HYBE JAPANの傘下レーベル・JCONICが手掛ける新世代J-POPボーイズグループ・aoen(読み:アオエン)が、初の47都道府県ツアー『aoen LIVE TOUR 2026〜青のはじまり47+1〜』を開催中。それに合わせ、オリコンニュースではメンバーへのソロインタビュー企画を展開している。
第6弾には、パフォーマンスリーダーの雅久(GAKU)が登場。ツアー後半に向けた強化期間や、15年間続けてきたダンスへの思いを語る。さらに、2022年のオーディションでデビューを逃して立ち止まった時間、輝(HIKARU)と励まし合った3年間、再挑戦を支えたファンへの感謝、個人活動をaoenへ還元したいという思いを聞いた。
■ツアー後半戦へ、パフォーマンスを徹底強化
――現在、47都道府県ツアーは折り返しを迎えました。ここまで全国を巡り、どのような手応えを感じていますか。
始まる前は、47都道府県を回るのはやっぱり大変だろうなと思っていました。でも、前半を終えてみると、時間があっという間に過ぎた感覚です。どの公演も本当に楽しくて、ステージも始まったと思ったら、気づけば終わっていることが多かったです。あっという間だったと感じるのは、それだけ一公演一公演が充実していたからだと思います。後半もきっとあっという間に終わってしまうと思うので、さらにギアを上げて、楽しみながら駆け抜けたいです。
――ツアーを重ねる中で、aoenのパフォーマンスはどのように成長していますか。
僕はパフォーマンスリーダーを務めているので、前半を終えてから後半が始まるまでの期間に、aoenのダンスについてパフォーマンスディレクターの方に相談しました。「ワークショップを取り入れてほしい」「こういう先生のレッスンを受けたい」「メンバーみんなでこういうジャンルを学びたい」といった希望をすべて伝え、強化期間を設けていただきました。
――具体的には、どのようなことに取り組んだのでしょうか。
4、5日間ほど、毎日2人程度、外部のダンサーの方々に来ていただき、ワークショップを行いました。先生もジャンルも毎日違ったので、僕含めメンバー全員「自分にはこのジャンルが合っているかもしれない」「こういう踊りもあるんだ」と、新しい発見ができたのではないかと思います。みんな強化期間を楽しみながら、しっかりレベルを上げることができたと思うので、後半戦では、また一つ成長した僕たちの姿を見せられたらと思います。
――ボーカル面はいかがでしょうか。
ボーカルも個人でレッスンを受けていますし、グループとしても取り組んでいます。僕たちは「ライブをすごく大切にしたいよね」と話しているので、ライブでの歌もより良くできるよう、今も成長に向けて頑張っている最中です。
■デビューを逃し、立ち止まった半年間
――2022年に参加したオーディション『&AUDITION - The Howling -』では、最終ラウンドまで進みながら、デビューには届きませんでした。当時はどのような気持ちでしたか。
「えっ?」という感じでした。正直、僕はそれが最後だと思っていました。デビューしたい気持ちはありましたが、年齢的にも焦りがあったので、「もう終わったな」と思いました。投票してくださった方がたくさんいたことも知っていたので、ファンの方に対して「申し訳ない」という気持ちが大きくて、「これからどうしよう」と考えていました。
――その後、どのようにしてもう一度デビューを目指すことになったのですか。
16歳の頃からずっと練習生を続け、目標の目前まで来ていたからこそ、それが急に途切れたときに、「自分は何をしたいのだろう」「何をしているんだろう」と分からなくなりました。半年ほど、何にも気持ちが入らないような時期がありました。でも、横には輝(HIKARU)もいましたし、僕が止まってしまったら、次に何も動かない状況だったので、結局は自分次第だと思いました。
――再び前を向く力になったものは何でしたか。
現在、aoring(ファンネーム)として応援してくださっている方の中には、当時から支えてくださっている方もいます。もう一度その方々に会い、必ずお礼を伝えたいと思ったんです。オーディションが終わり、急に表へ姿を見せなくなった僕のことを、落ち込んでいる間もずっと信じて待ち、応援し続けてくださった。そのことが、前を向く励みになりました。「絶対にデビューして恩返しをしたい。自分が皆さんを幸せにしたい」と思いました。
■輝と「2人で迷子」に 励まし合った3年間
――以前、輝さんに話を伺った際、デビューを逃した後について「辞めようかなと思っていた時期もあった。でも、隣を見たら雅久がいた」「雅久の存在がすごく大きかった」と語っていました。当時の雅久さんにとって、輝さんはどのような存在でしたか。
