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【インタビュー】中島みゆき、動乱の時期に生まれたアルバム『世界が違って見える日』に見えた希望

 中島みゆきの歌はなぜ時を超えて共感され続けているのか――。
 2020年1月に発売のアルバム『CONTRALTO』以来の、通算44枚目のオリジナルアルバム『世界が違って見える日』は、そんな質問に対する答えのようなアルバムではないだろうか。前作から3年余り。「コンサート活動を辞めるわけではないけれど負担の大きい全国ツアーはこれで最後」と臨んだ『中島みゆき2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』はコロナ禍で3分の1を終えたところで中止。その後に悪化の一途をたどった感染状況と22年に始まったウクライナ戦争も含め、未曽有の激動の時代に入ってしまった。新作は、そんな時間の中で生まれたアルバムである。

中島みゆき、3年2ヶ月ぶりにオリジナルアルバム『世界が違って見える日』発売

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■動乱の時期「世の中が目まぐるし過ぎまして、なかなか歌が追い付かない」

 中島みゆきのアルバムはデモテープの段階で曲順までが決まった形でプロデューサーの瀬尾一三のところに届くのが通例になっている。今回もそういう形だったのだろうか。そこに至るまでにはどんな試行錯誤があったのだろうか。

「色々ありましたね。動乱の時期ですからね。世の中が目まぐるし過ぎまして、なかなか歌が追い付かないんですね。アルバムに入れようと思って歌が出来上がっても、世の中がどんどん変わって行った時に相応しくなくなることってあるのね。これだと別の意味に取られるかもしれないなと。そういうことがいっぱいありましたね。この曲をと思った曲が今は違うかなと思って抜いたら全体が変わってきてしまって、また全部を入れ替えるみたいなことはたくさんありました」

 何よりも、倶に走っていこう、走り継いでいこうと歌われている1曲目の「倶(とも)に」がアルバム全体を物語っているように思った。“友に”と“共に”の2つの意味が込められている。彼女の歌には1979年の「裸足で走れ」や2011年の「荒野より」など“走ること”をテーマにした曲は何曲かある。でも、「倶(とも)に」のように走り継いでいこう、と歌ったのは初めてだろう。それも“誰かと一緒に”走るのだから。

「その“一緒に”っていうところの英訳を何回も打ち合わせして直したんです。このお互いの距離感というのはなんなんだ、っていうところですね。お手手繋いで一緒に走るっていうんじゃないから。隣にはいないかもしれないけどきっと君も走ってるっていう距離感を英語で何て言うのって(笑)。“with you”とか言っちゃうと違っちゃうんですよね、情景が。お手手繋いで走ってることになっちゃう。英訳してくれる河原希早子さんが散々悩んで訳してくれました」

 さりげない1つの言葉も疎かにしない。そんな丁寧な気遣いが一貫している。いくつもの解釈が可能であり最終的には聴き手に委ねられる。“言えること”と“言い過ぎないこと”、そのぎりぎりで選び抜かれた曲が並んでいる。

 工藤静香に書いた「島より」にも具体的な場所は出てこない。どこの島かはアレンジのエスニック感から想像するしかない。やはりクミコに提供した「十年」はシャンソン風に生まれ変わっていた。

「島と言っても利尻島も島だし地中海にも島はある(笑)。世界中にありますからね。音を作る時に“南にしたいな”とは言いましたね。北はちょっと寒いかなと(笑)。「十年」はクミコさんに渡したのと最後が1ヶ所だけ違うの。彼女は“咲いていた”。私のは“咲いている”。“いた”だとその“十年”は随分前になるの。それを思い返してるのがクミコさん。“いる”は“今”なのね。その方が執念深く見えるでしょ。しつこい女だなって感じの歌になるのよね(笑)」

中島みゆき

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吉田拓郎との歴史的共演「ソーシャルディスタンスはちょっとぶっ飛ばしました」

 アルバムの自然な流れも今回の聴きどころの1つだろう。倶に走っていこう、走り継いでいこう、と歌った1曲目の「倶(とも)に」が、それぞれの曲に受け継がれているように聴こえる。4曲目の「乱世(らんせ)」は動乱の時代を生きている若者たちへのエールのようだ。去年、アルバムの情報がまだほとんど明かされていなかった時期に、音楽活動引退を表明した吉田拓郎が、自分のラジオで参加したことを明かしてしまったことが話題になった。その曲が彼の歌とギターが聴けるのが5曲目の「体温」である。同じ時代を走り続けてきた僚友と言っていいかもしれない。

