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ボブ・ディラン、全楽曲の音楽著作権をユニバーサルへ売却の衝撃

 昨年12月、米音楽大手ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)の、米シンガー・ソングライター、ボブ・ディランの全楽曲の音楽著作権取得のニュースは、国内外で大きく報じられた。これまで60年のキャリアの中で手がけた楽曲は600曲を超え、買収価格は明らかにされていないが、数億ドル(数百億円)に上るのではないかと言われている。UMGがプレスリリースで「今世紀で最も重要な音楽出版契約で、史上最も重要なものの1つ」とした今回の契約は、どういう意味を持ち、今後どのような影響を及ぼしていくのだろうか。

内国曲(国内楽曲)の著作権使用料 契約と分配の流れ

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■音楽出版は安定した収入を得られる優良な投資案件

「時代の代弁者」「ロックの詩人」と呼ばれ、世界中のミュージシャンに多大な影響を与え、2016年に歌手として初めてノーベル文学賞にも選ばれた音楽界の生きるレジェンド、ボブ・ディラン。その全楽曲の音楽著作権の推定買収額は、果たして高いのか、妥当なのだろうか。音楽出版ビジネスに携わる、日本のユニバーサル・ミュージック・パブリッシング社長・ジョニー・トンプソン氏に、率直な疑問をぶつけてみると、「詳細を把握していないのでコメントは差し控える」という答えが返ってきた。

 音楽著作権は大きく、他人に譲渡できない「著作者人格権」と、第三者に譲渡できる財産権としての著作権「著作財産権」、そして「著作隣接権」に分けられる。そのうちお金を生み出す権利の1つ、「著作財産権」は、支分権と呼ばれる複数の権利の集合体となっている。例えば、演奏する際には演奏権、録音するときには複製権など、利用態様ごとに具体的な権利が定められており、基本的には著作権者の許可なく行使できない。音楽著作権(出版権)を売却する場合、そういった支分権ごとの売却も可能であり、作家(作詞家・作曲家)の取り分(著作権印税)の一部の売却もできる。つまり、契約形態はさまざまで、いろんなケースが考えられるため、詳細を把握しない限りは何とも言いきれない、というわけだ。

 海外では近年、音楽著作権に特化した投資ファンドが勢いを増している。ここ十数年の間に、世の中の著作権に関する知識が上がり、音楽出版は安定した収入を得られる優良な投資案件として、認識されるようになった。それもあり、音楽著作物の権利を買収して、ストリーミング配信されたり、演奏されたりして得られる著作権使用料を投資家に還元する投資ファンドが急増している。そのため、著作権の売却は珍しいことではなくなったわけだが、今回は、ボブ・ディランというビッグネームの楽曲であったこと、そして、その売却先が昨今の流れにあるファンドではなく音楽出版社であったことも相まって、大きな話題になったようだ。

■カタログ売却の背景にあるストリーミング市場の急速な拡大

「15年くらい前からでしょうか。投資ファンドの動きが活発になり、次第に作家も出版社もカタログの権利を売却するケースが増え、ファンドの規模も徐々に拡大していきました」とトンプソン氏は振り返る。その背景には、ストリーミング市場の拡大が大きく影響しているのだという。2000年代半ばと言えば、海外では音楽流通がCDからデジタルへと移行した時期にあたる。クォーターごとに報告されるCD売上による収入(分配額)の低下を目の当たりにして、将来に不安を覚えた作家も少なくなかったのではないかというのだ。

「デジタル時代に自分の音楽がどのように聴かれていくのか、将来に不安を覚えた作家もいて、その限界が見えてくると、一部権利を売却し今すぐにお金を手にしたいという考え方に徐々に変わっていったようです。全ての楽曲がストリーミングで稼げるわけではないので、権利を売る際に、そうでない曲も含めて売却できるという楽曲数のボリュームも魅力的に映ったのかもしれません」(ジョニー・トンプソン氏/以下同)

 ストリーミング配信で安定した収益を得るには、楽曲ラインナップの充実は重要だ。カタログを買収する側のそういったニーズと、未来のロイヤルティを手に入れたい作家側のニーズの合致が、今の音楽著作権ファンドの価値を押し上げている。しかし、音楽著作権は買収した後に何もしなければお金は入ってこない。運用してこそ価値が発揮されるため、最近では、評価したバリューが出るように音楽出版社そのものを買収するファンドも出てきているという。

 20年はボブ・ディランだけでなく、スティーヴィー・ニックス、マーク・ロンソンイマジン・ドラゴンズカルヴィン・ハリス等のビッグネームが、楽曲の少なくとも一部を投資ファンドに売却している。今後もこの動きは継続すると予想されている。トンプソン氏は、この流れを評価するには時間が必要と語る。

「投資ファンドあるいは投資ファンドの支援を受けた企業が、前に預けていた音楽出版社と同じレベルのカタログの運用ができるのかどうかは分かりません。今の流れはこの十数年のことなので、まだ結果が出るまでには時間はかかるのではないでしょうか」

■国内の作家の音楽出版に対する意識にも変化

 一方、国内に目を向けると、“音楽出版=資産”という発想が日本にはあまり根付いていない。それは、日本と海外では音楽出版のシステムが異なる点が影響している。日本の場合、作家は著作財産権を音楽出版社に預けて、音楽出版社はその見返りに曲のプロモートや著作権管理を行うというのが一般的だ。一方、海外の大物アーティスト・作家は、自身の音楽出版社を持ち、作家としての著作権印税と出版社取り分も併せて管理している。

 そのため、同業の音楽出版社に売却したり、音楽出版社がパートナーになったファンドに売却したり、というケースはあっても、作家自らが音楽著作権ファンドに売却するケースはあまり耳にしない。今すぐに、海外のような動きが広がるとは考えづらいが、最近では海外の作家と共作などもよく行われていることから、国内の作家の音楽出版に対する意識にも変化が生まれるのかもしれない。

「クリエイティブの要素があり、売却と言うと負のイメージがつきまとうので、あまりオープンに語られないのかもしれません。15〜20年前までは海外もそうでしたが、音楽を取り巻く環境の変化に伴い、考え方にも変化が起きました。自分の資産の運用と考えれば、自分で決めていくのは決して悪いことではありません。音楽出版社の重要な仕事は、管理・運用・作家のケアです。新しい音楽システムの中で、我々は作家に対してどうアドバイスしていけるか。安心して出版権を任せてもらえるように、そのポテンシャルを発揮していかなければならないと考えています」

 音楽を聴取する環境の変化の中で、作家が自分のライフプランニングの選択肢の1つとして、音楽著作権の売却を選ぶ。至極納得できる話だが、こと日本においては、その売却先が投資ファンドというのは、現時点ではリアリティがない。しかし、デジタル時代に突入して変化は早まっている。コロナ禍で音楽ビジネスが大きく激変したことを考えると、国内でも、今回のようなニュースがメディアを騒がせる日もそう遠いことではないのかもしれない。

(文・カツラギヒロコ)

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