本当に毎日、何をしているのか分からないような状態でした。「何をしに今ここに来ているんだろうね」と話すくらい、2人で落ち込んでいました。2人で迷子になっていましたね。それでも、ダンスは好きでしたし、僕は「見返したい」という気持ちが出てきました。輝とは一緒にやりたいという気持ちもありましたし、輝の魅力も分かっていたので、「今辞めたらもったいないよ」と何度も伝えました。
「これだけ頑張ってきて、今ここで2人とも辞めてしまったら、応援してくださった方たちが報われないんじゃないか。応援してくれているのに、自分たちで勝手に終わらせたら、何も生まれないよね」と話しました。輝も「そうだね」と受け止めてくれて、2人で「もう一度やろう」と決めました。
――お互いの存在が、再び挑戦するための支えになったんですね。
そうですね。お互いに励まし合いながら、3年間を乗り越えました。
■再挑戦でつかんだデビュー
――再挑戦を経て、最終的には輝さんとともにaoenとしてデビューしました。結果が発表されたときは、どのような気持ちでしたか。
自分では「絶対にデビューしよう」と決めていたのですが、気持ちが追いつかなくなる日もありました。それでも、ファンの方のことは信じていましたし、毎日のように頑張ってくださっていることも知っていました。だからこそ、前のオーディションでデビューを逃したときのことが、すべてよみがえってきたんです。
「どうして自分は何もできないんだろう」と毎日のように泣いていました。親にも「帰りたい、帰りたい」と言っていて、「もう20歳なのにな」と思いました。それまでは、親から「寂しい」と言われても、「頑張れる場所があるから頑張る」と前向きに答えていたのですが、そんな僕が「帰りたい」と思うほど、当時は苦しい状況でした。
――その状況から、投票によってデビューが決まったんですね。
喜びよりも、まず驚きの方が大きかったです。「どうして今も自分を応援してくれるんだろう」「2回目なのに、それでも応援してくれるんですか」という、不思議な感覚でした。そこで、ファンの方に対する思いがさらに強くなりました。当時はまだきちんと会えていませんでしたが、「自分を支えてくれるファンの方がいるということは、こんなにも心強いんだ」と感じた瞬間に、いろいろな感情が全部あふれ出しました。今も、そのときの気持ちは忘れていません。もちろん、輝やほかのメンバーも「良かったね」と言ってくれました。でも、それ以上に、ファンの方がこれほど僕を応援し、投票してくださったことに対して、「自分はこんなにすてきな人たちに囲まれているんだ」と思いました。
――デビューメンバー発表前の生放送では、パフォーマンスも披露しました。どのような思いでステージに立っていたのでしょうか。
僕は、それが最後だと思っていました。だから、最後になるかもしれないパフォーマンスで、これまでの「ありがとう」という気持ちを伝えようと思っていました。
■デビューは「通過点」 尽きない向上心
――念願だったデビューを果たした後、aoenとしての日々をどのような気持ちで過ごしてきましたか。
アーティストを目指す上で、デビューはひとつの大きな目標でした。デビューすることが簡単ではないのも分かっていました。でも、デビューはひとつの通過点で、そこからがスタートです。実際にデビューすると、「どうすれば自分たちの音楽や、自分が表現したいことを見せられるのだろう」と、かなり悩みました。
僕は、ひとつできたら終わりではなく、すぐに「次はこれをしたい」ということがたくさん出てくるタイプです。「あれもしたい、これもしたい」と、どんどんやりたいことが溢れてきて、自分の中の感情はかなり忙しかったです。
それでも、メンバーと一緒に、一つひとつ少しずつ進めている感覚もありました。一方で、「今はあまりうまくいっていないな」と感じることもありました。デビュー1年目にして、さまざまな壁にぶつかった1年だったと思います。
■15年間続けたダンス 学んだ仲間の大切さ
――6歳から約15年間、ダンスを続けていますが、これほど長く続けてこられた理由は何ですか。
ダンスを愛していたから、辞めようという気持ちにならないんです。自分の記憶がまだはっきりしていないころから踊っていたようなので、頭で考えるのではなく、本当に心から踊りたくて踊っているのだと思います。ずっと好きで、「もっと上に行きたい」という気持ちがありました。
当時習っていた先生も、当時からすごい方でしたが、今はさらにすごい存在になっています。「その先生のようになりたい」という明確なロールモデルがあり、ずっと背中を追いかけていました。環境にも恵まれていましたし、僕自身、好きなことはとことん極めたいタイプなので、そうしたものが重なって、ここまで続けてこられたのだと思います。
