オリコンニュース

映画『ルックバック』坂東祐大が明かす音楽制作の舞台裏 藤野と京本を表現した「対」の構造

 映画『ルックバック』(是枝裕和監督)が公開されて約1ヶ月。藤野と京本の物語を彩る音楽にも注目が集まっている。音楽を手がけたのは、作曲家・音楽家の坂東祐大。2人の関係性を音楽の「対」の構造で表現したメインテーマ、ロケ地での着想から選んだクラシック・ギター、映像と並走しながら重ねたレコーディング――。音楽への反響に「とってもうれしいな」と笑顔を見せる坂東に、是枝監督との制作の舞台裏や音楽に込めた思い、作曲家としての創作哲学を聞いた。

[LP]サウントトラック(11月25日発売)(C)藤本タツキ/集英社 (C)2026 K2 Pictures・集英社

[LP]サウントトラック(11月25日発売)(C)藤本タツキ/集英社 (C)2026 K2 Pictures・集英社

映画『ルックバック』の音楽はいかに生まれたか 「対」の構造と是枝監督との挑戦

 坂東が本作の音楽制作のオファーを受けたのは2024年12月頃。翌2025年の1、2月頃から本格的な準備が始まった。是枝監督作品の音楽を担当するのは『箱の中の羊』に続き2作目となるが、制作に着手したのは本作が先だった。「『ルックバック』を進めるなか『箱の中の羊』が入ってきて。さらに一番重要な自分のコンサート(彩の国芸術劇場で行われた「キメラ」という公演)、あと(ドラマ)『銀河の一票』も含めて複数の作品が同時に走っていました。もう今年の前半あたりの記憶があまりない(笑)」と冗談交じりに振り返る。

 是枝監督から「イメージしているものを書いてください」というオーダーを受けるなか、最初に依頼されたのは、藤野が京本の元を訪れた後のシーンに流れる楽曲の制作で、結果的にこの楽曲がメインテーマとなった。

 曲を膨らませていくにあたり、坂東が考案したのが「対(つい)」の構造。藤野と京本という2人の関係性を象徴するかのように、「音楽の構造として、デュエットとかデュオとか、対になるものが2つあるようなものにしようと最初に考えた」と意図を語る。

 「ギター2本を対にさせながら鳴らしたり、バイオリンとヴィオラによるデュエットをさせたり、音楽の構造的に“2”ということがキーになるようにしました」(坂東祐大/以下同)

 このメインテーマは、撮影現場でも重要な役割を果たした。藤野のハミングから始まり、次第にオーケストラへと広がっていく楽曲が印象的なシーンでは、実際に音楽を流しながら撮影が行われたという。「藤野を演じた七瀬(ふうり)ちゃんに楽曲を聴かせ、その音を現場で流しながら撮っていく。演出的には藤野の中で鳴っている音楽を表現している」と説明する。

 現場での音楽再生による撮影手法について、坂東は「是枝さんの中では初だと言っていた」と口にし、「クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『トリコロール/青の愛』にもそういうシーンがあり、是枝監督がキェシロフスキ監督に撮影方法を尋ねたところ、『曲を流しながら撮った』と答えたそうです」と舞台裏を明かす。

『キメラ』より(C)松林寛太 提供:彩の国さいたま芸術劇場

『キメラ』より(C)松林寛太 提供:彩の国さいたま芸術劇場

ロケ地で得た着想から100テイク超の録音まで 妥協なき音作り

 本作の音楽の軸となったのはクラシック・ギターだ。坂東は「ロケ地である、にかほ市に行ってみたらギターかなというインスピレーションを受けた」と振り返る。「是枝監督の作品はピアノのイメージが強い印象があって。まったくピアノを使っていないわけではないが、別の楽器を主体にしてみようと思った」といい、実際に現地を訪れたことが楽器選びのきっかけとなった。

 「最初に、にかほ市に行けたのがよかった」と振り返る坂東。「行かないとわからないことがたくさんある。間違えないためにも行くべき」と実際に現地を訪れることの大切さを語る。

 こうして得た着想をもとに、映像の編集と音楽制作を約1年にわたって並走させた。「季節ごとのシーンを撮り終えるごとに編集が進められ、その段階で楽曲を制作し、やりとりを重ねていった。映像のカットや尺の変更に応じて曲をエディットする。その作業を繰り返していきました」と振り返る。

 映像の変化に応じて音楽を調整するなかで、レコーディングも幾度となく繰り返された。「結果的にそうなっちゃったのですけど(苦笑)」と前置きしつつ、「一度録った後にもう一回ということが何度もあって。とんでもない回数のレコーディングをしています」と明かす。

