歌手・さだまさしと吉田政美のフォークデュオ・グレープが一夜の復活、アマチュア時代の自分たちを支えてくれた長崎市のNBCビデオホールの閉館にあたり、50年間の感謝の想いを込めて、ホール最後となるステージの模様をリポートする。
■前座には立川談春が登場、ホールの神様も歓喜
ホールの入るビルが取り壊されることになり、同ホールを運営する長崎放送からのたっての希望で、最後に行われることになった「さだまさしコンサート」。その中でグレープとしてのステージが実現した。実は同ホールの運営は1年前に終了しており、さだのスケジュールを1年間待ってのコンサート、そしてホールの閉館となった。
入場料は当時のアマチュアコンサートの恒例だった99円をイメージして100円と設定。客席数300数席で総入場料収入わずか3万円の特別イベント。グレープが最後を飾った3月31日の“さようならNBCビデオホール〜さだまさしコンサート”コンサートの模様を振り返ってみよう。
ステージは、さだと女性司会者の登場でスタート。女性司会者はさだが50年前お世話になった長崎放送のアナウンサーの松本さん。すでに現役は引退されているが、この日はさだのリクエストで復帰しての前説担当となった。さだを呼ぶ時に「さだくん」と呼びかけるのは、まさに当時の先輩後輩の関係ならではの光景だ。
「1972年の12月ですね。初めてのグレープライブをやったのが。2回目をどうするかは決めてなかったんだけど、来ていた高校生が“次はいつですか?”って聞くんだよね。それで弟があわててホールの空きを調べたら2ヵ月後が空いているっていうんで、急きょ2部のステージ上で次回のコンサート予定を発表したんです。そしたら、その2回目に福岡に出張で来ていたワーナーのディレクターが、ついでだからと長崎に寄ってステージを見てくれて。名刺とメッセージを置いて行ってくれたんです。“じゃあ、一度その人を訪ねてみようか”、それがデビューにつながるんです」(さだ)
当時の想い出をとうとうとしゃべり続けるさだ。コンサートが始まる前に時間切れになってしまうのではないかと心配したくなる勢いだ。それだけ思い出が尽きないホールなのだ。
さだは今月で70歳、長崎放送が今年70周年、ビデオホールが50周年、来年秋がグレープデビューから50周年。同ホール最後の日は、さまざまなメモリアルをさだの中に残してくれたことが伝わってくる。
前説の後は前座として人気落語家の立川談春が登場。コンサート見たさにさだに連絡したところ、さだからの条件が前座の一席。二つ返事で承諾したという。実はこのホールは落語の世界でも伝説の大物たちが高座にのぼった場所で、絶大な人気を誇る談春を前座に配したのも、同ホールに対する粋なはからいだったのではないかと感じる。
■「精霊流し」からのグレープとして5曲披露…盟友・吉田の“ボヤキ”に客席も爆笑
そしてステージはさだによるソロライブからスタート…と見せかけて、少し遅れて吉田政美が登場し、グレープからのスタート。ステージ上でオリジナルメンバーが顔を揃えるこの瞬間は、ファンの心をいつもワクワクさせてくれるのだ。
さだの横に座るなり「本当にやるの?」と吉田。たまのデュオ復活時、吉田の“ボヤキ”はお約束。今でも某レコード会社に勤務するサラリーマンの彼、ステージ開演前に話を聞くと「会社の理解があって、こんな活動を認めてくれているからありがたいね。今回さだからは3曲だけと言われたのに会場についたら5曲になっていた」と、ここでもボヤキ炸裂。どうやらさだはあえて吉田を困らせてボヤキをひきだしているように思えてくる。
そして1曲目。「親父の一番長い日」のイントロをおもむろにさだが弾き始める。驚く吉田。それも当然で、1曲目は「精霊流し」のはずだから無理もない。これは、前座の談春へのさだの意趣W返しだったのだが、吉田にとっては心臓に悪いイントロだったに違いない。ここで吉田がさっそく「やめなさいよ」と一言。客席の空気が一気に和んでいく。
「精霊流し」のイントロが始まった。吉田のギター演奏に続いてさだのバイオリンが続く。さだ個人のステージでも定番となっている作品ではあるが、吉田のギターが絡んでくると、まったく別物として客席に届いてくる。そして「紫陽花の詩」に続く。さだの詩の文学性の高さを感じさせてくれる作品で、本人にとっても忘れられないアマチュア時代の作品のひとつだという。
ここでまた当時のエピソードのさだトークがさく裂する。弟が体育会系のつながりで260人集めた最初のステージの話からオフコースやバンバンと回ったデビュー後のツアーの話、大阪ミナミのキャバレーのステージで浜村淳さんが司会として紹介してくれた話まで、どんどん広がっていく。その間、吉田はじっと動かず、何かあれば「ボヤクぞ」という態勢を崩さない。その対比がグループの味になっていることを感じさせてくれる。