――技術以外に、ダンスから教わったものはありますか。
仲間の大切さです。ダンサーとして活動していた頃からグループでも踊っていましたし、ソロで踊ることもありました。その中で、一緒に切磋琢磨(せっさたくま)できる仲間やライバルの存在は、自分を何よりも強くしてくれると感じました。1人で黙々と取り組むことでも上達できると思います。でも、お互いに良い関係で競い合うことで、1人では気づけなかったことにも気づかせてもらえます。
特にダンスには、「こういう踊りが正解」「こういう踊りは違う」という決まりがありません。踊りを通して、お互いに会話しているような感覚があります。もちろんダンスそのものも好きですが、言葉を交わさなくても会話できている感覚や、そういう関係性がすごく好きです。ダンスを続けてきて良かったと思える部分です。
――パフォーマンスリーダーとして、aoenのパフォーマンスの魅力や特徴をどのように捉えていますか。
正直、まだまだだと思っています。自分も含め、もっと成長したいですし、もっとうまくなりたいです。その上で、僕たちの魅力は、ステージを心から楽しんでいるところだと思います。もちろん、めちゃくちゃ緊張しますし、ステージに上がる前に「今日、めっちゃ緊張する」とメンバー同士で話すこともあります。でも、ステージを終えた後には「楽しかったね」という言葉が飛び交うことが多いです。ステージを心から楽しんでいることが、僕たちのパフォーマンスの一番の魅力だと思います。
■赤坂ミニマラソンで2位 個人の挑戦をaoenへ還元
――TBSの赤坂ミニマラソンでは、2位という結果を残しました。走っている最中は、どのようなことを考えていましたか。
ファンの方が応援してくださっていましたし、メンバーもテレビで見てくれていたんです。輝は直前まで「見るわ」「頑張って」と連絡をくれました。スタートラインにはaoringの方々もいて、応援ボードを持ってくださっている姿を見たら、「絶対に今日、良い結果を残して報告したい」と思いました。
正直、人生で5キロも走ったことがなかったんです。それに、心臓破りの坂ですよ。もう「オーマイガー」という感じでした。でも、止まれませんでした。抜かれたくなかったですし、「良い結果を残したら、aoringが喜んでくれるかな」「メンバーも待ってくれている」と思っていました。体力的にはつらいはずなのに、心は生き生きしていました。体力を消耗する一方で、気持ちはどんどん上がっていって、とにかく抜かれたくない一心で走っていました。
そして、僕をきっかけに「aoenというグループなんだ」「どんなグループなんだろう」と、少しでも興味を持っていただきたいと思って走り続けました。「今走っている子、ボーイズグループのメンバーなんだ」「aoenって何だろう」と思ってもらえたらいいなと思います。「僕は、aoenの雅久です」ということを一番に出したいです。チームに還元できるからこそ、個人の仕事も頑張れているのだと思います。
――1位は、パリ五輪入賞・赤崎暁さんでしたが、2位でゴールした瞬間は、どのような気持ちでしたか。
うれしかったですし、悔しかったです。世界で活躍されている方のレベルを目の当たりにして、「こんなにすごいんだ」と感じました。僕は陸上を続けてきたわけではなく、なぜか足が速かっただけのタイプなので、まずは「よく走り切ったな」と思いました。でも、負けず嫌いなので、めちゃくちゃ悔しかったです。「また機会があったら出たい」と、すぐに次のことを考えていました。次は1位を取りたいです。
コースの途中でスタジオを通ったときも、皆さんがずっと応援してくださいました。あの応援がなければ、2位にはなれなかったと思います。その場にいた皆さん、駆けつけてくださったファンの方、そして信じて待ってくれたメンバーに感謝しました。
■全国の思いをつなぎ、東京ガーデンシアターへ
――47都道府県ツアーのファイナルは、aoenにとって過去最大規模となる東京ガーデンシアターです。今、どのような景色を思い描いていますか。
ツアーでは、来場してくださった方に青く光るリング型のアイテムをお配りしているのですが、その光が東京ガーデンシアターいっぱいに広がる景色を見たいです。頭の中では、もう見えているんですよ。「めっちゃきれいだろうな」「感動するだろうな」と想像しています。実際に目にする景色は、自分が思い描いているものよりも、はるかにきれいだと思います。その景色を見るために、頑張ろうという気持ちでいっぱいです。
――東京ガーデンシアターでは、どのような姿を見せたいですか。
