きな転機が訪れたのは、今から2年前のこと。体調を崩して会社を辞めることになり、お世話になった方々へ挨拶回りに出かけたところ、山本が歌手になりたいという夢に挑戦することなく諦めていたことを知っていた長戸大幸プロデューサー(ビーイング(現B ZONE)グループ創始者であり、GARNET CROWのプロデューサー)から「もう一度歌手を目指してみないか」と背中を押されたのだ。
「実は専門学校でマネージャーとしての勉強をしつつも、ボイストレーニングの授業を受けるなど、どこかで歌手になりたいという思いを断ち切れない自分がいました。それでも一度は諦めた夢だし、かなり悩んで両親に話したところ、『後押しとか応援がなくても、振り切ってでもやってしまうのが本当にやりたいことなんじゃないの』と言われて、確かにその通りだな、以前の自分には覚悟が足りなかったのかもしれないなと。それに、もう2度とこんな機会はないだろうから、これが最後だと思って挑戦しようと一歩を踏み出しました」
GARNET CROWとの出会いも長戸プロデューサーがきっかけだった。「これが最後」と夢への挑戦を決めた山本は、手渡されたベストアルバム2枚を聴いて、「その魅力にどっぷりハマってしまった」という。
「私は楽曲も映画も自分で考える余白が残っている作品が好きなのですが、GARNET CROWさんの曲や詞にはすごくそういう部分があったんです。どこかちょっと悲しそうな世界観にも共感して、聞けば聞くほど魅かれていき、知りたい欲がどんどん高まってインタビューなどネットや書籍で集められるものはすべて読みました。また、ファンの中にも詞を分析している方々がいましたので、それぞれのとらえ方を知ることにも夢中になりました」
こうしてGARNET CROWにリスペクトを捧げ、彼らの楽曲を歌い継いでいくことを決意した山本。カバーするにあたっては、ファンに愛されているその世界観を何より大切にしているという。
「GARNET CROWさんを活動時から聞き続けている方達にとって、その世界観はやはりとても大切なものなので、離れ過ぎないようにということは意識しています。そんな中での私らしさですか? プロデューサーからは、『お前は明るくないから、その部分や、良くも悪くも頑固な面を活かせたらいいね』と言われています(笑)」
5月31日にリリースされる「Lost love song」にもそれは表れている。
「最後の愛の歌を捧げるほど素晴らしい人に出会えたことを歌っているのですが、サビではハッピーエンドではなく、これが最後のラブソングになるようにと祈りを歌っているんです。最後と思える人に出会えたとはいえ、お互いこの先どう気持ちが変化していくかはわからない。そういうリアルな描写がすごく気に入っています」
そんな山本の歌声は、昨年8月にリリースされ、「第66回日本レコード大賞」企画賞を受賞した松本孝弘による邦楽カバーアルバム第2弾『THE HIT PARADE II』でも注目を浴びた。ゲスト・ボーカルに抜擢され、小田和正の「Yes-No」を歌唱。松本の「哀愁漂う歌に感動した」という声に加え、リスナーからも山本のピュアで透き通った、どこか懐かしい歌声を称賛するコメントが多数投稿された。
■ライブのコンセプトからクリエイティブ全般を自分で手がけるこだわり
23年6月に活動をスタートして以来、SNSへのカバー動画投稿のほか、大阪をメインにライブを積極的に行ってきた山本。昨年3月には大阪hillsパン工場で初のワンマンライブを開催。そして今年3月には原宿RUIDOで初の東京でのワンマンライブを成功させるなど着実にアーティストとしての歩みを進めている。
「東京での初のワンマンは予想以上に緊張して前の晩はほとんど眠れませんでした(苦笑)。でも大勢の方が見に来てくださって、腕を上げて盛り上がってくださる方もいれば、もしかしたら楽しくないんじゃないかと思うくらいただジーッと見てくださっている方もいて、楽しみ方が人それぞれで…。私もそんなお客様方によって練習の時には出せなかった歌い方や感情が引き出されて、その瞬間しか出せないものが生まれるということをすごく実感しました」
ライブのタイトルやコンセプト、セットリストは自分で考えるという山本。ミュージックビデオでも、アートワークのアイデアや映像編集などすべて自身が手がけている。
「やはり自分の思いを伝えたいので、トータルでプロデュースできるよう自分でいろいろ調べて、勉強しながらやっています。どうしても素人クオリティの部分は残ってしまうんですけど、でも、それもいいと言ってくださる方もいるので、可能な限り、頑張ってみたいと思っています」
活動を始めて2年。「GARNET CROWを歌い継いでくれたのがあなたでよかったです、というコメントをもらったときは本当に泣きそうになった」と破顔する。そんな山本が目指すアーティスト像とは?
「GARNET CROWさんのファンの声の中に、『いいことがなかった高校時代、GARNET CROWに出会えたことが自分の人生の中でも一番いいことだった』とあったのですが、私が中学時代、玉置浩二さんの歌声に励まされたように、私もそういうアーティストになれたらいいなと思っています。仕事にしてしまうと好きなこともイヤになる瞬間があると言いますけど、自分の人生は歌と切り離して考えられなかったし、歌を諦めきれない思いがあったから今がある。なので、好きなことをするからには、やはり自分がいいと思えるものを届けたいと思っています」
さまざまな色に変化する鉱石=ベキリーブルーガーネットと、「まだ人としてもアーティストとしても未熟な部分がある、その青さの意味も含めて」名付けられたというプロジェクト名の青いガーネット。7月には横浜ReNY β、8月には大阪・hillsパン工場での4thワンマンライブを開催する。今後の飛躍が楽しみな原石がまた1人誕生した。
文・河上いつ子
2025/05/28



