去る12月6日に3年半ぶりとなるショーケース「UNI-BIRTH DAY 22’」を開催し、“UNI-BIRTH「世界品質」”という新たなビジョンを打ち出したユニバーサル ミュージック。そこで紹介された2022年から 23年にかけての注目アーティストや作品は、今を鋭く切り取る同社の先見性や革新性が感じ取れると同時に、改めてカバーするジャンルの幅広さ、アーティストの層の厚さも強く認識させられる内容となっていた。コロナ禍の変化にも臆することなく果敢にチャレンジし、数々のヒットを生み、成果を挙げ続けてきた社長兼最高経営責任者(CEO)の藤倉尚氏に、その秘訣を聞いた。
■新たな才能を発掘して育み、世の中に発信して人々を幸せにすることが我々の使命
――コロナ禍で、音楽を取り巻く環境は大きく変化しました。貴社にとって、どんな3年間だったでしょうか。
「音楽ビジネスを止めないという気持ちが強かったですね。いろんな変化が起きて、未来にやるべきことが前倒しで、一気にやってきたという感じでした。例えばレコーディングでは、これまで使用していた音楽スタジオは換気の問題が懸念されるため、宅録を行うアーティストが増えました。韓国のアーティストの場合は、全てオンラインで音源をやり取りしてレコーディングを行いました。本来は対面で行えればいいのですが、それが無理な場合も想定して、レコーディングできる体制を作れたのは良かったのではないかと思っています。そのほかにも、宣伝やマーケティング、アーティスト発掘の仕方も変化しましたが、従来の手法にオンラインをはじめとする新たなやり方が加わり、選択肢が広がったとポジティブに受け止めています」
――その中で貴社は高いパフォーマンスを発揮され、毎年結果を出し続けていらっしゃいます。その原動力の1つに新人開発の成功が挙げられると思います。
「ユニバーサルミュージックのスタートは130年前に創設された最古のクラシックレーベル・グラモフォンです。新たな才能を発掘して育み、世の中に発信して人々を幸せになってもらうという当時の精神は、今も私たちのど真ん中にあるもので、それが私たちの“一丁目一番地”と考えています。ユニバーサルミュージックは良くも悪くも音楽で成り立っている会社ですよね、と周囲からよく言われます。その通りなんですよ。他の事業も含めたポートフォリオを組んでバランスを取る、なんて事はどちらかと言うと下手なのかもしれません。
でも、楽曲を世の中に伝えるテクノロジーやメディアは時代とともに移り変わっていくものですが、変わらないもの、それがアーティストであり彼らが生み出す作品です。だからこそ、どんな時も素晴らしい新たな才能を探し、その才能や作品を世に届けることが私たちの使命と、しょっちゅう社員に話しているんです。そして、素晴らしい才能を発掘し育むには、新人からベテランまですべてのステージのアーティストのニーズにしっかり答え、一緒に音楽制作ができるA&Rの充実が重要と考えます」
――スタッフの充実こそがヒットの連鎖につながっていくわけですね。そのほかに、どんなことが挙げられますか。
「当社にはユニバーサルJ 、ユニバーサルシグマ、EMI Records、Virgin Music等、邦楽だけでも複数のレーベルがあり、それぞれが独立して運営をする形で“競争”と“共有”をしっかり行っています。これだけあると、レーベルごとに好不調の波はあります。ヒットが出ているレーベルには良いアーティストが集まりやすくなり、そうすると良いスタッフも集まる好循環が生まれます。そこで、私たちは個々の成功体験を秘伝のタレのように隠すのではなく、共有する体制を作っています。様々なデータやアーティストの結果を見て、上手くいっているレーベルのマネージングディレクターやA&Rスタッフに、施策や状況を聞くという場を、私の主催で設けています。
また、コロナ渦で入社したエグゼクティブ3人の存在も大きいですね。当社はデジタルに強い、海外展開に強いと言っていただけています。確かに海外の成功事例を多く知っているという意味で、国内の他レーベルよりも優位性はあるかもしれませんが、もっとやれることがあるはずなんです。2020年に入社した玉木(一郎)はSpotifyの社長を務めた人物で、デジタル統括として手腕を発揮してくれています。また、昨今アーティストの契約内容は、フルパッケージの専属契約ではなく、個々にカスタマイズした多様な契約内容になっています。法務の仕事も複雑で難しくなっているのですが、21年には楽天モバイルの役員をしていた湖山(充)が入社して以来、アーティスト活動のリーガル面でのサポートも充実してきました。また、財務面では、国際金融やフィンテックに長けた鈴木(塁)が加わったことで、会社の成長に必要な利益や投資はもちろん、目に見えるアーティストへの投資もできていると自負しています。ヒットの法則は残念ながらありませんし、今の成功体験も数ヶ月で変わってしまいます。それを理解し、ヒリヒリする思いでやり続けられているところが、ヒットの連鎖を生んでいるのではないでしょうか」