ツアーの前半と後半では、披露する曲が入れ替わっています。東京ガーデンシアターでは、ライブハウスとはまた違った、もっと特別感が出る演出やセットリストにするためにどんなことができるかと、いろいろ考えています。自分たちでも公演の構成を練り、セットリストを組んでいるので、前半と後半の集大成をお見せしたいです。これまでのステージも全部全力で取り組んでいますが、それよりも、さらに一つ飛び抜けた僕たちをお見せしたいと思っています。
僕は、このツアーをよくリレーに例えています。47都道府県を巡りながら、一つの会場から次の会場へ、たすきをつないでいくようなイメージです。前半の公演で受け取った思いを後半へつなぎ、後半も各地を巡りながら、日本中で待ってくださっていたaoringの皆さんの思いをつないでいく。そして、最後の東京ガーデンシアターで、そのすべてを爆発させられたらと思います。
――ツアーファイナルの先に、メンバーとかなえたい目標や、なりたいアーティスト像はありますか。
今は、東京ガーデンシアターのことに集中しています。質問していただいて、「来年は何年だっけ…2027年か」と考えたくらい、その先のことは、まだはっきりとは浮かんでいません。まずは東京ガーデンシアターをいっぱいにして、47都道府県を巡った今年を、日本中の皆さんと一緒に良い思い出にして締めくくりたい。そのことだけに集中して、みんなで頑張っています。
それを達成し、良い景色に出会えたときに、「次はこれをしたい」という新しい目標が浮かんでくると思います。自分の中からどのような思いが出てくるのか、僕自身も楽しみです。
■演技、バラエティ、スポーツへ 広がる挑戦
――パフォーマンス以外の分野にも、挑戦していきたいという気持ちはありますか。
パフォーマンスはめちゃくちゃ大好きですし、歌もダンスも好きなので、これからも成長し続けたいという気持ちは大きいです。ただ、自分の性格として、本当にいろいろなことに興味が湧くんです。「これもしたい」「あれもしたい」となるので、個人としても、もっと成長して、aoenに還元できるようになりたいです。
ありがたいことに、ショートドラマに出演させていただくなど、演技も少しずつ勉強している最中です。演技だけでなく、僕は話すこともめっちゃ好きなので、バラエティー番組にもたくさん出演したいです。機会があれば、もう一度スポーツの企画にも挑戦して、今度は1位を取りたいです。本当にやりたいことがたくさんあるので、少しずつ、さまざまなことに挑戦できる自分になりたいと思います。
――最後に、aoringの皆さんへメッセージをお願いします。
デビュー1年目から2年目に入り、aoenとして成長できた部分もありますし、個人でも新しいことに挑戦させていただいています。先日、日本テレビ系連続ドラマ『仮面教師〜妻を亡くしたその日から』への出演も解禁されましたが、演技の仕事については、ずっと早く皆さんに伝えたかったことです。「今、こんなことを頑張っているんだよ」と、早くお見せしたいと思っていました。やっと正式に伝えられることが、すごくうれしいです。これからのaoenの活動はもちろん、僕自身の成長にも注目して、楽しみに待っていていただけたらうれしいです。
【編集後記】
「よろしくお願いいたします!」と元気よく現れた雅久。質問が始まると、頭に浮かんだ思いを逃すまいとするように、言葉を次々とつないでいった。特に、パフォーマンスや赤坂ミニマラソンの話題になると、その勢いはさらに加速。ツアー後半に向けた強化期間を自ら提案し、ミニマラソンの2位にも満足せず、早くも次の1位を見据える姿は、今から反省会が始まるのかと思うほどストイックで真剣だった。
しかし、そのストイックさは、自分一人のためだけに向けられたものではない。個人の仕事を通してaoenを知ってもらいたい、パフォーマンスリーダーとしてメンバー全員の力を高めたい。どの話題の先にも、6人のメンバーとaoringの存在があった。
一方、デビューを逃して立ち止まった時期や、輝と「2人で迷子」になった時間については、当時の苦しさをたどるように、丁寧に言葉を選んでいた。明るくエネルギッシュな姿の奥には、何度も迷い、それでも周囲の支えを力に変えて前へ進んできた強さがある。
一つできたら終わりではなく、すぐに次にしたいことが出てくると語った雅久。東京ガーデンシアターの先で、今度はどのような目標を見つけ、どれほどの勢いで走り始めるのか。次なる挑戦が、早くも楽しみになるインタビューとなった。
第6弾には、パフォーマンスリーダーの雅久(GAKU)が登場。ツアー後半に向けた強化期間や、15年間続けてきたダンスへの思いを語る。さらに、2022年のオーディションでデビューを逃して立ち止まった時間、輝(HIKARU)と励まし合った3年間、再挑戦を支えたファンへの感謝、個人活動をaoenへ還元したいという思いを聞いた。