ここでバックメンバーに倉田信雄と田代耕一郎が登場した。さだのツアーでお馴染みのメンバーの登場で、「交響曲」「殺風景」、そして先日亡くなった画家・原田泰治との想い出を語りながらの「ジャカランダの丘」で吉田はステージ袖に引っ込み、グレープパートは終了した。
■日本一コンサートホールを知り尽くしたアーティストの想いは、「空即是色、色即是空」
それにしても席数304のこのホール、座席は小さく時代を感じるが、客席に届く音は心地よく、また後ろの席でもステージ上のアーティストの表情がはっきりとわかる素敵な場所だった。さだ自身も愛着を持っていたのだろう。ステージトークで「僕に余裕があればこのホールを買い取って残すんだけれど…。借金は返したがまだ余裕はないから」と残念がった。
さだは4500回を超えるステージを経験し日本一ホールのことを知り尽くしているアーティストだ。だからこそステージに宿る魂の存在を信じ、その魂が失われることが残念なのに違いない。
「北の国から」から始まったソロパートでは「秋桜」「道化師のソネット」「主人公」など6曲、そしてアンコールでは「いのちの理由」を、このステージの感触を懐かしむように、そしてステージの神様に届くように歌う姿が印象に残った。また6月に発売予定のアルバム『孤悲』からは「キイウから遠く離れて」を歌ったのだが、まだ歌詞が未完成で変わる可能性があると言いながらも戦に巻き込まれる老人や子どもに心を寄せて歌ったこの作品への想いは、どんなときにも変わらないさだの人々に対する思いを改めて感じさせてくれた。
そしてダブルアンコールでは再び吉田が登場してグレープの二人でフィナーレを飾る。「無縁坂」だ。さだが大事にするこの歌でビデオホールの神様を送る。最後はこの歌しかなかっただろう。
「このホールがなくなるというのは不思議な気がします。今日は3階まであがってきたと思うんですけど、しばらく経つとここは空中になります。色即是空、空即是色というのはこれですよ。取り壊された後に来てみると何もなかった空中がコンサート場所だったわけだから。私たちが生きるということも結局自分の心の中にしかない。そう考えるともっともっと自分の心の中に残るように自分の道を歩かなければいけないなと教わりました。ビデオホールありがとう!」(さだ)
■前座には立川談春が登場、ホールの神様も歓喜
ホールの入るビルが取り壊されることになり、同ホールを運営する長崎放送からのたっての希望で、最後に行われることになった「さだまさしコンサート」。その中でグレープとしてのステージが実現した。実は同ホールの運営は1年前に終了しており、さだのスケジュールを1年間待ってのコンサート、そしてホールの閉館となった。
入場料は当時のアマチュアコンサートの恒例だった99円をイメージして100円と設定。客席数300数席で総入場料収入わずか3万円の特別イベント。グレープが最後を飾った3月31日の“さようならNBCビデオホール〜さだまさしコンサート”コンサートの模様を振り返ってみよう。
ステージは、さだと女性司会者の登場でスタート。女性司会者はさだが50年前お世話になった長崎放送のアナウンサーの松本さん。すでに現役は引退されているが、この日はさだのリクエストで復帰しての前説担当となった。さだを呼ぶ時に「さだくん」と呼びかけるのは、まさに当時の先輩後輩の関係ならではの光景だ。
「1972年の12月ですね。初めてのグレープライブをやったのが。2回目をどうするかは決めてなかったんだけど、来ていた高校生が“次はいつですか?”って聞くんだよね。それで弟があわててホールの空きを調べたら2ヵ月後が空いているっていうんで、急きょ2部のステージ上で次回のコンサート予定を発表したんです。そしたら、その2回目に福岡に出張で来ていたワーナーのディレクターが、ついでだからと長崎に寄ってステージを見てくれて。名刺とメッセージを置いて行ってくれたんです。“じゃあ、一度その人を訪ねてみようか”、それがデビューにつながるんです」(さだ)
当時の想い出をとうとうとしゃべり続けるさだ。コンサートが始まる前に時間切れになってしまうのではないかと心配したくなる勢いだ。それだけ思い出が尽きないホールなのだ。
さだは今月で70歳、長崎放送が今年70周年、ビデオホールが50周年、来年秋がグレープデビューから50周年。同ホール最後の日は、さまざまなメモリアルをさだの中に残してくれたことが伝わってくる。
