コロナ禍の2020年以降も年間100本ペースでライブを継続し、今年5月にアルバム「レッド」をリリースした“ヤジマX”(ロックバンド“モーモールルギャバン”のゲイリー・ビッチェのソロプロジェクト)。そして、“熟せばややこしくなるものなのよ、女って。”を掲げて2017年に始動し、今年に入ってから「女、深夜の麺屋にして」「あなたが課金しないから」をリリースした“近視のサエ子”。実は15年以上前から交流がある二人の対談が実現した。
対談のテーマは、出会いの場となった京都のライブハウス、音楽を続けることの難しさと素晴らしさ、コロナ禍における活動など。酸いも甘いも噛み分けながら、独創的な楽曲を生み出し続ける両者のトークセッションを紹介する。
――ヤジマXさん、近視のサエ子さんは15年以上の交流があるとか。
ヤジマX:最初に会ったのは、モーモールルギャバンを結成したばかりの頃ですからね。2006年くらいかな?
近視のサエ子:そうですね。当時はスカバンドのボーカルをやっていて、京都のネガポジというライブハウスで、たまたまモーモールルギャバンと対バンすることになって。私たちが先にやって、モーモールルギャバンはトリ(最後)だったんですけど、ヤジマさんが私のバンドのギターに向かって、ステージから「イケメンなんて死んじまえ!」って叫んだんですよ(笑)。そのときに「この人、好きだな」と思ったんですけど、バンドのメンバーは怒って帰っちゃって。
ヤジマX:失礼しました(笑)。その頃はイケメンにかみついてたんですよ。
近視のサエ子:(笑)そのバンド、結局上手くいかなかったんですけどね。当時私は京都造形芸術大学の映像学科にいて、ドキュメンタリーを専攻していて。モーモールルギャバンをテーマにしたドキュメンタリー作品が卒業制作だったんですよ。
ヤジマX:ライブの映像も撮ってくれて。
近視のサエ子:その作品の予告編は、今もYouTubeで観られます(笑)。
――その後もサエ子さんは、映像作家としてモーモールルギャバンに関わり、初期の代表曲「裸族」「ユキちゃん」「サイケな恋人」のMVも撮影したそうですね。
近視のサエ子:大学を卒業して、東京のテレビ番組制作会社に就職して。その会社で「予算を取るから、好きなミュージシャンのMVを作っていいよ」と言われたんです。とにかくモーモールルギャバンが大好きだったので、「このバンドは絶対に売れます」とプレゼンして。
ヤジマX:ありがたい(笑)。「裸族」「ユキちゃん」「サイケな恋人」を1日で撮ったんですよ。その後もサエちん(近視のサエ子)はずっとライブに来てくれて、何かあるたびに撮影してくれて。そう言えば、なぜか夜の公園で飲んだことあったよね?
近視のサエ子:ありました(笑)。あの頃、モーモールルギャバンは大変な時期で。
ヤジマX:ギターのズーミーと上手くいかなくなって、結局、抜けることになって。(その後、モーモールルギャバンはギターレスのトリオバンドとして活動)
近視のサエ子:京都のバンドのなかでも、ヤジマさんはだいぶ意識が違ってたんですよね。みんなでワイワイやっているなか、一人だけちょっと離れたところにいたというか。
ヤジマX:知り合いのバンドのライブに行ったり来たりしてた時期もあったんですけど、2008年にそれを自覚的にやめたんです。その結果、集客が厳しくなって、“梅田Shangri-Laでお客さんが一人”という悲惨な状況もあって。
近視のサエ子:そのライブも撮ってました(笑)。誰もいないフロアでヤジマさんが歌ってて、殺気立った目をしていて。映像作家として、すごく魅力的な存在でしたね。
ヤジマX:よかったです(笑)。あの頃はめちゃくちゃきつかったけど、「とにかくこの状態を乗り越えなきゃダメだな」と。乗り越えられたのはラッキーでした。
――モーモールルギャバンは2010年にメジャーデビュー。10年代前半のバンドシーンで頭角を現しました。サエ子さんの音楽活動はどうだったんですか?