■ツアー後半戦へ、パフォーマンスを徹底強化
――現在、47都道府県ツアーは折り返しを迎えました。ここまで全国を巡り、どのような手応えを感じていますか。
始まる前は、47都道府県を回るのはやっぱり大変だろうなと思っていました。でも、前半を終えてみると、時間があっという間に過ぎた感覚です。どの公演も本当に楽しくて、ステージも始まったと思ったら、気づけば終わっていることが多かったです。あっという間だったと感じるのは、それだけ一公演一公演が充実していたからだと思います。後半もきっとあっという間に終わってしまうと思うので、さらにギアを上げて、楽しみながら駆け抜けたいです。
――ツアーを重ねる中で、aoenのパフォーマンスはどのように成長していますか。
僕はパフォーマンスリーダーを務めているので、前半を終えてから後半が始まるまでの期間に、aoenのダンスについてパフォーマンスディレクターの方に相談しました。「ワークショップを取り入れてほしい」「こういう先生のレッスンを受けたい」「メンバーみんなでこういうジャンルを学びたい」といった希望をすべて伝え、強化期間を設けていただきました。
――具体的には、どのようなことに取り組んだのでしょうか。
4、5日間ほど、毎日2人程度、外部のダンサーの方々に来ていただき、ワークショップを行いました。先生もジャンルも毎日違ったので、僕含めメンバー全員「自分にはこのジャンルが合っているかもしれない」「こういう踊りもあるんだ」と、新しい発見ができたのではないかと思います。みんな強化期間を楽しみながら、しっかりレベルを上げることができたと思うので、後半戦では、また一つ成長した僕たちの姿を見せられたらと思います。
――ボーカル面はいかがでしょうか。
ボーカルも個人でレッスンを受けていますし、グループとしても取り組んでいます。僕たちは「ライブをすごく大切にしたいよね」と話しているので、ライブでの歌もより良くできるよう、今も成長に向けて頑張っている最中です。
――2022年に参加したオーディション『&AUDITION - The Howling -』では、最終ラウンドまで進みながら、デビューには届きませんでした。当時はどのような気持ちでしたか。
「えっ?」という感じでした。正直、僕はそれが最後だと思っていました。デビューしたい気持ちはありましたが、年齢的にも焦りがあったので、「もう終わったな」と思いました。投票してくださった方がたくさんいたことも知っていたので、ファンの方に対して「申し訳ない」という気持ちが大きくて、「これからどうしよう」と考えていました。
――その後、どのようにしてもう一度デビューを目指すことになったのですか。
16歳の頃からずっと練習生を続け、目標の目前まで来ていたからこそ、それが急に途切れたときに、「自分は何をしたいのだろう」「何をしているんだろう」と分からなくなりました。半年ほど、何にも気持ちが入らないような時期がありました。でも、横には輝(HIKARU)もいましたし、僕が止まってしまったら、次に何も動かない状況だったので、結局は自分次第だと思いました。
――再び前を向く力になったものは何でしたか。
現在、aoring(ファンネーム)として応援してくださっている方の中には、当時から支えてくださっている方もいます。もう一度その方々に会い、必ずお礼を伝えたいと思ったんです。オーディションが終わり、急に表へ姿を見せなくなった僕のことを、落ち込んでいる間もずっと信じて待ち、応援し続けてくださった。そのことが、前を向く励みになりました。「絶対にデビューして恩返しをしたい。自分が皆さんを幸せにしたい」と思いました。
■輝と「2人で迷子」に 励まし合った3年間
――以前、輝さんに話を伺った際、デビューを逃した後について「辞めようかなと思っていた時期もあった。でも、隣を見たら雅久がいた」「雅久の存在がすごく大きかった」と語っていました。当時の雅久さんにとって、輝さんはどのような存在でしたか。
本当に毎日、何をしているのか分からないような状態でした。「何をしに今ここに来ているんだろうね」と話すくらい、2人で落ち込んでいました。2人で迷子になっていましたね。それでも、ダンスは好きでしたし、僕は「見返したい」という気持ちが出てきました。輝とは一緒にやりたいという気持ちもありましたし、輝の魅力も分かっていたので、「今辞めたらもったいないよ」と何度も伝えました。
「これだけ頑張ってきて、今ここで2人とも辞めてしまったら、応援してくださった方たちが報われないんじゃないか。応援してくれているのに、自分たちで勝手に終わらせたら、何も生まれないよね」と話しました。輝も「そうだね」と受け止めてくれて、2人で「もう一度やろう」と決めました。
