2009年に解散し、今年4月に5年ぶりに再結成した男性デュオ・サスケが、10周年記念アルバム『sasuke』を8月27日に発売。ORICON STYLEのインタビューに応じたサスケが、再結成に至った経緯と解散理由、人気ユニット・テゴマスがカバーするなど歌い継がれてきた名曲「青いベンチ」への思いを語った。
◆あのとき解散しなかったら、2、3年後に解散していたと思う
2000年に結成し、埼玉・大宮駅前でストリートライブを中心に活動をスタートさせたサスケは、デビュー曲「青いベンチ」(2004年4月発売)が“究極に切ない失恋ソング”として口コミで広がり大ヒット。解散までの5年間で、シングルは5枚、ミニアルバム1枚にベストアルバムと、意外にも作品数は少ない。解散に至ったのは、「自分たちの思うような活動やリリースができない状況だったというのがありますね。色んな部分でストレスやジレンマを感じていた」(北清水雄太)と当時の環境も大きく左右し、「30代をむかえるっていうのもあって、お互いのこの先や人生について考え、話し合ったんですね。それで、それぞれの道を歩いていこう」(北清水)と決断に至った。
高校時代からの友人である2人は、「親友という関係性は変わらないけど、プロとして音楽をやっていくうえで、お互いに依存しすぎていたところもあったと思う」(北清水)と自分たちの甘さや未熟さもあったと言い、「ストリートライブでいちから始めることもできたと思うけど、それでも解散したのは、お互いのためだったと思います」(北清水)、「あのとき解散しなかったとしても、きっと2、3年後に解散していたと思う」(奥山裕次)と振り返る。
解散後、北清水はソロ活動、奥山は「もともと裏方の仕事には興味があって、アーティストだった経験が活かせるんじゃないかと思って」と知人の会社でマネージメントの仕事をしていた。その傍らソロライブも行っていた奥山は「ひとりじゃやっぱり上手くいかなくて。かと言って、別の相方を見つけるという発想もなかった」と言い、北清水も「僕も別の相手を見つけることは一切考えなかったですね。やっぱりくされ縁なのかな(笑)」と笑顔を見せた。
◆もう解散はしない!!息長く続けたい
解散後も友人として交流してきた2人は、「10周年の機会に、一度くらいライブをしよう」と奥山の提案から再結成。解散時の反省点を踏まえ、一から自分たちで環境作りを行い、「今は、すべてスタッフと相談しながらできているので、ストレスもないです。それに、みなさんすごく情熱を持って接してくれるので、僕らもワクワクしながら仕事をさせていただいています」(北清水)と語る。
「青いベンチ」は、発売から10年経った今も合唱コンクールや軽音楽部、カラオケで歌う人も多く、「今もたくさん愛してもらえていることを知って、自分たち自身でも、きちんと歌い継いでいかないといけない」(北清水)と改めて感じたと言う。8月1日には、彼らの出発の地でもある、大宮駅前で解散後初のストリートライブを開催。「10年ぶりに会いに来ました」と言う馴染みのファンや、最近知った中高生、50、60代の大人まで、イベントなどで「青いベンチ」を歌うと、どこでも大合唱になるそうだ。その光景を見て、「自分たちが想像していた以上に、みなさんに愛してもらっていたんだな」(北清水)と改めて実感したと言う。
10年目にして初めて発売したオリジナルのフルアルバム『sasuke』には、「青いベンチ」の10年後を歌ったアンサーソング「青いラブソング」も収録されている。「丁寧に歌を作って、きちんとライブで届ける。そういう地に足の着いた活動をしていくことが、第一の目標」(北清水)と意気込み、「今度は、解散することなく、息長く続けたいです」(奥山)と目を輝かせた。
◆あのとき解散しなかったら、2、3年後に解散していたと思う
2000年に結成し、埼玉・大宮駅前でストリートライブを中心に活動をスタートさせたサスケは、デビュー曲「青いベンチ」(2004年4月発売)が“究極に切ない失恋ソング”として口コミで広がり大ヒット。解散までの5年間で、シングルは5枚、ミニアルバム1枚にベストアルバムと、意外にも作品数は少ない。解散に至ったのは、「自分たちの思うような活動やリリースができない状況だったというのがありますね。色んな部分でストレスやジレンマを感じていた」(北清水雄太)と当時の環境も大きく左右し、「30代をむかえるっていうのもあって、お互いのこの先や人生について考え、話し合ったんですね。それで、それぞれの道を歩いていこう」(北清水)と決断に至った。
解散後、北清水はソロ活動、奥山は「もともと裏方の仕事には興味があって、アーティストだった経験が活かせるんじゃないかと思って」と知人の会社でマネージメントの仕事をしていた。その傍らソロライブも行っていた奥山は「ひとりじゃやっぱり上手くいかなくて。かと言って、別の相方を見つけるという発想もなかった」と言い、北清水も「僕も別の相手を見つけることは一切考えなかったですね。やっぱりくされ縁なのかな(笑)」と笑顔を見せた。
◆もう解散はしない!!息長く続けたい
解散後も友人として交流してきた2人は、「10周年の機会に、一度くらいライブをしよう」と奥山の提案から再結成。解散時の反省点を踏まえ、一から自分たちで環境作りを行い、「今は、すべてスタッフと相談しながらできているので、ストレスもないです。それに、みなさんすごく情熱を持って接してくれるので、僕らもワクワクしながら仕事をさせていただいています」(北清水)と語る。
「青いベンチ」は、発売から10年経った今も合唱コンクールや軽音楽部、カラオケで歌う人も多く、「今もたくさん愛してもらえていることを知って、自分たち自身でも、きちんと歌い継いでいかないといけない」(北清水)と改めて感じたと言う。8月1日には、彼らの出発の地でもある、大宮駅前で解散後初のストリートライブを開催。「10年ぶりに会いに来ました」と言う馴染みのファンや、最近知った中高生、50、60代の大人まで、イベントなどで「青いベンチ」を歌うと、どこでも大合唱になるそうだ。その光景を見て、「自分たちが想像していた以上に、みなさんに愛してもらっていたんだな」(北清水)と改めて実感したと言う。
10年目にして初めて発売したオリジナルのフルアルバム『sasuke』には、「青いベンチ」の10年後を歌ったアンサーソング「青いラブソング」も収録されている。「丁寧に歌を作って、きちんとライブで届ける。そういう地に足の着いた活動をしていくことが、第一の目標」(北清水)と意気込み、「今度は、解散することなく、息長く続けたいです」(奥山)と目を輝かせた。
2014/08/30