■契約形態も多種多様化 アーティストに必要とされる会社にならなければならない
――先般リリースされた松任谷由実さんのベストアルバムの大ヒットは、ユーザーに購入する理由をきちんと提供できれば、パッケージにも大きな可能性があることを証明してくれました。
「私も本当に嬉しくて、皆でお祝いする場を設けました。来年中にはミリオンに達すると話しています。関わってくれたスタッフやメディアの力ももちろん大きかったですが、成功の原動力となったのは、何よりもアーティストご本人、ユーミン自身が、1970年代から80年、90年、00年、10年、そして20年代と6年代連続でオリコン1位を取りたいという強い思いがあったからだと思っています。だからこそ、私たちもクリエイティブからマーケティングまでスタッフが一丸となり、CDパッケージをユーザーに届けようと全力を出しましたし、メディアの皆さんも動いてくれた。今の時代、テレビにだけ出演すればヒットするものではなく、いろんな施策を丁寧に積み上げたうえで得られた成果であることは言うまでもありません」
――ユニバーサルミュージックの強みが発揮された象徴的な出来事だと思います。
「アーティストは皆さん、良いものを作ってユーザーに届けたいという気持ちが強いですが、ヒットという結果になって表れているアーティストは、その思いをきちんとスタッフに伝えようとしてくれることが多いと感じていますね。アーティストだけでなく、スタッフ内でも自然と会話量も増えますし、SEKAI NO OWARIの「Habit」の大ヒットも、そんな中から生まれています。ちょっと精神論みたいな話になりますが、人は行きたいと思うところにまでしか行けないのではないかと思うんです。例えばAdoは、自分の音楽を国内でなく海外にも届けて、10年後も20年後も活躍していたいという気持ちが強い。「うっせえわ」で世の中を席巻し、今年の「新時代」や「私は最強」はそれを超えるヒットとなりましたが、今がピークだと彼女は微塵も考えていませんし、マネジメントもA&Rも、もっと多くの人に聴いてもらえるはずだという思いにあふれている。だから、彼女と一緒に組みたいと思う作家が引きも切らず、素晴らしいコラボレーションを呼び込めているのだと思うんです」
――近年は、SNSを介して一気にヒットが生まれるなど、新たなプロセスを踏んだヒットが生まれています。また、この数年、アーティストの思考にも変化があり、音楽レーベルに所属せず活動するアーティストも増えてきました。そのへんはどのようなお考えをお持ちですか。
「いろんな形があっていいと思っています。レコード会社やプロダクションの必要性を感じておらず、自分でやっているアーティストもいますが、それ自体は全く否定しません。むしろ、我々はアーティストに選ばれる会社にならなければいけない、社員にはいつもそう話しています。近年は、フルパッケージの専属契約の他にも、この部分を一緒にやって欲しい、といったリクエストがすごく増えました。インディーズで活動していて製造や物流の部分が上手くいかないから手伝ってほしい、デジタル強化を図りたい、海外展開をしたい、良い楽曲を探したいなど様々です。むしろ、アーティストに必要とされている実感のほうが強く、実際のところ契約するアーティスト数も増えています。もちろん、昔のようなアーティストとレコード会社、アーティストとプロダクションの関係でなくなっているのは確かですが、時代によって、そこも変わって然るべきなのかなと捉えています」
――アーティストとレ―ベルも変化しているので契約形態も多種多様となっている。法務の強化は急務だったわけですね。
「そうです。しかもスピードを上げて契約しないと、作品も出せませんからね。さらに言えば、デジタルでも新たな商材が増えていますし、契約内容にも素早い決定が求められます。社員の働き方も、アーティストの届け方も、サイニングの仕方も含めて、過去の事例にとらわれず、半歩でも先読みして試してみる努力が求められます」