――お互いの存在が、再び挑戦するための支えになったんですね。
そうですね。お互いに励まし合いながら、3年間を乗り越えました。
■再挑戦でつかんだデビュー
――再挑戦を経て、最終的には輝さんとともにaoenとしてデビューしました。結果が発表されたときは、どのような気持ちでしたか。
自分では「絶対にデビューしよう」と決めていたのですが、気持ちが追いつかなくなる日もありました。それでも、ファンの方のことは信じていましたし、毎日のように頑張ってくださっていることも知っていました。だからこそ、前のオーディションでデビューを逃したときのことが、すべてよみがえってきたんです。
「どうして自分は何もできないんだろう」と毎日のように泣いていました。親にも「帰りたい、帰りたい」と言っていて、「もう20歳なのにな」と思いました。それまでは、親から「寂しい」と言われても、「頑張れる場所があるから頑張る」と前向きに答えていたのですが、そんな僕が「帰りたい」と思うほど、当時は苦しい状況でした。
――その状況から、投票によってデビューが決まったんですね。
喜びよりも、まず驚きの方が大きかったです。「どうして今も自分を応援してくれるんだろう」「2回目なのに、それでも応援してくれるんですか」という、不思議な感覚でした。そこで、ファンの方に対する思いがさらに強くなりました。当時はまだきちんと会えていませんでしたが、「自分を支えてくれるファンの方がいるということは、こんなにも心強いんだ」と感じた瞬間に、いろいろな感情が全部あふれ出しました。今も、そのときの気持ちは忘れていません。もちろん、輝やほかのメンバーも「良かったね」と言ってくれました。でも、それ以上に、ファンの方がこれほど僕を応援し、投票してくださったことに対して、「自分はこんなにすてきな人たちに囲まれているんだ」と思いました。
――デビューメンバー発表前の生放送では、パフォーマンスも披露しました。どのような思いでステージに立っていたのでしょうか。
僕は、それが最後だと思っていました。だから、最後になるかもしれないパフォーマンスで、これまでの「ありがとう」という気持ちを伝えようと思っていました。
■デビューは「通過点」 尽きない向上心
――念願だったデビューを果たした後、aoenとしての日々をどのような気持ちで過ごしてきましたか。
アーティストを目指す上で、デビューはひとつの大きな目標でした。デビューすることが簡単ではないのも分かっていました。でも、デビューはひとつの通過点で、そこからがスタートです。実際にデビューすると、「どうすれば自分たちの音楽や、自分が表現したいことを見せられるのだろう」と、かなり悩みました。
僕は、ひとつできたら終わりではなく、すぐに「次はこれをしたい」ということがたくさん出てくるタイプです。「あれもしたい、これもしたい」と、どんどんやりたいことが溢れてきて、自分の中の感情はかなり忙しかったです。
それでも、メンバーと一緒に、一つひとつ少しずつ進めている感覚もありました。一方で、「今はあまりうまくいっていないな」と感じることもありました。デビュー1年目にして、さまざまな壁にぶつかった1年だったと思います。
■15年間続けたダンス 学んだ仲間の大切さ
――6歳から約15年間、ダンスを続けていますが、これほど長く続けてこられた理由は何ですか。
ダンスを愛していたから、辞めようという気持ちにならないんです。自分の記憶がまだはっきりしていないころから踊っていたようなので、頭で考えるのではなく、本当に心から踊りたくて踊っているのだと思います。ずっと好きで、「もっと上に行きたい」という気持ちがありました。
当時習っていた先生も、当時からすごい方でしたが、今はさらにすごい存在になっています。「その先生のようになりたい」という明確なロールモデルがあり、ずっと背中を追いかけていました。環境にも恵まれていましたし、僕自身、好きなことはとことん極めたいタイプなので、そうしたものが重なって、ここまで続けてこられたのだと思います。
――技術以外に、ダンスから教わったものはありますか。
仲間の大切さです。ダンサーとして活動していた頃からグループでも踊っていましたし、ソロで踊ることもありました。その中で、一緒に切磋琢磨(せっさたくま)できる仲間やライバルの存在は、自分を何よりも強くしてくれると感じました。1人で黙々と取り組むことでも上達できると思います。でも、お互いに良い関係で競い合うことで、1人では気づけなかったことにも気づかせてもらえます。
特にダンスには、「こういう踊りが正解」「こういう踊りは違う」という決まりがありません。踊りを通して、お互いに会話しているような感覚があります。もちろんダンスそのものも好きですが、言葉を交わさなくても会話できている感覚や、そういう関係性がすごく好きです。ダンスを続けてきて良かったと思える部分です。
