日本のHIP HOPシーンを成熟させる女性ラッパーの柔軟性

 HIP HOPデュオの@djtomoko n Ucca-Laughで2011年にメジャーデビューしたTOMOKO IDA。現在は、ちゃんみなやEXILE TRIBEのトラックメーカーとしても活躍している。BSスカパー!『BAZOOKA!!! 高校生RAP 選手権』やテレビ朝日系『フリースタイルダンジョン』などの番組効果もあってHIP HOPアーティストが注目されるようになり、ちゃんみなやDAOKO、あっこゴリラなど、女性ラッパーがメジャーシーンで頭角を現すようになった。HIP HOPシーンを中心に、海外でも活動を続ける彼女に、日本と海外のHIP HOPシーンの現状と課題について話を聞いた。

日本のHIP HOPシーンには、ジェンダー的な壁はない

 HIP HOPを得意とするトラックメイカーとして、国内外で長年のキャリアを重ねてきたTOMOKO IDA。近年はEXILE TRIBEファミリーなど、数々のヒットアーティストのプロデュースも手がけている。
「キックやベースといった低音の効いた、輪郭のはっきりしたサウンドが自分の持ち味。音から入った人には、「男性じゃなかったの?」とよく言われることもあります。ただ最近は、多少意識的に“女性的な匂い”を消してるところもありますね」

 6月にリリースされた1stソロEP「Shikkui」には、インストゥルメンタル4曲が収録。男性の体に花をあしらったジャケットからも、たしかにジェンダーは不詳だ。
「Spotifyなどでお気に入りのアーティストを聴いていると、おすすめの音楽が出てきますよね。だけどそこでプロデューサーが女性とわかると、固定概念から聴き方が変わったり、飛ばしてしまうリスナーもいるのではないでしょうか。そうした偏見が入らない形でまずは聴いてもらわないと何も始まらないので、アートワークも意識しました。やっぱり“70億人のリスナー”に届けたいですから」

 アメリカのHIP HOPの世界では、女性アーティストの地位はまだまだ低い。国内での活動を経て、2008年に渡米。ブルックリンの黒人コミュニティに単身飛び込んだ際にもそのことを痛感した。
「当時、しかもアジア人となるとさらに低く見られるんです。「ビートメイカーです」と言ってもなかなか信用してもらえない。だけど音を聴かせると、「この曲を作ったのか?」ってパッと表情が変わるんです」

 音で勝負すれば認めてもらえる。しかしそれはあくまで、アーティストやトラックメイカーといった音楽を作るサイドでの話だ。
「ここ2年ほどアメリカやフィンランド、韓国など海外の作家さんとコライトをする機会が増えていて、そのなかで仲良くなった人に「アジア人の女性がアメリカのHIP HOPシーンで勝負するってどう思う?」と聞いたら「厳しいと思う」と言われました。それが現実だと。ただ「男っぽい音なんだから、わざわざ女性って言わなくてもいいんじゃないか」とアドバイスもしてくれました」

 一方、日本ではあまりジェンダー的な壁は感じていないようだ。TOMOKOの特筆すべきキャリアの1つに、シンガーでありラップもするUcca-LaughとのHIP HOPデュオ、@djtomoko n Ucca-Laugh(通称:ともゆか)としての活動がある。女性ならではの日常の中で感じたことを、ときにユーモアを交えて綴るリリックは「現代女子の代弁者」として支持され、「Girls, don't kill your time」(2013年)、「GIRLS BE LIKE」(2014年)といった作品ではiTunes HIP HOPアルバムチャートで1位を獲得。Zeebraや三浦大知、DJ TAROらの絶賛も受けている。
「いわゆる歌の歌詞よりもダイレクトな言葉表現で、言いたいことを言えるのがラップというジャンルの面白さ。だから基本的に女性ラッパーには、女性ファンもつくんだと思います。「私が言いたかったことを言ってくれた」たいう感じで。あと日本のリスナーは男女よりも、ジャンルで聴く傾向がありますよね。だから、男性のHIP HOPファンも私たちの楽曲を聴いてくれましたし、それをいいことに「女性が考えてることを、聴いとけよ」というような思いで作った曲もありました(笑)」

ポップアーティストと柔軟にコラボする女性ラッパーの存在がキモ

 それでも世界と比較してみると、日本の音楽シーンにはHIP HOPがあまりにも浸透していない。
「アメリカでHIP HOPが一番売れるジャンルになった1つの要素として、ラッパーがどんどんポップアーティストとコラボしていることがあると思います。だけど日本では、たとえば私も作家の仕事で「いいラッパーいない?」と相談されることもあります。ところが、いざ紹介しようとしても、ラッパーのほうから拒否されることもあって。それではいつまでも小さい界隈でグルグルしてるだけだよ、って気づいてほしいんですけど──。私もかつてはそうでしたから(苦笑)」

 特にHIP HOPカルチャーに思い入れの強いラッパーほど、偏狭になりがちのようだ。その点は女性ラッパーのほうが柔軟で、自身がプロデュースを務めたちゃんみなをはじめ、DAOKO、あっこゴリラといった新世代の出現は希望だという。
「私は、インディーズのラッパーとも交流があるし、メジャーの第一線の方々ともお仕事をさせていただいている。ちょうど中間に位置する自分がハブになることで、日本のHIP HOPシーンがもっと成熟していくといいなという気持ちも、作家としてはあります」

 そしてアーティストとしての彼女は、そこをさらに飛び越えて“70億人のリスナー”に挑んでいる。「Shikkui」の収録曲は琴や尺八といった日本の伝統楽器と重低音が響くHOP HOPサウンドが鮮烈だ。
「アメリカのHIP HOPは大好きだけど、それっぽいビートを出す人は世界に万といます。それこそ韓国のアーティストはそこに同化することで、ついにビルボードのトップまで取りましたよね。本当にすごいなと思うけれど、日本人である私にしか出せない音には、それにはない説得力があるんじゃないかと思っています。それこそ“レペゼン・ジャパニーズ”として、自分のアイデンティティを全面に出して勝負していきたいですね」

(文/児玉澄子)
[18年7月23日号 コンフィデンスより]

提供元: コンフィデンス

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