ミュージック インタビュー&コメント

ミュージックインタビュー&コメント
2004年9月8日
いよいよ全米デビュー!Utada、超ロングインタビュー!
1983年1月19日 ニューヨーク生まれ。
2002年1月、Island Def Jam Music Groupと洋楽アーティストとして専属契約を結ぶ。
10月5日には全米デビュー・アルバムとなる『EXODUS』のリリースが決定した。日本発売は9月8日に。

スペシャルゲストとして、Mars VoltaのJon TheodoreやTimbalandが参加。
ウィットに富んだリリックと、緻密に構成されたメロディが注ぎ込まれ、オルタナティブ、ポップ、ダンス、ファンク・グルーヴがミックスした作品に仕上がっている。
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出るまではちょっとドキドキしている自分がいるの。
――まず最初にアルバムが出来上がった感想や手ごたえを聞こうかな、と。
【Utada】「実はアルバムが出来上がったのって、もうずいぶん前なんですよ。もう結構前だからなぁ、覚えてるかなぁ(笑)。なんかね、ホントに終ったの?ホントに?ぬか喜びじゃないよね?やり残してる事はないよね?って感じだったわけ。1曲ずつを完成させていくんじゃなくて、1曲をある程度、現段階での完成だねっていう状態まで持っていって、それから何曲かまとまってきたら改めて見直して、じゃあ方向的にこれでいいのかなとかいろいろ考えながら何回も見直しては戻り、戻っては足したり減らしたり…。そういう事を何回も繰り返しながらやってきたのね。だからいちばん最後になっても、ホントにこれで終ったのかなって感じだった。でね、今までだったら大抵マスタリングが終って、よし、OK!これで完成だぁ〜ってなるんだけど…。今回が今までとちょっと違うのは、レコード会社に提出しても、レーベルヘッドの人が“NO!”って言ってくるかもしれないじゃない? まぁ日本もそうかもしれないんだけど、アメリカの方がそういう点で何があるかわかんないって事が多くて。すごく有名な人でもCDがおしゃかになってお蔵入りとか何かの問題でそうなっちゃったりするから、完成はしたけどホントに出る?!出るのか!?っていう(苦笑)。うん。出るまではちょっとドキドキしてる自分がいるの。」

――ところで、一体いつ頃からアメリカ・デビューを考えてたの?さかのぼってみれば“cubic U”もあるし、『RUSH HOUR 2』のサントラ盤('01年7月発売)に“HIKARU UTADA”として参加してるし…
【Utada】 「最初の“cubic U”は、私はその話がどこからどう来たのか全く知らなくて、ただ“CDを1枚英語で作る事になったよ”って言われて“じゃあ作るよ。やってみるよ”って感じだったの。で、人生で初めて作った曲はアナログで出してるけど、2曲目くらいから10曲目ちょっとくらいまでの曲が入ってるのが“cubic U”のCD。でもね、別に出るとか出ないとか意識になかったし、ただ作ってた。夏休みの宿題みたいな感じではあったかな。ちょうど作ってたのが夏だったし…。それで、あぁ私にも詞を書いたり歌ったりっていうのができるもんなんだなぁって思って。レコーディングっていうのは小さい頃から見てたし知ってたけど、自分でやるっていうのはこういう感じなのかなあって。でね、宇多田ヒカルで日本でデビューしてからは、ちょくちょくいろんな話があったの。英語がしゃべれるんだったらなんでやらないの?うちでやらない?って感じで。で、Island Def Jamからまずサントラ盤で1曲やってみない? そしたらうちらの仕事もわかるし、1曲一緒にやってみて何か対応が悪かったとかヤダなと思ったら断ってくれたらいいし、もし気に入ってくれたらちゃんと契約の話もしてみたいって言われて。で、とりあえずあのサントラ盤の1曲をやって、そのままその時の同じチームの人達がいる状態で契約をしたの。」

――となると、全米デビューを意識したのはいつになるんだろ!?
【Utada】 「だから、契約するって決めてから。うん。契約するって決めて、じゃあやるって感じだったかなぁ」