■今の時代のヒット4つの基準 “世代を超える、国境を超える、時代を超える、予想を超える”
――昨今は、ひと口にヒットと言っても、その捉え方は様々だと思います。藤倉社長にとっての“ヒットの基準”を教えてください。
「私の中では、4つの“超える”が基準です。1つ目は“世代を超える”こと。今の時代、10代と60代では聴く音楽が違い、音楽で世代を超えるのは無理と言う人もいますが、本当にそうなのかなと思うんです。2つ目は“国境を超える”こと。3つ目は“時代を超える”こと。30年後、50年後もずっと、何か機会がある度に聴かれ続ける音楽。4つ目は“予想を超える”ことです。私が以前、現場にいた頃に基準にしていたのは“妄想三原則”で、紅白歌合戦に出られる、東京ドームでライブができる、100万枚売れる、という未来図が描けるかどうかでしたが、今だとそぐわないし、ましてや今の時代、ヒットを実感するのは数字ではないと思うんです」
――世代、国境、時代、予想のいずれかを超えたときにヒットを実感する。確かにしっくりきます。
「4つのうちの1つ、“世代を超える”事例が、今まさにback numberで起きようとしています。来年1月17日に7枚目のアルバム『ユーモア』がリリースされるのですが、彼らのキャリアの中で最大のヒットになると確信しています。メンバー3人の年齢は30代中盤から後半のバンドで、ファン層も彼らと同世代が多かったのですが、昨年夏に配信リリースした「水平線」という曲によって、中高生のファンがすごく増えました。さらに今、NHKの朝ドラ『舞いあがれ!』の主題歌「アイラブユー」を歌っていまして、50代・60代も彼らを認知し始めています。今回のアルバムには、そういった様々な年代から支持される楽曲が入っているので、世代を超えるヒットになるのではないかと期待しているんです。また、“国境を超える”事例もすでに起きていて、藤井風の「死ぬのがいいわ」は、タイで火が付きアジアから世界へと、自然発生的に国境を超え広がっていきました。彼以外にもリーチのかかっているアーティストが結構いるんですよ」
――今やどこで火が付くか分かりません。いかに早くそれを察知し、広げていくかがストリーミングのヒットの作り方ですね。
「その兆し、予兆を感じ取れないと、あっという間に通り過ぎてしまいますからね。Adoのロシアでの動きや、藤井風のタイでの動きなど、その兆候を見つけることができたのは、アーティストに対する愛情があればこそだと思います。生意気なことを言うようですが、グローバルのチャートを日々チェックするなんてことは、習慣化して日常に溶け込ませないと、なかなかできるものではないと思います」
――2014年1月に社長に就任されて来年で10年を迎えられます。長期にわたっての活躍の秘訣を、ご自身はどう分析されていらっしゃいますか。
「まず、アーティストとの出会いに感謝ですね。私がいくら頑張ったところで、アーティストの活躍なしに今の自分はありません。そして、その出会いを作ってくれた社員に感謝しています。なぜなら、アーティストの皆さんは、彼らと一緒に仕事がしたいと考えて契約してくれたわけですから。振り返ってみると、人を大切にする環境を整え、人を大切にする人と共に働けたことが、ヒットにつながり、これまで上手くやってくることができたのかなと思います。社員にワクワクしながらのびのびと働いてもらいたいと考え、外資企業ではありますが、希望する人全員を正社員化したのもその一環です。
もう1つ挙げるとすれば、運があったということでしょうか。アーニー・エルスというプロゴルファーがいて、彼は“一生懸命練習すればするほど運の確率が上がる。偶然チップインしたり、ロングパットが入ったりする。だから運を招くには、誰よりも努力しなければならない”と言っています。音楽会社の経営者にとっての努力って何かなと考えると、それは、どこかのデータリサーチに則ってマーケットを理解するのではなく、自分の目でデータを読み、海外の状況を理解し、現場の声を聞き、今のマーケットで何が起きているのかを自身で判断できる力を養うことではないかと。また、その運を活かすには、チャンスが来たときに一緒に動いてくれる仲間が必要です。ユニバーサルのためにやるよ、藤倉のためにやるよ、と言ってくれる仲間を作る努力をして、すぐに動ける状況を作っておかないと、運は目の前を通り過ぎてしまうかもしれませんからね」
撮影・加藤千絵(CAPS)/ 文・葛城博子
■藤倉 尚(ふじくら・なおし)氏 プロフィール
ユニバーサル ミュージック合同会社 社長兼最高経営責任者(CEO)
