人気デュオ・ゆすが、今年でデビュー20周年を迎えた。長きにわたり愛され、いまや国民的アーティストとなった二人だが、その根底には“大衆性”と“刺激”という、一見相反するような音楽性が潜む。変化を求めたがために批判が起きたという10周年を乗り越え、さらに10年。今ゆずは、豊かな実りと、新たな種まきの時期を迎えている。
◆「20周年は区切りでしかない」、進行形であることの喜び
――ベストアルバム発売、ドームツアーと、ゆずの20周年イヤーのお祭りが続く中、2枚の「謳おう」EPと「4LOVE」EPが2週連続(6月21日、28日)で発売されます。それぞれに、ゆずらしさと新しさの両方を感じられますね。
【北川悠仁】20周年は、活動にちょっとした句読点をつける意味でいろんなことをやっているんですが、やればやるほどファンの皆さんへの感謝の気持ちが湧いてくるんです。それが “最新のゆずを届けたい”という思いに繋がっていて…。去年のツアー『ゆずのみ』のリハーサルの時から作り始めた「カナリア」が、最終的に僕たちの新たな可能性や未来を切り拓くような世界観の曲になったので、それをどういう形で届けるか考えたことが、EP制作のきっかけになりました。
――お二人にとって、20周年はどんな意味を持っていますか?
【北川悠仁】簡単にいうと“収穫祭”ですかね。デビューして、冬の時代も経験して、雨に打たれ、風に吹かれ、いろんなことがあった。でもその結果“こんなにたくさんの実がなりました”ということを、応援してくれた皆さんに届ける時期。この実りを味わってもらうとともに、また新たな種を蒔いてもいて、それがこのEP盤なのかなと。
【岩沢厚治】ドームツアーというお祭りを一つ終えたばかりで、祭りの後って本当は寂しいものなんですよ。でもこの2枚が、“僕たちはまだまだ続きますよ”っていう気持ちを代弁してくれている。20周年って、本当はただの区切りでしかないんですよ。ゆずが現在進行形であることを、音楽でお届けできるのが何より幸せなことだなと思います。
◆「“ほっこり”だけじゃつまらない」、かつて批判を受けた時期も
――ツアーといえば、あの「夏色」のコール&レスポンスに見られる様式美は、初めての人にも優しくて。子供からおばあちゃんまで巻き込めるものですね。
【北川悠仁】嬉しいです(笑)。僕らがずっと目指しているのが、初めて来た人でも絶対に楽しませたいってことだから。あとは、三世代に楽しんでもらえるグループでありたいってこともある。でも、そういうポピュラリティやエンタテインメント性は保ちつつも、ちゃんとアートしていたい気持ちも強いんです。僕らにとって、一番大事なのは作品作りなので。だって、“ほっこり”だけじゃつまらないでしょ? 音楽を聴いて、ライブに行って、ただほっこりできるだけじゃ嫌じゃない? 俺は嫌なんだよね(笑)。やっぱり、ちゃんと刺激的でもありたい。
――ゆずが、芸術性と大衆性の両方を内包しているグループであることは、もうかなり浸透していると思うんですが。
【北川悠仁】僕らが、常に新しく刺激的なものを作っていきたいんだっていうことは、最近になってようやく伝わってきて、受け入れられてきているのは感じます。昔は、ずいぶんシバかれたこともあったんです(苦笑)。
――シバかれた?
【北川悠仁】“新しいものを作っていくことは過去を否定することだ”という風に受け取られたこともあったので。でも、新しいものを作り続けていかないと、自分たちが楽しくなくなっちゃうんですよ。でも、20年経ってみると、当時新しく作ったものがスタンダードになって、気づいたらみんなにとって大切な歌になっていった。それを実録で体感できたことは大きいです。
――岩沢さんは、昔作った曲が新たな形で収録されるケースが比較的多い印象です。例えば若い頃に作った歌詞を見て、「我ながら未熟だ」と思ったりすることはあるんでしょうか。
【岩沢厚治】もちろん。若い頃の曲なんか、未熟でしかない(苦笑)。でも、未熟だから未完かというと、そうじゃなかったりするんです。曲って、未熟ながらもそれはそれで完成しているので面白いなと思います。結局、音楽ってそのときどきの衝動や情動から生まれているので、常にその曲が生まれた“今”にしか出来ないものを作っているつもりではいます。…なんて、そんなに深く考えてないんですけど(笑)。
◆この道を選ばなければ「20周年でドームツアーはやれていない」
――ところで、この20年で一番のピンチを挙げるとしたらいつでしたか?
【北川悠仁】うーん、デビュー10周年かな。厳密にいえば2回くらいあるんですけど、10周年は分岐点でした。デビューしてから休まずコンスタントに活動を続けて、そのままのスタイルで続けるか、もっと僕らの音楽を聴いてない人たちのところまで届けにいくか。どちらにするかを決めなきゃならない時期があって、僕らは、もっと僕らの音楽を聴いていない人に届けにいく方を選んだ。
――その時期にシバかれた?
