日中韓の共同製作アニメーション映画『さよなら、ティラノ』が、コロナ禍による数度の延期を経て12月10日ついに公開される。同作の音楽を担当しているのは音楽家の坂本龍一(69)。40年以上におよぶキャリアにおいて、映画音楽の大家として数々の名作に貢献してきたが、アニメ音楽を手掛けるのは1987年制作の映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)以来、実に34年ぶり。しかも、今回は子ども向けの作品であり、近年の作風からは意外なほど親しみやすい「メロディー(旋律)」に彩られた音景が広がる。
(以下のインタビュー20年3月に実施)
■“子供の感性”を探る試み 「普段やらない音楽でかえって難しかった」
映画は、シリーズ累計200万部を超える宮西達也氏の大ヒット絵本作品・ティラノサウルスシリーズ『ずっとずっといっしょだよ』(ポプラ社刊)ほかが原作。依頼を受けた経緯を聞かれると「手塚プロさんからのオファーだったからです。手塚治虫さん関連の仕事なのかと思ってウキウキしていきました。結果的には違ったんですけどね…(笑)」と、ちょっとした“勘違い”でスタートしたプロジェクトだったそうだ。
しかし、「日中韓共同制作の映画と聞いて、素晴らしいなと思ったんです。政治的には難しい関係にありますけど、民間レベルは強い絆ができている。この映画自体が、違う種(しゅ)同士が強い絆で結ばれるものなので、僕ら同士が映画のようなストーリーで結ばれていると感じました」と最終的には意義深い一作になった。
近年は『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年/A・G・イニャリトゥ監督)、『怒り』(2016年/李相日監督)、『MINAMATA-ミナマタ-』(2021年/アンドリュー・レヴィタス監督)などの仕事が象徴するように、極限まで削ぎ落とした音数を慎重に配していく曲作りが印象的だ。ソロ作においても、メロディーありきのアプローチとは一定の距離を保ち続けている。
そんな坂本が本作では存分にメロディーを紡ぎ、映画の世界観として“子供の感性”に近づこうと試行錯誤した。「観客の大多数が子供になると思われるので、楽しいところは楽しく、悲しいところは悲しく、子供の心を想像しながら“分かりやすく”書くよう心がけたのですが…。分かりやすい音楽を作るのは普段やらないですし、平凡になりがちですよね。とはいえ、ありきたりなものにしたくない。そうやって自分の首を絞めてしまったのですが(笑)」と語り、意外な苦労があった様子。
34年ぶりのアニメ音楽、指標や参考にする音のイメージはあったのだろうか。
「具体的に参考としたものはないですが、業界用語で“ミッキーマウシング”(坂を登るシーンでは上昇音型、など映像の動きと音楽をわかりやすく同調させること)というのがありますよね。良くないたとえとして言われることが多く、僕が映画音楽を作る際は意図的に避けますけど、今回のアニメはそっち寄りというか。ストーリーや絵に沿った音楽になっているので、普段やらない音楽でかえって難しかったです」と、はからずも坂本にとって異色の挑戦となったことがうかがえた。
■メロディー(旋律)という“不自由さ”と向き合い続ける
過去にアニメで音楽を手がけた『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の頃から比較すると、映像音楽もソロ作品も、理想とする音のあり方が何度も変貌してきたように思える。その時代ごとで目指す音にコンセプトやビジョンがあり臨んでいるものなのか、気になりたずねてみた。
「実はあまり考えていないですね。本能的な部分が大きいかな。ミュージシャンによっては音のコンセプトやマーケティングの面を考えることもあるでしょうけど、僕はそれができない。仮に設計図を書いたとしても、その通りには絶対辿り着かないし、絵図が先にあって作るのが好きなタイプではないすね」。
「たとえるなら、泥んこ遊びや砂場遊びのように作っているんです。何を作っているのか、最初は自分でもよく分からない。それをペタペタやっているうちにお城になったり、飛行機になったり。手を動かすうちに見えてくる、形になっていく、それが面白いのかなと。今回のように映画音楽の場合はまた勝手が違う部分もありますが、自分の音楽はいつもそういう感じですね。作り始めてみないとわからない」。そう自身と作品の関わり方を語ってくれた。
「以前ですと、時代の流行など“邪念”が入ってきましたが、『async』(2017年発売のソロアルバム)では敢えてそういうものを完全に断ち切り、やりたくなるまで自分をほったらかしておくという、自分に対する実験でもありました」。
1978年の『千のナイフ』に始まり、YMOでの活動、『戦場のメリークリスマス』『ラスト・エンペラー』など数々の映画音楽、そして現在に至るソロワーク――。長きにわたり音楽ファンの記憶に残るメロディーを生んできた一方、「(西洋音楽的な)旋律というものに限界を感じている」と長年言い続けてきたのが坂本だ。
決してメロディーと馴れ合わない彼が、久しぶりに“旋律”を正面から扱った感のある『さよならティラノ』。美しいサウンドトラックに仕上がったが、それでもやはりメロディーに可能性や未来は感じないものなのか、最後に敢えて聞いた。
「残念ながら可能性は感じないかな(笑)。でも、やっぱり自分の過去の何かとそっくりな物が出てきてしまうのは嫌なので、なんとか新しいものを引っ張り出そうとはしています」と坂本。
「不自由さも感じながら、ということでしょうか?」と重ねてたずねると、「まさに不自由ですよ。不自由なことを長くやって過去を繰り返さないようにすると、可能性や選択肢はどんどん少なくなっていきますよね。例えば伝統芸能なら同じ演目を何十年も繰り返して、歳を重ね、多分に良くなっていきますが、僕がやっている音楽はそういうタイプではない。それでも、繰り返したくないので、どんどん可能性が細くなり、そうやって自分で自分を追い込んでいるのかもしれないです。でも、それも面白さですから」。