1967年東京生まれ。92年ポリドール(現ユニバーサル ミュージック)入社。 2007年に同社邦楽レーベル「ユニバーサルシグマ」マネージングディレクターに就任。 08年に同社執行役員 ユニバーサルシグマ マネージングディレクター、12年に同社副社長兼執行役員 邦楽統括。14年1月より現職。一般社団法人日本レコード協会副会長も務める。
■新たな才能を発掘して育み、世の中に発信して人々を幸せにすることが我々の使命
――コロナ禍で、音楽を取り巻く環境は大きく変化しました。貴社にとって、どんな3年間だったでしょうか。
「音楽ビジネスを止めないという気持ちが強かったですね。いろんな変化が起きて、未来にやるべきことが前倒しで、一気にやってきたという感じでした。例えばレコーディングでは、これまで使用していた音楽スタジオは換気の問題が懸念されるため、宅録を行うアーティストが増えました。韓国のアーティストの場合は、全てオンラインで音源をやり取りしてレコーディングを行いました。本来は対面で行えればいいのですが、それが無理な場合も想定して、レコーディングできる体制を作れたのは良かったのではないかと思っています。そのほかにも、宣伝やマーケティング、アーティスト発掘の仕方も変化しましたが、従来の手法にオンラインをはじめとする新たなやり方が加わり、選択肢が広がったとポジティブに受け止めています」
――その中で貴社は高いパフォーマンスを発揮され、毎年結果を出し続けていらっしゃいます。その原動力の1つに新人開発の成功が挙げられると思います。
「ユニバーサルミュージックのスタートは130年前に創設された最古のクラシックレーベル・グラモフォンです。新たな才能を発掘して育み、世の中に発信して人々を幸せになってもらうという当時の精神は、今も私たちのど真ん中にあるもので、それが私たちの“一丁目一番地”と考えています。ユニバーサルミュージックは良くも悪くも音楽で成り立っている会社ですよね、と周囲からよく言われます。その通りなんですよ。他の事業も含めたポートフォリオを組んでバランスを取る、なんて事はどちらかと言うと下手なのかもしれません。
でも、楽曲を世の中に伝えるテクノロジーやメディアは時代とともに移り変わっていくものですが、変わらないもの、それがアーティストであり彼らが生み出す作品です。だからこそ、どんな時も素晴らしい新たな才能を探し、その才能や作品を世に届けることが私たちの使命と、しょっちゅう社員に話しているんです。そして、素晴らしい才能を発掘し育むには、新人からベテランまですべてのステージのアーティストのニーズにしっかり答え、一緒に音楽制作ができるA&Rの充実が重要と考えます」
――スタッフの充実こそがヒットの連鎖につながっていくわけですね。そのほかに、どんなことが挙げられますか。
「当社にはユニバーサルJ 、ユニバーサルシグマ、EMI Records、Virgin Music等、邦楽だけでも複数のレーベルがあり、それぞれが独立して運営をする形で“競争”と“共有”をしっかり行っています。これだけあると、レーベルごとに好不調の波はあります。ヒットが出ているレーベルには良いアーティストが集まりやすくなり、そうすると良いスタッフも集まる好循環が生まれます。そこで、私たちは個々の成功体験を秘伝のタレのように隠すのではなく、共有する体制を作っています。様々なデータやアーティストの結果を見て、上手くいっているレーベルのマネージングディレクターやA&Rスタッフに、施策や状況を聞くという場を、私の主催で設けています。
また、コロナ渦で入社したエグゼクティブ3人の存在も大きいですね。当社はデジタルに強い、海外展開に強いと言っていただけています。確かに海外の成功事例を多く知っているという意味で、国内の他レーベルよりも優位性はあるかもしれませんが、もっとやれることがあるはずなんです。2020年に入社した玉木(一郎)はSpotifyの社長を務めた人物で、デジタル統括として手腕を発揮してくれています。また、昨今アーティストの契約内容は、フルパッケージの専属契約ではなく、個々にカスタマイズした多様な契約内容になっています。法務の仕事も複雑で難しくなっているのですが、21年には楽天モバイルの役員をしていた湖山(充)が入社して以来、アーティスト活動のリーガル面でのサポートも充実してきました。また、財務面では、国際金融やフィンテックに長けた鈴木(塁)が加わったことで、会社の成長に必要な利益や投資はもちろん、目に見えるアーティストへの投資もできていると自負しています。ヒットの法則は残念ながらありませんし、今の成功体験も数ヶ月で変わってしまいます。それを理解し、ヒリヒリする思いでやり続けられているところが、ヒットの連鎖を生んでいるのではないでしょうか」