【北川悠仁】そう(苦笑)。でもあの時、その道を選んでいなかったら、20周年でドームツアーはやれていなかったと思います。
(文:菊地陽子)
◆「20周年は区切りでしかない」、進行形であることの喜び
――ベストアルバム発売、ドームツアーと、ゆずの20周年イヤーのお祭りが続く中、2枚の「謳おう」EPと「4LOVE」EPが2週連続(6月21日、28日)で発売されます。それぞれに、ゆずらしさと新しさの両方を感じられますね。
【北川悠仁】20周年は、活動にちょっとした句読点をつける意味でいろんなことをやっているんですが、やればやるほどファンの皆さんへの感謝の気持ちが湧いてくるんです。それが “最新のゆずを届けたい”という思いに繋がっていて…。去年のツアー『ゆずのみ』のリハーサルの時から作り始めた「カナリア」が、最終的に僕たちの新たな可能性や未来を切り拓くような世界観の曲になったので、それをどういう形で届けるか考えたことが、EP制作のきっかけになりました。
――お二人にとって、20周年はどんな意味を持っていますか?
【北川悠仁】簡単にいうと“収穫祭”ですかね。デビューして、冬の時代も経験して、雨に打たれ、風に吹かれ、いろんなことがあった。でもその結果“こんなにたくさんの実がなりました”ということを、応援してくれた皆さんに届ける時期。この実りを味わってもらうとともに、また新たな種を蒔いてもいて、それがこのEP盤なのかなと。
【岩沢厚治】ドームツアーというお祭りを一つ終えたばかりで、祭りの後って本当は寂しいものなんですよ。でもこの2枚が、“僕たちはまだまだ続きますよ”っていう気持ちを代弁してくれている。20周年って、本当はただの区切りでしかないんですよ。ゆずが現在進行形であることを、音楽でお届けできるのが何より幸せなことだなと思います。
◆「“ほっこり”だけじゃつまらない」、かつて批判を受けた時期も
――ツアーといえば、あの「夏色」のコール&レスポンスに見られる様式美は、初めての人にも優しくて。子供からおばあちゃんまで巻き込めるものですね。
【北川悠仁】嬉しいです(笑)。僕らがずっと目指しているのが、初めて来た人でも絶対に楽しませたいってことだから。あとは、三世代に楽しんでもらえるグループでありたいってこともある。でも、そういうポピュラリティやエンタテインメント性は保ちつつも、ちゃんとアートしていたい気持ちも強いんです。僕らにとって、一番大事なのは作品作りなので。だって、“ほっこり”だけじゃつまらないでしょ? 音楽を聴いて、ライブに行って、ただほっこりできるだけじゃ嫌じゃない? 俺は嫌なんだよね(笑)。やっぱり、ちゃんと刺激的でもありたい。
――ゆずが、芸術性と大衆性の両方を内包しているグループであることは、もうかなり浸透していると思うんですが。
【北川悠仁】僕らが、常に新しく刺激的なものを作っていきたいんだっていうことは、最近になってようやく伝わってきて、受け入れられてきているのは感じます。昔は、ずいぶんシバかれたこともあったんです(苦笑)。
――シバかれた?
【北川悠仁】“新しいものを作っていくことは過去を否定することだ”という風に受け取られたこともあったので。でも、新しいものを作り続けていかないと、自分たちが楽しくなくなっちゃうんですよ。でも、20年経ってみると、当時新しく作ったものがスタンダードになって、気づいたらみんなにとって大切な歌になっていった。それを実録で体感できたことは大きいです。
――岩沢さんは、昔作った曲が新たな形で収録されるケースが比較的多い印象です。例えば若い頃に作った歌詞を見て、「我ながら未熟だ」と思ったりすることはあるんでしょうか。
【岩沢厚治】もちろん。若い頃の曲なんか、未熟でしかない(苦笑)。でも、未熟だから未完かというと、そうじゃなかったりするんです。曲って、未熟ながらもそれはそれで完成しているので面白いなと思います。結局、音楽ってそのときどきの衝動や情動から生まれているので、常にその曲が生まれた“今”にしか出来ないものを作っているつもりではいます。…なんて、そんなに深く考えてないんですけど(笑)。
◆この道を選ばなければ「20周年でドームツアーはやれていない」
――ところで、この20年で一番のピンチを挙げるとしたらいつでしたか?
【北川悠仁】うーん、デビュー10周年かな。厳密にいえば2回くらいあるんですけど、10周年は分岐点でした。デビューしてから休まずコンスタントに活動を続けて、そのままのスタイルで続けるか、もっと僕らの音楽を聴いてない人たちのところまで届けにいくか。どちらにするかを決めなきゃならない時期があって、僕らは、もっと僕らの音楽を聴いていない人に届けにいく方を選んだ。
――その時期にシバかれた?
【北川悠仁】そう(苦笑)。でもあの時、その道を選んでいなかったら、20周年でドームツアーはやれていなかったと思います。
(文:菊地陽子)

2017/06/22