 「映画のレコーディングではあまりやらないのですが、1曲につき3〜4回録り直した曲もたくさんあり、メインテーマもそう。スタジオを変えたりニュアンスをちょっと変えたりしながら微調整して。テイク数も曲によっては100を優に超えています」

 ヴィオラの追加録音に関しては、ベルリンまで足を運んだエピソードも明かした。メインテーマでビオラを弾いた三国レイチェル由依氏がミュンヘンに留学しており、必要となった追加分を録るため、坂東は「カンヌ映画祭の帰りに立ち寄ろう」と計画。ところが現地でスタジオが見つからず急きょ、ベルリンへ移動してレコーディングが行われた。

 「カンヌからベルリンに行って、終わって帰ってきてまたすぐレコーディング。カンヌでみんなが楽しそうに満喫されていたのに僕は全然遊べず、ホテルでずっとレコーディングの準備をしていました。何だか切なかったですね(笑)」

 こうした試行錯誤を重ねる一方、坂東は演奏者の手配にも自ら携わった。「インペク(※インスペクター:演奏者の手配・調整)も大体僕がやっています」と明かし、演奏家との直接のやり取りを大切にしていたという。「直接連絡をもらったほうが演奏家の方もモチベーションが上がるじゃないですか。それに名手の方々に演奏していただけたので楽しかったしよかった」と振り返る。

坂東祐大

坂東祐大

原作との距離、三浦透子の歌声、米津玄師の「友情演奏」

 演奏や録音の細部まで自ら関わった一方、原作やアニメ版との向き合い方には独自の判断があった。「あくまでこれは是枝監督によるアダプテーション。原作は制作の途中から意識的に読むのを控えていました。原作に引っ張られすぎないよう、脚本と映像だけに集中しました」と明かす。アニメ版についても「引っ張られて自分の音がブレてしまうから絶対に観ない」と決めていたという。

 「観ると引っ張られちゃう可能性があるので意識して観なかった。他の作品でも制作に携わることになったら直近の関連作は基本的に観ないように決めているのに、動画配信の広告がたくさん出てくるじゃないですか。やめてほしいと思いつつ目と耳を無にしました(笑)」

 劇中歌「町」のボーカル選びでも、坂東は作品に必要な声を追求した。求めていたのは「ピュアな声」。制作スタッフに依頼して30人以上の候補者を集めてもらい、その中から俳優・三浦透子を選んだ。「最初に探していた候補にもいた」といい、当初から候補に挙がっていたという。

 「とにかくピュアな声が必要だと考えて選んでいったのですが、三浦さんで正解でした。彼女の歌声が入ることで圧倒的な説得力が生まれたし、声の持つ力で表現の幅がすごく広がりました」

 米津玄師の参加も、公開時に話題を呼んだ。エンドロールには「シャークキックギター(友情演奏):米津玄師」とクレジットされており、俳優の「友情出演」になぞらえたユーモアあふれる仕掛けとなっている。

 坂東も「友情演奏って字面として面白くないですか?」と少年のような笑顔を浮かべ、「昔の映画を観ると『新人』という表記があるじゃないですか。ああいうのが面白いなって。観客が『何だこれ!?』となって楽しんでもらえるかなと思いました」と語る。

映画とドラマで異なる音楽制作 AI時代に求められる作曲家の役割

 『ルックバック』でさまざまな試みを重ねた坂東。映画音楽とテレビドラマの音楽制作について尋ねると、「まったく違うと思っています」と、その違いを説明する。

 「ドラマはスケジュール的に映像を観ながら音楽は作れないし、基本的に選曲の方がシーンに合うものをはめていく。自分でキャラクターアークやドラマツルギーをコントロールできることがほとんどない。映画はそういう意味で言うとドラマツルギーというか、全体の構造などを考えながら作曲していくので、そのあたりが違います」

 さらに、配信作品と劇場映画の違いにも言及。視聴者が自由に再生や停止を選べる配信作品について、「観客の集中力を繋ぎ止めるために脚本や演出、音楽においても常に刺激(スパイス)が違うと思う。配信作品では視聴し続けてもらうため、そうではない作品はもちろんありますが、想像する限り刺激を多めにする設計になりがちだと思う」と分析する。
「映画はお金を払って、その時間を、その場所で観る「劇場文化」だと思う。映画という劇場文化自体、オペラをはじめとするヨーロッパカルチャーのDNAが入っていると思う。僕はクラシックの作曲をしてきたので、オペラに考え方が近いのが映画だと考えている。空間の空気感や余韻にいかに深く浸ってもらえるか。音楽もそういう作り方になる」