■契約形態も多種多様化 アーティストに必要とされる会社にならなければならない
「私も本当に嬉しくて、皆でお祝いする場を設けました。来年中にはミリオンに達すると話しています。関わってくれたスタッフやメディアの力ももちろん大きかったですが、成功の原動力となったのは、何よりもアーティストご本人、ユーミン自身が、1970年代から80年、90年、00年、10年、そして20年代と6年代連続でオリコン1位を取りたいという強い思いがあったからだと思っています。だからこそ、私たちもクリエイティブからマーケティングまでスタッフが一丸となり、CDパッケージをユーザーに届けようと全力を出しましたし、メディアの皆さんも動いてくれた。今の時代、テレビにだけ出演すればヒットするものではなく、いろんな施策を丁寧に積み上げたうえで得られた成果であることは言うまでもありません」
――ユニバーサルミュージックの強みが発揮された象徴的な出来事だと思います。
「アーティストは皆さん、良いものを作ってユーザーに届けたいという気持ちが強いですが、ヒットという結果になって表れているアーティストは、その思いをきちんとスタッフに伝えようとしてくれることが多いと感じていますね。アーティストだけでなく、スタッフ内でも自然と会話量も増えますし、SEKAI NO OWARIの「Habit」の大ヒットも、そんな中から生まれています。ちょっと精神論みたいな話になりますが、人は行きたいと思うところにまでしか行けないのではないかと思うんです。例えばAdoは、自分の音楽を国内でなく海外にも届けて、10年後も20年後も活躍していたいという気持ちが強い。「うっせえわ」で世の中を席巻し、今年の「新時代」や「私は最強」はそれを超えるヒットとなりましたが、今がピークだと彼女は微塵も考えていませんし、マネジメントもA&Rも、もっと多くの人に聴いてもらえるはずだという思いにあふれている。だから、彼女と一緒に組みたいと思う作家が引きも切らず、素晴らしいコラボレーションを呼び込めているのだと思うんです」
――近年は、SNSを介して一気にヒットが生まれるなど、新たなプロセスを踏んだヒットが生まれています。また、この数年、アーティストの思考にも変化があり、音楽レーベルに所属せず活動するアーティストも増えてきました。そのへんはどのようなお考えをお持ちですか。
「いろんな形があっていいと思っています。レコード会社やプロダクションの必要性を感じておらず、自分でやっているアーティストもいますが、それ自体は全く否定しません。むしろ、我々はアーティストに選ばれる会社にならなければいけない、社員にはいつもそう話しています。近年は、フルパッケージの専属契約の他にも、この部分を一緒にやって欲しい、といったリクエストがすごく増えました。インディーズで活動していて製造や物流の部分が上手くいかないから手伝ってほしい、デジタル強化を図りたい、海外展開をしたい、良い楽曲を探したいなど様々です。むしろ、アーティストに必要とされている実感のほうが強く、実際のところ契約するアーティスト数も増えています。もちろん、昔のようなアーティストとレコード会社、アーティストとプロダクションの関係でなくなっているのは確かですが、時代によって、そこも変わって然るべきなのかなと捉えています」
――アーティストとレ―ベルも変化しているので契約形態も多種多様となっている。法務の強化は急務だったわけですね。
「そうです。しかもスピードを上げて契約しないと、作品も出せませんからね。さらに言えば、デジタルでも新たな商材が増えていますし、契約内容にも素早い決定が求められます。社員の働き方も、アーティストの届け方も、サイニングの仕方も含めて、過去の事例にとらわれず、半歩でも先読みして試してみる努力が求められます」
■今の時代のヒット4つの基準 “世代を超える、国境を超える、時代を超える、予想を超える”
――昨今は、ひと口にヒットと言っても、その捉え方は様々だと思います。藤倉社長にとっての“ヒットの基準”を教えてください。