――パフォーマンスリーダーとして、aoenのパフォーマンスの魅力や特徴をどのように捉えていますか。
正直、まだまだだと思っています。自分も含め、もっと成長したいですし、もっとうまくなりたいです。その上で、僕たちの魅力は、ステージを心から楽しんでいるところだと思います。もちろん、めちゃくちゃ緊張しますし、ステージに上がる前に「今日、めっちゃ緊張する」とメンバー同士で話すこともあります。でも、ステージを終えた後には「楽しかったね」という言葉が飛び交うことが多いです。ステージを心から楽しんでいることが、僕たちのパフォーマンスの一番の魅力だと思います。
■赤坂ミニマラソンで2位 個人の挑戦をaoenへ還元
――TBSの赤坂ミニマラソンでは、2位という結果を残しました。走っている最中は、どのようなことを考えていましたか。
ファンの方が応援してくださっていましたし、メンバーもテレビで見てくれていたんです。輝は直前まで「見るわ」「頑張って」と連絡をくれました。スタートラインにはaoringの方々もいて、応援ボードを持ってくださっている姿を見たら、「絶対に今日、良い結果を残して報告したい」と思いました。
正直、人生で5キロも走ったことがなかったんです。それに、心臓破りの坂ですよ。もう「オーマイガー」という感じでした。でも、止まれませんでした。抜かれたくなかったですし、「良い結果を残したら、aoringが喜んでくれるかな」「メンバーも待ってくれている」と思っていました。体力的にはつらいはずなのに、心は生き生きしていました。体力を消耗する一方で、気持ちはどんどん上がっていって、とにかく抜かれたくない一心で走っていました。
そして、僕をきっかけに「aoenというグループなんだ」「どんなグループなんだろう」と、少しでも興味を持っていただきたいと思って走り続けました。「今走っている子、ボーイズグループのメンバーなんだ」「aoenって何だろう」と思ってもらえたらいいなと思います。「僕は、aoenの雅久です」ということを一番に出したいです。チームに還元できるからこそ、個人の仕事も頑張れているのだと思います。
――1位は、パリ五輪入賞・赤崎暁さんでしたが、2位でゴールした瞬間は、どのような気持ちでしたか。
うれしかったですし、悔しかったです。世界で活躍されている方のレベルを目の当たりにして、「こんなにすごいんだ」と感じました。僕は陸上を続けてきたわけではなく、なぜか足が速かっただけのタイプなので、まずは「よく走り切ったな」と思いました。でも、負けず嫌いなので、めちゃくちゃ悔しかったです。「また機会があったら出たい」と、すぐに次のことを考えていました。次は1位を取りたいです。
コースの途中でスタジオを通ったときも、皆さんがずっと応援してくださいました。あの応援がなければ、2位にはなれなかったと思います。その場にいた皆さん、駆けつけてくださったファンの方、そして信じて待ってくれたメンバーに感謝しました。
■全国の思いをつなぎ、東京ガーデンシアターへ
――47都道府県ツアーのファイナルは、aoenにとって過去最大規模となる東京ガーデンシアターです。今、どのような景色を思い描いていますか。
ツアーでは、来場してくださった方に青く光るリング型のアイテムをお配りしているのですが、その光が東京ガーデンシアターいっぱいに広がる景色を見たいです。頭の中では、もう見えているんですよ。「めっちゃきれいだろうな」「感動するだろうな」と想像しています。実際に目にする景色は、自分が思い描いているものよりも、はるかにきれいだと思います。その景色を見るために、頑張ろうという気持ちでいっぱいです。
――東京ガーデンシアターでは、どのような姿を見せたいですか。
ツアーの前半と後半では、披露する曲が入れ替わっています。東京ガーデンシアターでは、ライブハウスとはまた違った、もっと特別感が出る演出やセットリストにするためにどんなことができるかと、いろいろ考えています。自分たちでも公演の構成を練り、セットリストを組んでいるので、前半と後半の集大成をお見せしたいです。これまでのステージも全部全力で取り組んでいますが、それよりも、さらに一つ飛び抜けた僕たちをお見せしたいと思っています。
僕は、このツアーをよくリレーに例えています。47都道府県を巡りながら、一つの会場から次の会場へ、たすきをつないでいくようなイメージです。前半の公演で受け取った思いを後半へつなぎ、後半も各地を巡りながら、日本中で待ってくださっていたaoringの皆さんの思いをつないでいく。そして、最後の東京ガーデンシアターで、そのすべてを爆発させられたらと思います。