前説の後は前座として人気落語家の立川談春が登場。コンサート見たさにさだに連絡したところ、さだからの条件が前座の一席。二つ返事で承諾したという。実はこのホールは落語の世界でも伝説の大物たちが高座にのぼった場所で、絶大な人気を誇る談春を前座に配したのも、同ホールに対する粋なはからいだったのではないかと感じる。
■「精霊流し」からのグレープとして5曲披露…盟友・吉田の“ボヤキ”に客席も爆笑
さだの横に座るなり「本当にやるの?」と吉田。たまのデュオ復活時、吉田の“ボヤキ”はお約束。今でも某レコード会社に勤務するサラリーマンの彼、ステージ開演前に話を聞くと「会社の理解があって、こんな活動を認めてくれているからありがたいね。今回さだからは3曲だけと言われたのに会場についたら5曲になっていた」と、ここでもボヤキ炸裂。どうやらさだはあえて吉田を困らせてボヤキをひきだしているように思えてくる。
そして1曲目。「親父の一番長い日」のイントロをおもむろにさだが弾き始める。驚く吉田。それも当然で、1曲目は「精霊流し」のはずだから無理もない。これは、前座の談春へのさだの意趣W返しだったのだが、吉田にとっては心臓に悪いイントロだったに違いない。ここで吉田がさっそく「やめなさいよ」と一言。客席の空気が一気に和んでいく。
「精霊流し」のイントロが始まった。吉田のギター演奏に続いてさだのバイオリンが続く。さだ個人のステージでも定番となっている作品ではあるが、吉田のギターが絡んでくると、まったく別物として客席に届いてくる。そして「紫陽花の詩」に続く。さだの詩の文学性の高さを感じさせてくれる作品で、本人にとっても忘れられないアマチュア時代の作品のひとつだという。
ここでまた当時のエピソードのさだトークがさく裂する。弟が体育会系のつながりで260人集めた最初のステージの話からオフコースやバンバンと回ったデビュー後のツアーの話、大阪ミナミのキャバレーのステージで浜村淳さんが司会として紹介してくれた話まで、どんどん広がっていく。その間、吉田はじっと動かず、何かあれば「ボヤクぞ」という態勢を崩さない。その対比がグループの味になっていることを感じさせてくれる。
ここでバックメンバーに倉田信雄と田代耕一郎が登場した。さだのツアーでお馴染みのメンバーの登場で、「交響曲」「殺風景」、そして先日亡くなった画家・原田泰治との想い出を語りながらの「ジャカランダの丘」で吉田はステージ袖に引っ込み、グレープパートは終了した。
■日本一コンサートホールを知り尽くしたアーティストの想いは、「空即是色、色即是空」
それにしても席数304のこのホール、座席は小さく時代を感じるが、客席に届く音は心地よく、また後ろの席でもステージ上のアーティストの表情がはっきりとわかる素敵な場所だった。さだ自身も愛着を持っていたのだろう。ステージトークで「僕に余裕があればこのホールを買い取って残すんだけれど…。借金は返したがまだ余裕はないから」と残念がった。
さだは4500回を超えるステージを経験し日本一ホールのことを知り尽くしているアーティストだ。だからこそステージに宿る魂の存在を信じ、その魂が失われることが残念なのに違いない。
「北の国から」から始まったソロパートでは「秋桜」「道化師のソネット」「主人公」など6曲、そしてアンコールでは「いのちの理由」を、このステージの感触を懐かしむように、そしてステージの神様に届くように歌う姿が印象に残った。また6月に発売予定のアルバム『孤悲』からは「キイウから遠く離れて」を歌ったのだが、まだ歌詞が未完成で変わる可能性があると言いながらも戦に巻き込まれる老人や子どもに心を寄せて歌ったこの作品への想いは、どんなときにも変わらないさだの人々に対する思いを改めて感じさせてくれた。
そしてダブルアンコールでは再び吉田が登場してグレープの二人でフィナーレを飾る。「無縁坂」だ。さだが大事にするこの歌でビデオホールの神様を送る。最後はこの歌しかなかっただろう。
「このホールがなくなるというのは不思議な気がします。今日は3階まであがってきたと思うんですけど、しばらく経つとここは空中になります。色即是空、空即是色というのはこれですよ。取り壊された後に来てみると何もなかった空中がコンサート場所だったわけだから。私たちが生きるということも結局自分の心の中にしかない。そう考えるともっともっと自分の心の中に残るように自分の道を歩かなければいけないなと教わりました。ビデオホールありがとう!」(さだ)
2022/04/01



![[CHOOM]](https://m.media-amazon.com/images/I/41WsoyP7eUL._SL160_.jpg)