「私の中では、4つの“超える”が基準です。1つ目は“世代を超える”こと。今の時代、10代と60代では聴く音楽が違い、音楽で世代を超えるのは無理と言う人もいますが、本当にそうなのかなと思うんです。2つ目は“国境を超える”こと。3つ目は“時代を超える”こと。30年後、50年後もずっと、何か機会がある度に聴かれ続ける音楽。4つ目は“予想を超える”ことです。私が以前、現場にいた頃に基準にしていたのは“妄想三原則”で、紅白歌合戦に出られる、東京ドームでライブができる、100万枚売れる、という未来図が描けるかどうかでしたが、今だとそぐわないし、ましてや今の時代、ヒットを実感するのは数字ではないと思うんです」
――世代、国境、時代、予想のいずれかを超えたときにヒットを実感する。確かにしっくりきます。
「4つのうちの1つ、“世代を超える”事例が、今まさにback numberで起きようとしています。来年1月17日に7枚目のアルバム『ユーモア』がリリースされるのですが、彼らのキャリアの中で最大のヒットになると確信しています。メンバー3人の年齢は30代中盤から後半のバンドで、ファン層も彼らと同世代が多かったのですが、昨年夏に配信リリースした「水平線」という曲によって、中高生のファンがすごく増えました。さらに今、NHKの朝ドラ『舞いあがれ!』の主題歌「アイラブユー」を歌っていまして、50代・60代も彼らを認知し始めています。今回のアルバムには、そういった様々な年代から支持される楽曲が入っているので、世代を超えるヒットになるのではないかと期待しているんです。また、“国境を超える”事例もすでに起きていて、藤井風の「死ぬのがいいわ」は、タイで火が付きアジアから世界へと、自然発生的に国境を超え広がっていきました。彼以外にもリーチのかかっているアーティストが結構いるんですよ」
――今やどこで火が付くか分かりません。いかに早くそれを察知し、広げていくかがストリーミングのヒットの作り方ですね。
「その兆し、予兆を感じ取れないと、あっという間に通り過ぎてしまいますからね。Adoのロシアでの動きや、藤井風のタイでの動きなど、その兆候を見つけることができたのは、アーティストに対する愛情があればこそだと思います。生意気なことを言うようですが、グローバルのチャートを日々チェックするなんてことは、習慣化して日常に溶け込ませないと、なかなかできるものではないと思います」
――2014年1月に社長に就任されて来年で10年を迎えられます。長期にわたっての活躍の秘訣を、ご自身はどう分析されていらっしゃいますか。
「まず、アーティストとの出会いに感謝ですね。私がいくら頑張ったところで、アーティストの活躍なしに今の自分はありません。そして、その出会いを作ってくれた社員に感謝しています。なぜなら、アーティストの皆さんは、彼らと一緒に仕事がしたいと考えて契約してくれたわけですから。振り返ってみると、人を大切にする環境を整え、人を大切にする人と共に働けたことが、ヒットにつながり、これまで上手くやってくることができたのかなと思います。社員にワクワクしながらのびのびと働いてもらいたいと考え、外資企業ではありますが、希望する人全員を正社員化したのもその一環です。
もう1つ挙げるとすれば、運があったということでしょうか。アーニー・エルスというプロゴルファーがいて、彼は“一生懸命練習すればするほど運の確率が上がる。偶然チップインしたり、ロングパットが入ったりする。だから運を招くには、誰よりも努力しなければならない”と言っています。音楽会社の経営者にとっての努力って何かなと考えると、それは、どこかのデータリサーチに則ってマーケットを理解するのではなく、自分の目でデータを読み、海外の状況を理解し、現場の声を聞き、今のマーケットで何が起きているのかを自身で判断できる力を養うことではないかと。また、その運を活かすには、チャンスが来たときに一緒に動いてくれる仲間が必要です。ユニバーサルのためにやるよ、藤倉のためにやるよ、と言ってくれる仲間を作る努力をして、すぐに動ける状況を作っておかないと、運は目の前を通り過ぎてしまうかもしれませんからね」
撮影・加藤千絵(CAPS)/ 文・葛城博子
■藤倉 尚(ふじくら・なおし)氏 プロフィール
ユニバーサル ミュージック合同会社 社長兼最高経営責任者(CEO)
1967年東京生まれ。92年ポリドール(現ユニバーサル ミュージック)入社。 2007年に同社邦楽レーベル「ユニバーサルシグマ」マネージングディレクターに就任。 08年に同社執行役員 ユニバーサルシグマ マネージングディレクター、12年に同社副社長兼執行役員 邦楽統括。14年1月より現職。一般社団法人日本レコード協会副会長も務める。
2022/12/19