終始肩の力を抜いて語りつつも、クリシェを徹底して拒む厳しさが言葉に織り込まれていた。
★YouTube公式チャンネル「ORICON NEWS」
(以下のインタビュー20年3月に実施)
■“子供の感性”を探る試み 「普段やらない音楽でかえって難しかった」
映画は、シリーズ累計200万部を超える宮西達也氏の大ヒット絵本作品・ティラノサウルスシリーズ『ずっとずっといっしょだよ』(ポプラ社刊)ほかが原作。依頼を受けた経緯を聞かれると「手塚プロさんからのオファーだったからです。手塚治虫さん関連の仕事なのかと思ってウキウキしていきました。結果的には違ったんですけどね…(笑)」と、ちょっとした“勘違い”でスタートしたプロジェクトだったそうだ。
しかし、「日中韓共同制作の映画と聞いて、素晴らしいなと思ったんです。政治的には難しい関係にありますけど、民間レベルは強い絆ができている。この映画自体が、違う種(しゅ)同士が強い絆で結ばれるものなので、僕ら同士が映画のようなストーリーで結ばれていると感じました」と最終的には意義深い一作になった。
近年は『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年/A・G・イニャリトゥ監督)、『怒り』(2016年/李相日監督)、『MINAMATA-ミナマタ-』(2021年/アンドリュー・レヴィタス監督)などの仕事が象徴するように、極限まで削ぎ落とした音数を慎重に配していく曲作りが印象的だ。ソロ作においても、メロディーありきのアプローチとは一定の距離を保ち続けている。
そんな坂本が本作では存分にメロディーを紡ぎ、映画の世界観として“子供の感性”に近づこうと試行錯誤した。「観客の大多数が子供になると思われるので、楽しいところは楽しく、悲しいところは悲しく、子供の心を想像しながら“分かりやすく”書くよう心がけたのですが…。分かりやすい音楽を作るのは普段やらないですし、平凡になりがちですよね。とはいえ、ありきたりなものにしたくない。そうやって自分の首を絞めてしまったのですが(笑)」と語り、意外な苦労があった様子。
34年ぶりのアニメ音楽、指標や参考にする音のイメージはあったのだろうか。
「具体的に参考としたものはないですが、業界用語で“ミッキーマウシング”(坂を登るシーンでは上昇音型、など映像の動きと音楽をわかりやすく同調させること)というのがありますよね。良くないたとえとして言われることが多く、僕が映画音楽を作る際は意図的に避けますけど、今回のアニメはそっち寄りというか。ストーリーや絵に沿った音楽になっているので、普段やらない音楽でかえって難しかったです」と、はからずも坂本にとって異色の挑戦となったことがうかがえた。
■メロディー(旋律)という“不自由さ”と向き合い続ける
過去にアニメで音楽を手がけた『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の頃から比較すると、映像音楽もソロ作品も、理想とする音のあり方が何度も変貌してきたように思える。その時代ごとで目指す音にコンセプトやビジョンがあり臨んでいるものなのか、気になりたずねてみた。
「実はあまり考えていないですね。本能的な部分が大きいかな。ミュージシャンによっては音のコンセプトやマーケティングの面を考えることもあるでしょうけど、僕はそれができない。仮に設計図を書いたとしても、その通りには絶対辿り着かないし、絵図が先にあって作るのが好きなタイプではないすね」。
「たとえるなら、泥んこ遊びや砂場遊びのように作っているんです。何を作っているのか、最初は自分でもよく分からない。それをペタペタやっているうちにお城になったり、飛行機になったり。手を動かすうちに見えてくる、形になっていく、それが面白いのかなと。今回のように映画音楽の場合はまた勝手が違う部分もありますが、自分の音楽はいつもそういう感じですね。作り始めてみないとわからない」。そう自身と作品の関わり方を語ってくれた。
「以前ですと、時代の流行など“邪念”が入ってきましたが、『async』(2017年発売のソロアルバム)では敢えてそういうものを完全に断ち切り、やりたくなるまで自分をほったらかしておくという、自分に対する実験でもありました」。
1978年の『千のナイフ』に始まり、YMOでの活動、『戦場のメリークリスマス』『ラスト・エンペラー』など数々の映画音楽、そして現在に至るソロワーク――。長きにわたり音楽ファンの記憶に残るメロディーを生んできた一方、「(西洋音楽的な)旋律というものに限界を感じている」と長年言い続けてきたのが坂本だ。
決してメロディーと馴れ合わない彼が、久しぶりに“旋律”を正面から扱った感のある『さよならティラノ』。美しいサウンドトラックに仕上がったが、それでもやはりメロディーに可能性や未来は感じないものなのか、最後に敢えて聞いた。
「残念ながら可能性は感じないかな(笑)。でも、やっぱり自分の過去の何かとそっくりな物が出てきてしまうのは嫌なので、なんとか新しいものを引っ張り出そうとはしています」と坂本。
「不自由さも感じながら、ということでしょうか?」と重ねてたずねると、「まさに不自由ですよ。不自由なことを長くやって過去を繰り返さないようにすると、可能性や選択肢はどんどん少なくなっていきますよね。例えば伝統芸能なら同じ演目を何十年も繰り返して、歳を重ね、多分に良くなっていきますが、僕がやっている音楽はそういうタイプではない。それでも、繰り返したくないので、どんどん可能性が細くなり、そうやって自分で自分を追い込んでいるのかもしれないです。でも、それも面白さですから」。
終始肩の力を抜いて語りつつも、クリシェを徹底して拒む厳しさが言葉に織り込まれていた。
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2021/12/09