近視のサエ子:アイドルファンクバンドのボーカルをやって、吉祥寺中心にライブもやってたんですけど、そこでもケンカ別れしちゃって。生活も大変だったし、子どもが生まれたこともあって、音楽は無理かなと思ってたんですよ。でも、(映像、広告デザイナーなど)フリーランスになって安定してきて、子どもが大きくなった時期に、「もう一度音楽をやりたい」という気持ちが強くなって、近視のサエ子をはじめたんです。やっぱり、どこかで諦めきれない気持ちがあったんでしょうね。…そう言えばヤジマさん、近視のサエ子のインストアライブに来てくれましたよね? あれはびっくりした(笑)。
ヤジマX:こっそり観に行きましたが、見つかってた(笑)。サエちんがまた音楽を始めたことがうれしかったんですよね。あの頃、京都で一緒にやってた仲間もどんどん音楽を辞めて、続けてる人が少なくなってたので。
――近視のサエ子としては、今年に入ってから新曲「女、深夜の麺屋で」「あなたが課金しないから」をリリース。コロナ禍を経て、活動のペースが着実に上がってますね。
近視のサエ子:正直言うと、2年くらい前はすごく落ち込んでたんですよ。コロナでどんどん人が倒れていくし、私自身もちょっと体調を崩して、「これはもう続けられないかな」と。で、「とりあえずヤジマさんのライブに行こう」と思ったんです。その時期もヤジマさんはずっとライブを続けていたので。
ヤジマX:やってましたね(笑)。ありがたいことにライブハウスから連絡をいただけて、「OKです」って言ってるうちに年間100本を超えて。お客さんが来てくれたのもありがたかったです。
近視のサエ子:私が観たのは2020年の終わりぐらいだったんですけど、やっぱりヤジマさんのライブはすごく良くて。その姿を見て、「やっぱり音楽を続けよう」と決めて、新曲を作りはじめたんです。
ヤジマX:え、そうなの? めちゃくちゃ光栄なんですけど。
――ヤジマXとしては、今年5月に1stアルバム「レッド」をリリース。ヤジマXの音楽に対するサエ子さんの印象は?
近視のサエ子:どうしてもモーモールルギャバンと絡めてしまうんですけど、初期の頃の楽曲を思い出しましたね。ギターのクリーンな音とか、歌詞の世界観とか。40代に近くなって、鬱々と過ごしていた京都の日々を思い出して、ちょっと泣きそうになりました。ヤジマXから入った人にとっては関係ない話だし、古参ぶってるみたいでイヤなんですけど(笑)。
ヤジマX いや、ありがたいです。自分としてはぜんぜん意識してなくて、作りたい曲を作ってるだけなんですけどね。曲を書いて、デモを作るまではまったく同じで、それをバンドのメンバーに渡すか、アレンジャー兼ギタリストのズーミーに渡すかの違いだけで。
近視のサエ子:そうか、ヤジマXはズーミーさんと一緒にやってるんですよね。
ヤジマX:うん。リズムのアレンジからほぼ任せてます。
近視のサエ子:ライブもずっと続けてますよね。
ヤジマ:去年、一昨年よりは減らしてるけどね。7月から9月にかけて全国ツアーをやってて。関西、東京、北海道にバンドメンバーがいるんですよ。
――場所によってメンバーが違うんですね。ヤジマXさんはライブの現場を大事にしていて、近視のサエ子はSNSやYouTubeでの施策が中心。活動スタイルは対照的ですね。
近視のサエ子:今のライフスタイルだとライブ活動を頻繁にするのは難しいのでオンライン中心になっていますね。せっかくだからオンラインだけでどこまで楽曲が広がるか挑戦しています。
ヤジマX:すごいよね。ぜひいろいろ教えてほしい。
近視のサエ子:ライブをやってないので、そっちをがんばるしかないんですよ(笑)。
ただ、丁寧にやらないと伝わらないのは同じかなと。「(お客さんの姿が)見えてないから、まあいいか」と投げやりにしてると、絶対に次につながらない。
ヤジマX:なるほど。俺はライブハウスのほうが圧倒的に反応がいいんですよ。YouTubeやオンラインだと、そこまで反応がよくなくて。カッコよくいうと、空間を支配するタイプなんですよ。
近視のサエ子:そうですよね。一緒に何かやれるようにがんばります!
そう言えばこの前、「ヤジマXと近視のサエ子の対バンが観たい」というツイートがあって。やります?
近視のサエ子:うわー、やりたい! でもかなり準備が必要かも!