「あれは拓郎さんと瀬尾さんがやりとりをしている中でポコッと出てきて、2人で盛り上がった話のようで。レコーデイングが始まってから瀬尾さんが“タクちゃんがね、このアルバムに参加したいって言ってるんだけど”って。降って湧いたような話(笑)。それはありがたいけどどの曲にするの、ということで「体温」になった。この曲なら一緒に歌っても成立するねって。で、一緒に歌ってもらったはずなんだけど、ギターとか声が出てきた途端、このアルバムって吉田さんのアルバムだっけって。一気に吉田さんのアルバムになっちゃいましたね。やっぱり存在感とんでもないですね」

「当日はスタジオの中で瀬尾さんと吉田さんの漫才が止まることなく。明日の朝まで続くんだろうか(笑)。思い出話どころか今の話ね。『M-1グランプリ』というんだっけ。あんな感じですもん。周りはいつ歌うのだろうって息を飲んで見てるだけ。延々漫才やってましたよ(笑)」

 中島みゆきと吉田拓郎の共演は、06年に吉田拓郎とかぐや姫が静岡県掛川市の「つま恋多目的広場」で行った『吉田拓郎 & かぐや姫 Concert in つま恋 2006』に彼女がシークレットゲストで登場、拓郎のために書き下ろした「永遠の嘘をついてくれ」を一緒に歌ったことが伝説化している。

 拓郎は今回の再会について、自分のラジオ番組で「スタジオでハグした」と語っていた。コロナ禍で人に会うことが出来ない時間が続く中で実現した、歴史的共演への想いの強さを感じた人は多かったはずだ。

「直接お目にかかったのは久々でしたからね。ソーシャルディスタンスはちょっとぶっ飛ばしましたけど、はっと我に返って、“すみません、ソーシャルディスタンスでした!”って。私ったら漫画みたいでした(笑)」

中島みゆき

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■長年温めていた“鶫”「口を噤むという意味を裏に込めているんじゃないの、って」

 アルバムのどの曲にもこの3年間を感じ取ることが出来る。でも、具体的な「コロナ」も「戦争」も出てこない。22年という年号にとらわれない表現や俯瞰した比喩が使われている。その向こうにある普遍的なことが歌われている。

 人と人の「距離」や「気配」を歌った曲が並んだアルバムの前半は6曲目の「童話」を境にそうしたトーンが強くなる。今の世界が僕らの子供の頃に読んだ絵本やお伽噺の世界とは全く違っていることは誰もが思っていることだろう。「正義は勝つ」「正直な人は報われる」などの言葉が何と空々しいことか。童話は童話であり、世界(現実)とは異なることを、子供たちに何と言えばいいのか、と歌われている。

「今、紙の本屋さんがどんどん成り立たなくなってるし。今時のお母さんは子供の横でスマホで絵を見せて“むかしむかし”って言うのかしら。それってどうよ(笑)。あの大きさにはなってほしくないなあ。絵本はやっぱり嵩張るものであってほしいなあ。スマホの絵本はいかんよ(笑)」

 「童話」は、その後の7曲目「噤(つぐみ)」、8曲目の「心月(つき)」と続いている。瀬尾一三の言葉を借りれば“三部作”だ。「カモメ」や「すずめ」「この空を飛べたら」など、彼女の曲には鳥を歌ったものが多いが“鶫”(つぐみ)は初めてだろう。

 それも口を噤(つぐ)むという意味の漢字が使われている。口を噤んだままで逐われていく、帰る場所を奪われた渡り鳥は、「心月」を捜している。オーケストラとコーラスが入った劇的なスケールは彼女の代名詞の1つでもある音楽劇『夜会』のフィナーレを思わせた。

「「噤(つぐみ)」は「心月(つき)」のイントロ扱いですからね。「時代」の“今はこんなーに”という扱いが「噤」ね(笑)。“鶫”は今まで出してないと思います。いつか出すぞとは何十年も前から思ってました。最初から“噤”っていう字でしたね。属性として「ツグミ(鶫)」という学術的な名前はあったにしても口を“噤(つぐ)む”という意味を裏に込めてるんじゃないのっていう」