――('02年2月に)Island Def Jamと契約した事を発表してから、こうやってCDがリリースされるまで、病気の事とかもあって当初の予定よりは時間がかかっちゃったじゃない?その間で何か気持ちの変化はあった?
【Utada】 「早くやんなきゃなぁ〜、あんまり遅れちゃうと契約を切られちゃうかなぁ〜、どうしよう〜、結婚なんかしてる場合じゃないよぉ〜って感じ(笑)。でもね、もともと日本でデビューする時も、うわぁ〜デビューだ!とか日本で有名になってやるわ!とか、そんな感じじゃなかったのね。まっ、今回もCDを作って、出た!出た!ホントにCDショップに置いてあるよ!! って感覚よりは、もっとこう…ちゃんとデビューってもんがわかってるし、そういう所で言えばレコードの枚数から考えても5枚目のアルバムだし、ベテランの域に入ってきたし(苦笑)。うん。ちゃんと自分の中で気を引きしめて、よし!やるぞ!!っていう感じではあるけど…。うーん、別に市場が変ったからとか会社が変ったからとか、どでかくアメリカでやるんだあとか、そういう感覚ではないかな。」

EXODUS
EXODUS
Utada
2004/09/08発売
ユニバーサル インターナショナル
UICL-1046
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収録曲

1.オープニング
2.デヴィル・インサイド
3.エキソドス’04
4.ワークアウト
5.イージー・ブリージー
6.ティッピー・トウ
7.ホテル・ロビー
8.アニマート
9.クロスオーヴァー・インタールード
10.クレムリン・ダスク
11.ユー・メイク・ミー・ウォント・トゥー・ビー・ア・マン
12.ワンダー・バウト
13.レット・ミー・ギヴ・ユー・マイ・ラヴ
14.アバウト・ミー
私はみんなに私の音楽を好きになってもらいたいから。
――作る前にどんなものを作ろうか、どんなものにしたいのかっていうイメージみたいなものはあった?
【Utada】「っていうか、とにかく何をするのか自分でもわからないっていうのが自分ですごくおもしろい所だったんだよね。作ってる段階では作っている私でさえ知らない音楽だったわけ。自分で全部やるとなると、方向性を決めたり、このコードはこう行こうとか、この音色でいいのかなとか、どんなに細かな事でも自分で決めなきゃいけない。一個一個全部自分に向かって問いかけて、自分でOKが出せるまでやるしかないわけ。」

――そのOKの基準って何だったんだろう。
【Utada】「ちゃんとした目的っていうか…。ちゃんとしたいいものを作ろうっていう所を目指してた。それはみんなが聞いた時に受け入れてもらえるような作品を作りたいし、作らなきゃってとこで…。誰かに売れるものを作れとか売れなきゃいけないって言われたわけじゃないけど、私はみんなに私の音楽を好きになってもらいたいから。ま、それは英語の作品だろうが日本の作品だろうが同じ気持ちなんだけど。ただ、日本でやってる分には自分である程度予想がつくのね。だいたいこういうパターンのこっち系の曲だなとか、それこそ突拍子もないアレンジを考えるっていうのもあまりしない。それにちゃんといい邦楽を作ろうって思ってるからなんだと思う。でも、アメリカでやる分にはちょっと変ったものでもいいのかなとか、みんなが慣れ親しめるものでもなきゃとかいろいろ考えつつ…。でもさ、考えてたって出てくるものはまた別のモノだったりもして(苦笑)。」

――とにかく、一体自分から何が出てくるんだろうっていう?
【Utada】「うん。だからね、今まで自分が作るなんて思わなかったような音が出てきちゃったり、あれぇ〜私こんな歌詞を歌っちゃうんだぁ〜ってなったり。なんだぁ? この音は!!およよ〜ってなっちゃったりして、自分でもなんだこれぇ〜!? って(笑)」

――こんなのが私から出てきてビックリ!?
【Utada】「うん。この子は一体誰の子!!って感じ、ま、私が生んでるんだけど(笑)。でも、そういうのがすんごく楽しかったの!!」

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