ヤジマX:ギター1本でリズムを効かせてやるのもいいと思うけどね。
近視のサエ子:ぜひ相談させてください(笑)。
取材・文:森朋之
撮影:Ayuki Sodegami
ロケーション協力:株式会社LockUP
■プロフィール
ヤジマX
群馬県高崎市出身。
“ヤジマX” は2005年に京都で結成された日本のロックバンド “モーモールルギャバン” のドラムボーカル “ゲイリー・ビッチェ” のソロ名義。
2020年より年間100本ペースでライブを継続し、代表曲「ライブハウスで会いましょう」を全国で熱唱し続ける。2022年5月にソロ初のフルアルバム「レッド」をリリース。全国ツアー中。
近視のサエ子
兵庫県西宮市出身。
2017年より “近視のサエ子” 名義で活動開始。独特で中毒性のある歌詞とメロディが特徴。2022年は「女、深夜の麺屋にて」「あなたが課金しないなら」を2ヶ月連続リリース。9月に新曲発表予定。広告ディレクター・コピーライター・映像作家など幅広く活躍中。
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対談のテーマは、出会いの場となった京都のライブハウス、音楽を続けることの難しさと素晴らしさ、コロナ禍における活動など。酸いも甘いも噛み分けながら、独創的な楽曲を生み出し続ける両者のトークセッションを紹介する。
――ヤジマXさん、近視のサエ子さんは15年以上の交流があるとか。
ヤジマX:最初に会ったのは、モーモールルギャバンを結成したばかりの頃ですからね。2006年くらいかな?
近視のサエ子:そうですね。当時はスカバンドのボーカルをやっていて、京都のネガポジというライブハウスで、たまたまモーモールルギャバンと対バンすることになって。私たちが先にやって、モーモールルギャバンはトリ(最後)だったんですけど、ヤジマさんが私のバンドのギターに向かって、ステージから「イケメンなんて死んじまえ!」って叫んだんですよ(笑)。そのときに「この人、好きだな」と思ったんですけど、バンドのメンバーは怒って帰っちゃって。
ヤジマX:失礼しました(笑)。その頃はイケメンにかみついてたんですよ。
近視のサエ子:(笑)そのバンド、結局上手くいかなかったんですけどね。当時私は京都造形芸術大学の映像学科にいて、ドキュメンタリーを専攻していて。モーモールルギャバンをテーマにしたドキュメンタリー作品が卒業制作だったんですよ。
ヤジマX:ライブの映像も撮ってくれて。
近視のサエ子:その作品の予告編は、今もYouTubeで観られます(笑)。
――その後もサエ子さんは、映像作家としてモーモールルギャバンに関わり、初期の代表曲「裸族」「ユキちゃん」「サイケな恋人」のMVも撮影したそうですね。
近視のサエ子:大学を卒業して、東京のテレビ番組制作会社に就職して。その会社で「予算を取るから、好きなミュージシャンのMVを作っていいよ」と言われたんです。とにかくモーモールルギャバンが大好きだったので、「このバンドは絶対に売れます」とプレゼンして。
ヤジマX:ありがたい(笑)。「裸族」「ユキちゃん」「サイケな恋人」を1日で撮ったんですよ。その後もサエちん(近視のサエ子)はずっとライブに来てくれて、何かあるたびに撮影してくれて。そう言えば、なぜか夜の公園で飲んだことあったよね?
近視のサエ子:ありました(笑)。あの頃、モーモールルギャバンは大変な時期で。
ヤジマX:ギターのズーミーと上手くいかなくなって、結局、抜けることになって。(その後、モーモールルギャバンはギターレスのトリオバンドとして活動)
近視のサエ子:京都のバンドのなかでも、ヤジマさんはだいぶ意識が違ってたんですよね。みんなでワイワイやっているなか、一人だけちょっと離れたところにいたというか。
ヤジマX:知り合いのバンドのライブに行ったり来たりしてた時期もあったんですけど、2008年にそれを自覚的にやめたんです。その結果、集客が厳しくなって、“梅田Shangri-Laでお客さんが一人”という悲惨な状況もあって。
近視のサエ子:そのライブも撮ってました(笑)。誰もいないフロアでヤジマさんが歌ってて、殺気立った目をしていて。映像作家として、すごく魅力的な存在でしたね。
ヤジマX:よかったです(笑)。あの頃はめちゃくちゃきつかったけど、「とにかくこの状態を乗り越えなきゃダメだな」と。乗り越えられたのはラッキーでした。
――モーモールルギャバンは2010年にメジャーデビュー。10年代前半のバンドシーンで頭角を現しました。サエ子さんの音楽活動はどうだったんですか?