――ツアーファイナルの先に、メンバーとかなえたい目標や、なりたいアーティスト像はありますか。
今は、東京ガーデンシアターのことに集中しています。質問していただいて、「来年は何年だっけ…2027年か」と考えたくらい、その先のことは、まだはっきりとは浮かんでいません。まずは東京ガーデンシアターをいっぱいにして、47都道府県を巡った今年を、日本中の皆さんと一緒に良い思い出にして締めくくりたい。そのことだけに集中して、みんなで頑張っています。
それを達成し、良い景色に出会えたときに、「次はこれをしたい」という新しい目標が浮かんでくると思います。自分の中からどのような思いが出てくるのか、僕自身も楽しみです。
■演技、バラエティ、スポーツへ 広がる挑戦
――パフォーマンス以外の分野にも、挑戦していきたいという気持ちはありますか。
パフォーマンスはめちゃくちゃ大好きですし、歌もダンスも好きなので、これからも成長し続けたいという気持ちは大きいです。ただ、自分の性格として、本当にいろいろなことに興味が湧くんです。「これもしたい」「あれもしたい」となるので、個人としても、もっと成長して、aoenに還元できるようになりたいです。
ありがたいことに、ショートドラマに出演させていただくなど、演技も少しずつ勉強している最中です。演技だけでなく、僕は話すこともめっちゃ好きなので、バラエティー番組にもたくさん出演したいです。機会があれば、もう一度スポーツの企画にも挑戦して、今度は1位を取りたいです。本当にやりたいことがたくさんあるので、少しずつ、さまざまなことに挑戦できる自分になりたいと思います。
――最後に、aoringの皆さんへメッセージをお願いします。
デビュー1年目から2年目に入り、aoenとして成長できた部分もありますし、個人でも新しいことに挑戦させていただいています。先日、日本テレビ系連続ドラマ『仮面教師〜妻を亡くしたその日から』への出演も解禁されましたが、演技の仕事については、ずっと早く皆さんに伝えたかったことです。「今、こんなことを頑張っているんだよ」と、早くお見せしたいと思っていました。やっと正式に伝えられることが、すごくうれしいです。これからのaoenの活動はもちろん、僕自身の成長にも注目して、楽しみに待っていていただけたらうれしいです。
【編集後記】
「よろしくお願いいたします!」と元気よく現れた雅久。質問が始まると、頭に浮かんだ思いを逃すまいとするように、言葉を次々とつないでいった。特に、パフォーマンスや赤坂ミニマラソンの話題になると、その勢いはさらに加速。ツアー後半に向けた強化期間を自ら提案し、ミニマラソンの2位にも満足せず、早くも次の1位を見据える姿は、今から反省会が始まるのかと思うほどストイックで真剣だった。
しかし、そのストイックさは、自分一人のためだけに向けられたものではない。個人の仕事を通してaoenを知ってもらいたい、パフォーマンスリーダーとしてメンバー全員の力を高めたい。どの話題の先にも、6人のメンバーとaoringの存在があった。
一方、デビューを逃して立ち止まった時期や、輝と「2人で迷子」になった時間については、当時の苦しさをたどるように、丁寧に言葉を選んでいた。明るくエネルギッシュな姿の奥には、何度も迷い、それでも周囲の支えを力に変えて前へ進んできた強さがある。
一つできたら終わりではなく、すぐに次にしたいことが出てくると語った雅久。東京ガーデンシアターの先で、今度はどのような目標を見つけ、どれほどの勢いで走り始めるのか。次なる挑戦が、早くも楽しみになるインタビューとなった。
このニュースの流れをチェック
- 1. aoen・琉楓(RUKA)、4歳から追い続けた夢「どんな泥臭いことでも絶対やり切れます」 アーティストになるために工業高校へ【ソロインタビュー企画第1弾】
- 2. aoen・輝(HIKARU)、雅久(GAKU)と誓った“もう一度” 「まだ足りない」と語る現在地【ソロインタビュー企画第2弾】
- 3. aoen・颯太(SOTA)、スカウトで人生一変「aoenに入ったのは運命」 早大進学と両立した努力の日々【ソロインタビュー企画第3弾】
- 4. aoen・礼央(REO)、「Euphoria」に救われアーティストの道へ Jung Kookへの憧れと5年間の練習生生活【ソロインタビュー企画第4弾】
- 5. aoen・優樹(YUJU)、“最後のチャンス”でつかんだデビュー “遠回り”が育んだ誠実さ【ソロインタビュー企画第5弾】
- 6. aoen・雅久(GAKU)、デビューを逃した過去も力に 輝(HIKARU)と励まし合った3年と尽きない向上心【ソロインタビュー企画第6弾】
2026/10/01