「ただ、それを出すべき位置が見つからなかったんだけど、「心月(つき)」のイントロとしてだったらわかりやすいかなと思って。「心月」(※)も素材としていきなり湧いて出たわけではないけど、形が整ったのはこの頃ですね。これも英訳が大変だろうなって思った」

「昔の仏像を今CTスキャンで見たりするとその体の中にあるんですね。心月を置くための場所が。最初は研究者の方も分からなかったらしいんです。蓮の花でも咲いたのかとか。迷ったらしいんですけど、今のところ「心月」を置くための座にということらしくて」

 「心月」と書いて“つき”と読む。人の心の中に“月”がある。
 1曲目の「倶(とも)に」では、“灯火”が歌われている。お互いの生きる気配を1つの“灯火”に例えて歌っている。

中島みゆき

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■動乱の時を経て生まれたアルバム「着地しなかった感が今は満載(笑)。続きを書かなきゃ」

 横殴りの雨の中を走りだし「心月」を探してきたアルバムは、「天女の話」「夢の京(みやこ)」で終わる。「天女の話」は、自分のことよりも人のことを心配する天女のような、心斎橋まで1時間の場所に住む女性の歌。「夢の京(みやこ)」は、花が咲き鳥や樹々が歌い小さな若木が背伸びをする夢の国を歌っている。

 今、地上にそんな京があるだろうか。「倶(とも)に」で始まり「夢の京(みやこ)」にたどり着く。歌が追い付かない動乱の時を経て生まれたアルバムが、見事に着地したように思った。でも、彼女はこう言った。

「作ってる時は着地しそうかな、と思ったんだけど着地しなかった。続きを書かなきゃ。着地しなかった感が今は満載(笑)。でも、一応は緞帳はおりましたけどね。もう1回、緞帳を持ち上げさせてください、みたいな感じかな(笑)」

 アルバムの歌詞カードを見ていて驚いたことがあった。今まで自分の作品を語らないと言われてきた彼女だが、自ら「あとがき−世界が違って見える日」として「心月(つき)」と「夢の京(みやこ)」の“作者註”を書いていたのだ。なぜこのタイトルをつけたのかもそこに詳しく書かれている。

 アルバムのジャケットの「透明な風船」は彼女が希望したものだという。ジャケットやインナーの写真も含め「中島みゆきが違って見えるアルバム」がこれではないだろうか。「続きを書かなきゃ」という言葉がどんな風に形になるのか。「時を超える歌」がここにある。

文・田家秀樹

※歌詞カードの作者註によると、辞書などでは“澄んだ心”と解されている「心月(しんげつ)」だが、自身は“仏性”と解したほうが近いと記されてある

中島みゆき通算44枚目のオリジナルアルバム『世界が違って見える日』

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<リリース情報>
中島みゆき『世界が違って見える日』
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
価格:3300円(税込)/YCCW-10414

 2020年1月発表の『CONTRALTO』以来3年2ヶ月ぶりのアルバム。今作にはドラマ『PICU 小児集中治療室』主題歌「倶(とも)に」、工藤静香に提供した「島より」とクミコに提供した「十年」のセルフカバー、吉田拓郎がギターとコーラスでゲスト参加した「体温」など全10曲を収録。

【収録曲】
01. 倶(とも)に
02. 島より
03. 十年
04. 乱世(らんせ)
05. 体温
06. 童話
07. 噤(つぐみ)
08. 心月(つき)
09. 天女の話
10. 夢の京(みやこ)

中島みゆき Profile
1975年「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。同年、世界歌謡祭「時代」でグランプリを受賞。76年アルバム「私の声が聞こえますか」をリリース。現在までにオリジナルアルバム44作品をリリース。アルバム、ビデオ、コンサート、夜会、ラジオパーソナリティ、TV・映画のテーマソング、楽曲提供、小説・詩集・エッセイなどの執筆と幅広く活動。オリコン週間シングルランキングにて4つの年代(1970年代・1980年代・1990年代・2000年代)で1位を獲得した史上初のアーティスト。

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