ヤジマX:こっそり観に行きましたが、見つかってた(笑)。サエちんがまた音楽を始めたことがうれしかったんですよね。あの頃、京都で一緒にやってた仲間もどんどん音楽を辞めて、続けてる人が少なくなってたので。
――近視のサエ子としては、今年に入ってから新曲「女、深夜の麺屋で」「あなたが課金しないから」をリリース。コロナ禍を経て、活動のペースが着実に上がってますね。
近視のサエ子:正直言うと、2年くらい前はすごく落ち込んでたんですよ。コロナでどんどん人が倒れていくし、私自身もちょっと体調を崩して、「これはもう続けられないかな」と。で、「とりあえずヤジマさんのライブに行こう」と思ったんです。その時期もヤジマさんはずっとライブを続けていたので。
ヤジマX:やってましたね(笑)。ありがたいことにライブハウスから連絡をいただけて、「OKです」って言ってるうちに年間100本を超えて。お客さんが来てくれたのもありがたかったです。
近視のサエ子:私が観たのは2020年の終わりぐらいだったんですけど、やっぱりヤジマさんのライブはすごく良くて。その姿を見て、「やっぱり音楽を続けよう」と決めて、新曲を作りはじめたんです。
ヤジマX:え、そうなの? めちゃくちゃ光栄なんですけど。
――ヤジマXとしては、今年5月に1stアルバム「レッド」をリリース。ヤジマXの音楽に対するサエ子さんの印象は?
近視のサエ子:どうしてもモーモールルギャバンと絡めてしまうんですけど、初期の頃の楽曲を思い出しましたね。ギターのクリーンな音とか、歌詞の世界観とか。40代に近くなって、鬱々と過ごしていた京都の日々を思い出して、ちょっと泣きそうになりました。ヤジマXから入った人にとっては関係ない話だし、古参ぶってるみたいでイヤなんですけど(笑)。
ヤジマX いや、ありがたいです。自分としてはぜんぜん意識してなくて、作りたい曲を作ってるだけなんですけどね。曲を書いて、デモを作るまではまったく同じで、それをバンドのメンバーに渡すか、アレンジャー兼ギタリストのズーミーに渡すかの違いだけで。
近視のサエ子:そうか、ヤジマXはズーミーさんと一緒にやってるんですよね。
ヤジマX:うん。リズムのアレンジからほぼ任せてます。
近視のサエ子:ライブもずっと続けてますよね。
ヤジマ:去年、一昨年よりは減らしてるけどね。7月から9月にかけて全国ツアーをやってて。関西、東京、北海道にバンドメンバーがいるんですよ。
――場所によってメンバーが違うんですね。ヤジマXさんはライブの現場を大事にしていて、近視のサエ子はSNSやYouTubeでの施策が中心。活動スタイルは対照的ですね。
近視のサエ子:今のライフスタイルだとライブ活動を頻繁にするのは難しいのでオンライン中心になっていますね。せっかくだからオンラインだけでどこまで楽曲が広がるか挑戦しています。
ヤジマX:すごいよね。ぜひいろいろ教えてほしい。
近視のサエ子:ライブをやってないので、そっちをがんばるしかないんですよ(笑)。
ただ、丁寧にやらないと伝わらないのは同じかなと。「(お客さんの姿が)見えてないから、まあいいか」と投げやりにしてると、絶対に次につながらない。
ヤジマX:なるほど。俺はライブハウスのほうが圧倒的に反応がいいんですよ。YouTubeやオンラインだと、そこまで反応がよくなくて。カッコよくいうと、空間を支配するタイプなんですよ。
近視のサエ子:そうですよね。一緒に何かやれるようにがんばります!
そう言えばこの前、「ヤジマXと近視のサエ子の対バンが観たい」というツイートがあって。やります?
近視のサエ子:うわー、やりたい! でもかなり準備が必要かも!
ヤジマX:ギター1本でリズムを効かせてやるのもいいと思うけどね。
近視のサエ子:ぜひ相談させてください(笑)。
取材・文:森朋之
撮影:Ayuki Sodegami
ロケーション協力:株式会社LockUP
■プロフィール
ヤジマX
群馬県高崎市出身。
“ヤジマX” は2005年に京都で結成された日本のロックバンド “モーモールルギャバン” のドラムボーカル “ゲイリー・ビッチェ” のソロ名義。
2020年より年間100本ペースでライブを継続し、代表曲「ライブハウスで会いましょう」を全国で熱唱し続ける。2022年5月にソロ初のフルアルバム「レッド」をリリース。全国ツアー中。
近視のサエ子
兵庫県西宮市出身。
2017年より “近視のサエ子” 名義で活動開始。独特で中毒性のある歌詞とメロディが特徴。2022年は「女、深夜の麺屋にて」「あなたが課金しないなら」を2ヶ月連続リリース。9月に新曲発表予定。広告ディレクター・コピーライター・映像作家など幅広く活躍中。
★YouTube公式チャンネル「ORICON NEWS」
2022/08/07