 こうした映画音楽の制作を経験した坂東に、自身のキャリアにおける『ルックバック』の位置付けを尋ねた。

 「映画音楽を初めて1人でとりまとめてやって公開されたのが『箱の中の羊』で、それまではヘルプやスポットでの参加だった。制作が先に始まったのは『ルックバック』なので、この2作は自分の最初期の映画作品になるので、そこは大きい。それを是枝監督とやれたのは幸せ」としみじみ語る。

 創作の原動力については、「締め切りかな(笑)。締め切りがないと多分何もやらないと思う」とちゃめっ気たっぷりに即答。一方で、音楽制作で目指しているのは、聴き手がこれまで経験したことのない感覚や感情を呼び起こすことだという。

 「お客さんの喜ぶ顔を見たいというのは、またそれとは全然違うものだと思っていて。甘くても辛くてもどんな味付けでもいいけど、聞いたときに「何だこれ!?」となるような、咀嚼しきれなさを作ることが大事だと思っています。噛み砕いてもよくわからないけど何か魅力的というものを作りたい」

 こうした創作への姿勢は、AI時代を見据えた考え方にも通じる。「今この時代に『何をさせばいいのか』は常に考えています」と切り出し、音楽を生み出すことだけではない、作曲家としての役割に言及した。

 「カッコつけているわけではなく、プロだから良い曲を作ることは普通にできる。だからこそ、そこではなく、今、何を投げればいいのかの方が大事だし難しい。曲作りはAIでも簡単にできるようになっていくだろうし、これからはより何をどうさせばいいのかを考える方が大事になってくるのでは」と先を見据える。

[CD]サウンドトラック(発売中) (C)藤本タツキ/集英社 (C)2026 K2 Pictures・集英社

[CD]サウンドトラック(発売中) (C)藤本タツキ/集英社 (C)2026 K2 Pictures・集英社

藤野と京本の成長を表す「奏者のリレー」 坂東が語る聴きどころ

 完成した『ルックバック』について、坂東は一観客としても高く評価する。「演技って何なのか考えたとき、本作は特にそうですがドキュメントと映画の境目ってあやういなと感じた。それに風景だけで感動できるのもすごいし、ショットもバチバチに決まっていていい映画。一観客として、繰り返し見ることに意義がある映画になっていると思った」と語る。

 その『ルックバック』を繰り返し鑑賞する際、音楽面で注目してほしいのが「奏者のリレー」だという。藤野と京本の成長や葛藤、心境の変化に合わせ、音楽の演奏者が次々とバトンを渡していく構造になっていると説明する。

 「朴葵姫さんというスーパーギタリストから始まって、岡本拓也くんに行って、閑喜弦介君に行って、また葵姫さんに戻ってくる感じでリレーしていて。心境の変化とか成長に合わせてリレーしているので、そこを意識して聴いてもらえるとうれしい」

 最後に今後の展望を尋ねると、「休みたい(笑)」と笑わせながらも、「公演をやりたい」と意欲を見せた。

 「映像の仕事は出張に行っている感じで、あくまでもホームはコンサートホールで演奏会をやること。この先も変わらない感覚だと思います。出張が多かったので、ちょっとホームに帰りたいですね」

取材・文:遠藤政樹
■「ルックバック」オリジナル・サウンドトラック
品番:COCP-42743/価格:3,500円

【収録曲】
1. [えんぴつ]
2. Sketch: Theme feat. 朴葵姫
3. Solitude I feat. 朴葵姫
4. Sketch: Variation I feat. 朴葵姫
5. Fujino’s diary feat. 岡本拓也
6. 寄り道 feat. 岡本拓也
7. ルックバック メインテーマ feat. 小川響子、三国レイチェル由依
8. [シャーペン]
9. Sketch: Variation II feat. 岡本拓也、閑喜弦介
10. カメラ feat. 丁仁愛、朴葵姫
11. 窓
12. [ペン入れ]
13. ふたり feat. 岡本拓也
14. コンビニ
15. 町 feat. 三浦透子、Ensemble FOVE
16. 海のある町々 feat. 丁仁愛、閑喜弦介、マーティ・ホロベック
17. シャークキック・ワルツ
18. 水族館
19. モグラ少年
20. [ペンタブ]
21. Solitude II(春/桜)
22. 連載
23. 休載 feat. 三国レイチェル由依
24. ゆうれい feat. 朴葵姫、小川響子
25. ひとり feat. 岡本拓也
26. デッサン feat. 小川響子
27. 部屋 feat. 小川響子
28. ルックバック メインテーマ(Orchestra ver.)feat. Ensemble FOVE
29. Solitude III feat. Ensemble FOVE
30. [再会]
■商品情報(外部サイト)

Sponsored by NIPPON COLUMBIA

メニューを閉じる

 を検索