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サカナクション初のライブ配信で示した“ミュージック・ライブ・ビデオ”の世界観

 サカナクションが、初の有料ライブストリーミング公演『SAKANAQUARIUM 光』を8月15日(ファンクラブ会員限定配信)、16日の2日間にわたって開催した。従来通りのライブが行えない今、多くのアーティストが配信に取り組み、試行錯誤の末に見えてきたことは、「配信はライブの代りにはならない」ということ。特に2時間近くのワンマンのような形態では、実際に会場で体感するライブとは別物であり、単に演奏シーンを見せるだけでは、どうしても視聴者に飽きが出てきてしまう。そこで配信は今、「画面越しに何を見せるのか」という次のステップへ移行しはじめた。

「SAKANAQUARIUM 光」“中層/深海”から“浅瀬”へ切り替わる瞬間、光も変化する(撮影:横山マサト)

「SAKANAQUARIUM 光」“中層/深海”から“浅瀬”へ切り替わる瞬間、光も変化する(撮影:横山マサト)

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 そうした中でサカナクションが打ち出したのは“ミュージック・ライブ・ビデオ”という新しい発想。日本のロックバンドとして初となるKLANG:technologies 3Dサウンドを導入し、開演前に協賛企業やグッズ紹介のCMを流すなど、随所に強い思い入れを感じさせられたが、圧倒的に他と一線を画していたのが、照明とカメラワークだった。総合演出に彼らの「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」「新宝島」のMVや数多くのCMを手がける映像ディレクター田中裕介氏を招き、映像をシネマスコープ・サイズで見せるなど“画面の中で見せる映像表現”に徹底的にこだわった内容となっていた。

■臨場感以上に没入感に重きを置いた映像アプローチ

 ライブは、倉庫の傍らにいる山口一郎(Vo/Gt)が、手にしたスマートフォンの画面で、配信されている自分の映像をリアルタイムに見ているというシーンから始まる。そこから倉庫の入口に移動し、中に入るとメンバーが演奏しており、そのステージに山口が加わり「グッドバイ」を歌い始めるという流れであった。このわずか数分間だけでも、ドラマや映画に通じるストーリー性を持たせていることや、屋外や倉庫という通常はライブに使われない場所から配信を行うなど、一般的な無観客ライブとは根本的な発想が違うことが見てとれた。しかし注目は、この先だ。
 
 サカナクションは、自らの楽曲を“浅瀬(シングル曲など盛り上がる楽曲)”や“中層/深海(ミドルテンポで世界観の深い楽曲)”と表現しており、それにならえば、前半はディープな中層/深海の世界。バンドが演奏する倉庫には、真っ白い床と壁によって閉じられた狭めのステージが組まれており、その空間を淡い色彩の光や照明的に用いられたレーザー光が埋めていく。そこから切り出されたシルエットや、フレアを活かした映像演出は、実に印象的であった。そして、まるで光の中を滑っていくかのようにカメラがスムーズに動き、計算しつくされたタイミングでアングルが切り替えられていくカメラワークは、生の一発勝負で行っているとは思えないほどの完璧さだった。
 
 これらの照明やカメラワークは、CMなどを手がけるような映像制作チーム主導で生み出されたものであり、ライブでの直線的な光で観客に高揚感を与える舞台照明とはまったく違うものであった。つまり、これまでライブ配信といえば、画面越しにいかにライブの臨場感を視聴者に伝えるかといったことが追求されがちであったが、サカナクションが作り出したものは、映像が生み出す物語に視聴者をいかに没入させるかというアプローチだったのだ。

■配信ならではの利点を活かしたセットチェンジ

 こうして中層/深海にどっぷりと浸っていると、中盤で演奏された「ボイル」の大サビで、まばゆいばかりの光と共にステージを取り囲む壁が取り払われ、それまでのストイックな世界観から、視聴者の感情は一気に解き放たれる。ここからは浅瀬のオンパレードとなり、照明デザインも、長年サカナクションのライブを手がけている平山和裕氏(BAGS GROOVE)へとバトンタッチされる。レーザーも、中層/深海とは違って直線的な派手さを増し、浅瀬では“いつものサカナクション・ライブ”のテンションを存分に楽しませてくれた。

 この振り切った場面転換に重要な役割を果たしたのが、ステージ脇に組まれたセット“スナックひかり”での「陽炎」パフォーマンスだ。カッコよさだけで終わらず、あえて隙を作ることでユーモアも表現したいという意向もあっただろうが、視聴者の感情をディープな中層/深海からアッパーな浅瀬へと誘うためのワンクッションとして、場末のスナックで世界観をリセットさせる狙いもあっただろう。それ以上に、「配信なら大胆にセットチェンジが行える」という可能性を示したことは大きい。今後に大きな影響を与えるに違いない。

