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【インタビュー】中江有里、フルアルバムで演じた14人のわたし「解釈して歌えるようになったのが一番の強み」

 1989年に芸能界デビューし、女優、作家、コメンテーターとしても活躍し、最近ではNHK総合『ひるまえほっと』のブックレビューなど書評家としてもおなじみの中江有里。今では作家やコメンテーターとして認識している人が多いかもしれない。精力的に活動する中江に、5月25日にフルアルバム『Impression -アンプレッシオン-』に込めた想いや、改めて音楽に向き合った今の心境を聞いた。

作家と女優と歌手、3人の自分を楽しんでいると語る中江有里

作家と女優と歌手、3人の自分を楽しんでいると語る中江有里

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■歌手活動再開のきっかけとなった作詞家・松井五郎氏との出会い

 93年に発売したアルバムを最後に音楽から距離を置いた中江有里が歌手活動を再開したのは17年。作詞家の松井五郎氏がトークイベントに出演することを知り、客として聞きにいったことがきっかけだ。松井氏には90年代に歌詞を提供してもらっていたが、直接顔を合わせたことはなかったという。

「トークイベントの後、松井さんと交流が始まり、19年に私の小説『残りものには、過去がある』を献本したら、感想を歌詞の形で送っていただき、感銘を受けました。同じ年にもう1冊『トランスファー』(7月に改題して文庫化予定)という小説を出版する時も、もう一度歌詞で感想を書いていただけないかとお願いしたら快諾していただき、ある日、その歌詞に曲がついて届き、トークイベントで歌ってみないかとお誘いを受けました。これはもう歌うしかない! と(笑)」

 19年の秋に音楽活動を再開し、20年2月には初ライブも開催した。しかしその後、新型コロナウイルスの感染拡大で混迷の時期となり、活動も制限されることとなった。

「これで終わりになっちゃうのかな、とかなり落ち込みました。そんな時、松井さんからYouTubeチャンネルで歌ってみたら、とお声がけいただきました。家歌(いえうた)といって、送っていただいたオケに合わせてiPhoneで歌を吹き込み、動画も撮影しました。長く音楽の現場を離れていたので、今はこんなことができるのかと驚きました」

 昨年9月には松井五郎氏のプロデュースでシングル「コントレール」を配信し、7曲入りのアルバム『Port de Voix』(ポール・ド・ヴォア)を発売。そして今年は3月16日にシングル「わたしのような誰か」を配信し、5月25日にアルバム『Impression -アンプレッシオン-』をたて続けにリリースする。収録曲は全14曲、作家陣には崎谷健次郎、池田聡河口恭吾森恵藤澤ノリマサら実力派シンガー・ソングライターの名前が並ぶ。美しく繊細な歌声は10代の頃と変わっていないように聴こえるが、本人に聞くと意外な答えが返ってきた。

「松井さんは変わっていないと言ってくださいますが、年を重ねていけば、誰だって体も声も変わっていくと思います。昔と同じようにはいかないので、前回のアルバムでは試行錯誤しました。でも今回の制作に入って自分なりに方向性が見つかりました。私は歌手よりも先に女優としてスタートして、今は文章を書いたりしているので、“解釈”を重視しています。これはいったいどういう曲なのかとひたすら考えて、それをどう歌に反映していくか。感性だけでぶつかっていた若い頃とは違い、解釈して歌えるようになったのが今の自分の一番の強みじゃないかと思います。歌詞に書かれた女性は自分だけど自分じゃないし、自分じゃないけど自分。そこをどう昇華していくかが面白くもあるし、難しいことでもあります」

■課題を少しずつクリアしていくことに楽しみを見出す

 前作も今作も作詞はすべて松井五郎氏。小説を書く彼女に、自分で歌詞を書かないのかと尋ねると、“歌詞と小説は違うもの”という答えが返ってきた。課題を少しずつクリアしていくことに楽しみを見出しているようだ。歌詞は短い言葉にどれだけイメージを詰め込めるかが勝負だが、小説を書くには具体的な説明も必要で、それは俳句に代表される短文の文学と、小説などの長文の文学が違うのに似ているという。

「今回は松井さんが先に歌詞を書いて、作曲家やシンガー・ソングライターに曲をつけてもらいました。私は歌詞と曲を同時にいただいてイメージを膨らませていきました。シンガー・ソングライターは自分で自分をプロデュースしますが、私の場合はいろいろな方に、自分では思いもよらないような世界観を作っていただいて、それをどう表現するかということに挑戦するスタイル。そこに難しさもありますが、意外な何かに巡り合う楽しさや面白さがあると思います」

四半世紀ぶりに歌手活動を再開した中江有里

四半世紀ぶりに歌手活動を再開した中江有里

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 アルバム名の通り、14の印象的な作品が揃う『Impression -アンプレッシオン-』だが、シングルカットされた「わたしのような誰か」には自分を見ているもう一人の自分がいるような、ひときわミステリアスな雰囲気が漂う。

