ORICON STYLE

2004年8月18日
Ashlee
  アシュリー・シンプソン
  アメリカで大ブレイク中のセレブなロック・ギャル、いよいよ日本デビュー!
1984年10月3日生まれの天秤座。3歳から地元テキサスのダラスでクラシック・バレエを習い始め、11歳のときにはニューヨークにある名門バレエ専門学校、スクール・オブ・アメリカン・バレエに史上最年少合格者として入学し、話題になる。12歳のとき姉のジェシカ・シンプソンが歌手デビュー、そのバック・ダンサーとして世界中を回る。1999年、14歳のときにジェシカのツアーでダンサーとして初来日。2002年、本格的に女優活動開始。人気ティーン・ドラマ『Seventh Heaven』に出演し脚光を浴びる。2004年『マルコム・イン・ザ・ミドル』主演。さらに、アメリカのMTVで、レーベル契約から、バンドのオーディション、レコーディング、初パフォーマンスと、彼女が念願のロック・シンガーになるまでのプロセスを(ボーイフレンドとの破局なども含め!)完全密着し記録したリアリティ番組『MTV アシュリー・シンプソン〜デビューへの道〜』が6月にスタート。8月から日本でも放送が始まった。ますます話題の19歳!
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アシュリー・シンプソン
『ピーシズ・オブ・ミー』
UICF-5006/シングル

2004.8.4/\1,260(税込)

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アシュリー・シンプソン
『オートバイオグラフィー』
UICF-9007/アルバム
2004.8.25/\2100(税込)
日本盤のみボーナス・トラック3曲収録!!
日本のみ「ピーシズ・オブ・ミー」ビデオ収録
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姉ジェシカに続き全米で大ブレイク!'04注目の大型新人アシュリー・シンプソン、日本デビュー!!

デビュー作『オートバイオグラフィー』で8月初めに全米アルバム・チャートの初登場1位を獲得した、’04年アメリカ音楽界きっての大型新人。それがテキサス生まれの19歳、アシュリー・シンプソンである。今や国民的アイドルとも呼べるあのジェシカ・シンプソンの妹ではあるが、ダンスポップやバラードで知られる姉に対し、幼い頃からロック一筋というアシュリー。ワルを気取るのでもなく、飾らない言葉とキュートかつワイルドな歌声で等身大の心象風景を描いて同世代の熱狂的支持を得た彼女に、アルバム完成までの歩みを振り返ってもらった。

ロックは自分を表現する自由を与えてくれ、着たいものを着て、言いたいことを言えるところが大好き

――そもそも、いつ頃からショウビズ界を志したのですか?
【アシュリー】 わたしと姉のジェシカは小さい頃から家で歌ったり踊ったりするのが大好きだったから、物心ついた時にはその道に進みたいと思っていたの。ほかに夢と呼べるものはなかったわ。とにかくパフォーマンスをすることが大好きだったのよ。まず3歳の時にダンスを習い始めて、ニューヨークにある専門学校にも通ったの。その後3年ほど姉のバックダンサーを務めてから女優になり、TVドラマに出演するようになったわ。でも最終目標はやっぱり音楽だった。人生でこれまでにやってきたことは、すべて音楽にインスパイアされてると思うわ。
――先にデビューしたジェシカの姿をそばで見ていて、学ぶところはありましたか?
【アシュリー】 ええ。音楽的志向が違うから競争意識は感じないけど、人間性の面では彼女をお手本にしてるわ。ジェシカはいつも自分に正直で、地に足が着いているところが素晴らしいなと思ってた。だから、わたしが自分の音楽や行動を通して訴えたい唯一のメッセージも、自分らしく生きるってこと。他人に“こういう風にすべき”と指図したくはないわ。

―子供の頃から尊敬してきたミュージシャンというと?
【アシュリー】 わたしはずっと大のロックファンなの。ロックは自分を表現する自由を与えてくれて、規則もないし、着たいものを着て、言いたいことを言えるところが大好き。特に、80年代に活躍した女性アーティストたちのファンで、例えばジョーン・ジェットやプリテンダーズのクリッシー・ハインド、ブロンディのデボラ・ハリーなんかが、わたしをインスパイアしてくれたわ。’84年生まれのわたしはその世代の人間ではないんだけど、ラジオを通じてハマっちゃったの(笑)。ほかにアラニス・モリセットやフィオナ・アップルも尊敬してる。

――アルバムも間違いなくロック作品に仕上がっていますね。
【アシュリー】 ええ。まさにわたしのハートそのもののアルバムよ。跳ね回って楽しめる部分もあるし、同時にムーディーな面もあるわ。タイトルは『オートバイオグラフィー(自叙伝)』で、19歳の時点での“自叙伝”なのよ。“これが今のわたしの姿で、これまでにこういう経験をしてきたのよ”と語りかけているってわけ。


付き合ってたボーイフレンドと別れたばかりだったから、詞のネタには事欠かなかったわ(笑)

――当初はどんなアイデアを携えて制作に臨んだのですか?
【アシュリー】 着手した当時はグリーン・デイとかAFIとかパンクに入れ込んでたから、そういう雰囲気を反映させたいと考えていたの。でも色々と変化を経てよりポップなロックになって、結果的に良かったと思ってる。

――プロデューサーのジョン・シャンクスも自分の希望で?
【アシュリー】 ええ。ジョンとはソングライティングでもコラボレートしたんだけど、初めて会った日から意気投合して、一緒にやる運命だったような気がしたわ。彼が手掛けたアラニス・モリセットの最新作やミシェル・ブランチの『ホテル・ペイパー』も気に入っていたから、完全に信頼してアルバム作りに取り組めたの。プロダクションについて具体的な話はしなかったし、“楽しんでいいアルバムを作りましょう”としか考えていなくて、その場のノリに任せて出来上がったアルバムなのよ。

――作詞はすべて自ら手掛けていますね。
【アシュリー】 子供の頃から詩をたくさん書いてきたから、どんなことがあっても作詞は自分でやると決めていたのよ。それにアルバムを作り始めた当時、付き合ってたボーイフレンドと別れたばかりで落ち込んでたから、詞のネタには事欠かなかった(笑)。内容は基本的に実体験に根差していて、セラピー代わりになるし、自分の中からイヤな気分を吐き出す手段として便利よね(笑)。

――「シャドウ」という曲では、かつてジェシカに対して抱いていたコンプレックスを歌っていますね。
【アシュリー】 ええ。あれは14歳の時で、わたしは人生で重要な時期を迎えていたの。……確か日本にいて、ちょうど自分のアイデンティティを模索している時で……ある時座って考えこんでしまったのよ。“わたしは誰? どんな人間になりたいの? 何をやりたいの?”と。その時のことを「シャドウ」で回想しているの。なにも“わたしは日陰にいて、なんてかわいそうなの!”と嘆いてるわけじゃない。“わたしはこういう時期を経て自分独自のアイデンティティを見つけた”と歌っているの。すごく辛い時期だったけど、あの年頃ならみんな自分探しの渦中にあるんじゃないかしら?

――昨今のシーンはアヴリル・ラヴィーンを始めロックに根差した若い女性が大勢活躍していますよね。同じ世代として、彼女たちと共感できる部分はありますか?
【アシュリー】 みんな個人的には知らないけど、きっと共感できる部分があるし、彼女たちの活躍を見るのは楽しいわ。ロックでガール・パワーを表しているわけだから。

(インタビュー・文:新谷洋子)
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