 そしてラストの「さよならはエモーション」でエンドロールを流し、すべてが終わると、それまでの完璧に計算し尽くされた映像から、倉庫内の全景や撮影機材、スタッフまで見えるアングルへとカメラが切り替えられ、ライブとは異なる、ドキュメンタリー映像のエンディングかのような独特の余韻を生み出した。

■ライブならではの一発勝負、その緊張感が視聴者と共有度を増大

 ここまで映像にこだわるのであれば、当然、収録したものを編集することで、よりクオリティの高いものが作れるだろう。しかし、彼らが一番こだわったのは、生で演奏し、すべてのカットをシームレスにつなげる一発勝負の緊張感と、それを視聴者と共有するためのライブ感だ。そこに、彼らが今回のライブ配信をミュージック・ライブ・ビデオと呼んだ大きな理由がある。そして忘れてならないのは、サカナクションの演奏がパーフェクトであるからこそ、これほどまでに映像に注力したトライが実現できたという点だ。

 そしてもうひとつ、ぜひ触れておきたいことがある。今回の演出は、映像ありきで考え出されたと思われがちだが(もちろん、その側面は強いが)、根本にあるのは、途中で中止を余儀なくされてしまった全国ツアー『SAKANAQUARIUM 2020 “834.194 光”』の世界観であったという点だ。

 今年1月にスタートしたツアーでは、会場の扉を開けた瞬間からホワイトアウトのごとくスモークが空間全体を覆い、メンバーの姿がおぼろげにしか見えない中で、前年のツアーのラストに歌われた「グッドバイ」から始まり、「ボイル」で一気に視界が開けていくという、実にコンセプチュアルでストーリー性の高いライブであった。今回、ツアーのために練り上げられたストーリーを踏襲しつつ、映像のみの世界へと見事に落とし込むことに成功できたのは、ライブ制作チームと映像制作チームを最適なバランスで融合できたからこそであろう。

■「画面越しに何を見せるのか」重要度を増すストーリーとシチュエーション

 サカナクションの挑戦を振り返ると2つのキーワードが浮かび上がってくる。「ストーリー」と「シチュエーション」だ。大音量を浴び、きらびやかな照明に刺激され、汗をかいて踊ることができない配信で、視聴者を画面の中に入り込ませるためには、映像で何を描くのか、そのストーリーが重要となってくる。さらに、それをヴィジュアルで表現するために、どんなシチュエーションで、どこから配信するかという点も、これまで以上に重要度を増していくだろう。そういった目線で、興味深い事例がある。

 国の登録有形文化財であり、来年90周年を迎える江戸歌舞伎様式の芝居小屋・嘉穂劇場(福岡県飯塚市)は、有観客での公演が開催できない今の期間、プロ・アマ問わず格安の費用で無観客パフォーマンスを収録する「夢舞台プロジェクト」を展開している。
 
 同劇場では、これまでも数多くの芝居やコンサートが行われてきたが、福岡市から車で1時間という立地が集客面でややネックとなっていた。しかし、収録や配信となれば地理的なデメリットが解消されるだけでなく、唯一無二のシチュエーションは、むしろ大きなメリットになり得る可能性を秘めている。こうした強みを発揮できる場所は全国各地に存在する。シチュエーション選びは、これまで以上にアーティストの個性を演出する大きな要素になると同時に、ライブ配信の可能性を広げ、見る側に新鮮な驚きを与えるひとつの鍵になっていくのではないだろうか。
(文・布施雄一郎)

関連写真

  • 「SAKANAQUARIUM 光」“中層/深海”から“浅瀬”へ切り替わる瞬間、光も変化する(撮影:横山マサト)
  • シルエットやフレアなど光と影を活かした演出(撮影:横山マサト)
  • 総合演出を担当したのは映像クリエイター・田中裕介氏(撮影:横山マサト)
  • 音、光、カメラワークが見事にシンクロ(撮影:横山マサト)
  • 福岡県飯塚市の芝居小屋「嘉穂劇場」ライブ配信ではストーリーやシチュエーションの重要度が高まりそうだ
  • 背後から光を当て、前面の紗幕に影と映像を映し出す(撮影:横山マサト)
  • ドキュメンタリー映像のような演出も印象的(撮影:横山マサト)
  • 一発勝負の緊張感がライブ感を増幅(撮影:横山マサト)
  • 生ライブとは異なる淡い光が空間を埋めていく(撮影:横山マサト)
  • モノクロームの都会の風景を背後に映した「ユリイカ」(撮影:横山マサト)
  • サカナクション 山口一郎(Vo/G) (撮影:横山マサト)
  • サカナクション 草刈愛美(Ba)(撮影:横山マサト)
  • サカナクション 江島啓一(Dr)(撮影:横山マサト)
  • サカナクション 岡崎英美(Key)(撮影:横山マサト)

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