「役を演じている自分とそれを第三者的に見ている自分がいる。女優と作家である私にはとても響きますね。ただ今回、歌ってみて思ったのは、自分のことって、自分が一番わかっていないのではないかということ。特に歳を重ねていけばいくほど、ある種の“先が見えすぎてしまう絶望”があると思います。とはいえ、自分の本当のポテンシャルって、自分ではわかっていない。私だってずっと歌っていなかったから、松井さんに歌ってみたらと誘われた時も、『無理です。もう25年も歌ってないですから』と、はっきり断りました。でも今、歌っているわけですよね(笑)。もう1回やろうと思えたのは、自分のポテンシャルを自分で塞いでいるのかもしれないと気づいたからです。そのためには見知らぬ世界へ飛び込む覚悟と、他者に自分を預ける勇気が必要でした。でも、今は思い切ってやってよかったと実感しています」

 四半世紀ぶりの歌手活動再開は、ブランクが長かっただけに不安もあったが、今は課題を解決することにも楽しみを見出している。

「失敗したりうまく歌えなかったりした時にどうすればできるのか、その方法を探すことを諦めないでやっていくことが自分の課題で、少しずつクリアしていく楽しみがあります。あとはサポートしてくださるスタッフを含め、音楽を通していろいろな方と交流が生まれたのも良かったと思います。執筆する時は1人なので、孤独に苛まれることもありますが、逆に歌ではいろいろな方と交流できるので、ちょうどいいのかもしれません(笑)。女優は多くの人との共同作業で、小説は私と編集者などごく少数の人間による作業。歌手の中江有里は松井さんとの共作。そんな3人の自分を楽しんでいます」

■思いがけない展開を楽しみに地道に継続するのが自分の強み

 5月20日に最新小説『水の月』(潮出版社)を刊行。物語の中では母親の病気が描かれるが、この作品を書く少し前に中江の母親に病気が見つかった。実は中江が歌手活動を再開した背景には、若い頃、歌手になりたいという夢を抱いていた母親への思いもあったという。

「母は余命を宣告されるような重い病状でした。私がまた歌を歌うようになったのは、母を励ましたいという理由も大きかったです。残念ながら母は亡くなりましたが、歌手活動再開後の初ライブに来てもらうことができたのは、本当によかったと思います。この小説はフィクションですが、物語に登場する母親の病状はノンフィクションで、登場人物の心情は私自身の気持ちが大きく反映されています」

 人生に押し寄せてくるいろいろな出来事を1つひとつ自身の糧にしてきた中江。もしも『中江有里』という小説があったとしたら、歌手活動を再開するという新展開の章がスタートしたところだろう。

「小説なら思いがけない展開があった方が面白いと思います。私もこの先の人生、思わぬところに花が咲くかもしれないので、日々、そのための種まきをしているところです」

 女優、作家、コメンテーター、そして歌手。まだまだ自分には伸びしろがあると信じ、現在進行形で活躍する中江有里。新アルバムのキャッチコピー “まだ、わたしは、ほんとうの私を知らない。”は、まさしく中江自身のことを指している。

文・田村 未知

■中江有里 Profile
女優・作家・歌手。1973年大阪府生まれ。法政大学卒。89 年芸能界デビュー。数多くのTVドラマ、映画に出演。読書に関する講演、小説、エッセイ、書評も多く手がける。近著に小説『万葉と沙羅』(文藝春秋)、『残りものには、過去がある』(新潮文庫)など。文化庁文化審議会委員。2019年に歌手活動を再開。22 年3月16 日に New シングル『わたしのような誰か』配信リリース。5月20日に新作小説『水の月』(潮出版社)を上梓、5月25 日に最新アルバ
ム『Impression -アンプレッシオン-』をリリース

14の印象的な作品が揃ったフルアルバム『Impression -アンプレッシオン-』

14の印象的な作品が揃ったフルアルバム『Impression -アンプレッシオン-』

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『Impression -アンプレッシオン-』
FRCA-1315 ¥3,300(税込)
2022年5月25日発売
Produced by Goro Matsui
アルバム情報:http://www.u-canent.jp/nakaeyuri/

<収録曲>
1. コントレール(作詞:松井五郎/作曲:崎谷健次郎)
2. 砂に咲く薔薇(作詞:松井五郎/作曲:藤澤ノリマサ)
3. 蜜(作詞:松井五郎/作曲:山川恵津子)
4. 大切なこと(作詞:松井五郎/作曲:池田 聡)
5. 問いかけ(作詞:松井五郎/作曲:河口恭吾)
6. 雨上がりのネコ(作詞:松井五郎/作曲:森 恵)
7. マランタンデュ(作詞:松井五郎/作曲:山口美央子)
8. 月下の代償(作詞:松井五郎/作曲:都志見隆)
9. わたしのような誰か(作詞:松井五郎/作曲:マシコタツロウ
10. 過失(作詞:松井五郎/作曲:中田裕二
11. 針と糸(作詞:松井五郎/作曲:山口美央子)
12. わたし泣かない(作詞:松井五郎/作曲:羽田一郎)
13. このまま(作詞:松井五郎/作曲:Qoonie)
14. Realiser-2022- (作詞:松井五郎/作曲:中村由利子

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