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ジュディ・オング、筒美京平さん追悼「私を目覚めさせてくれた恩人」 「魅せられて」でレコード大賞&作曲賞

 作曲家の筒美京平(本名:渡邊榮吉)さんが今月7日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため自宅で亡くなった。80歳。訃報を受け、1979年のレコード大賞楽曲「魅せられて」を歌った歌手・女優のジュディ・オングが12日、所属事務所を通じて「筒美先生は歌手としての私を目覚めさせてくれた恩人です」と追悼コメントを発表した。

ジュディ・オング (C)ORICON NewS inc.

ジュディ・オング (C)ORICON NewS inc.

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 ジュディ・オングは書面を通じて「ショックでまだ信じられません。筒美先生は歌手としての私を目覚めさせてくれた恩人です。そして、『魅せられて』は私に大きなパワーを与えてくれました。これからも、いただいた曲を大切に、心を込めて歌い続けていきます。ご冥福を心よりお祈りいたします」と悼んだ。

 日本を代表する作曲家の訃報に、多数の追悼の声が寄せられた。SMAPとして「心の鏡」(1991)を歌った稲垣吾郎は、パーソナリティーを務めるラジオTOKYO FM『THE TRAD』の冒頭で、「先ほど、残念なニュースが入ってきましたね。以前、僕も曲を提供していただいたこともあったので」と語り、「改めまして、筒美京平先生、お悔やみ申し上げます」と偲んだ。

 「木綿のハンカチーフ」(1975)を歌った太田裕美も、自身のツイッターで「筒美先生が亡くなられた…哀しくて哀しくて…涙が止まらない…」と哀悼の意を伝えた。

 筒美さんは1940年5月28日、東京生まれ。青山学院大学卒業後の1963年に日本グラモフォン・レコード(後のポリドール、現ユニバーサルミュージック)に入社。洋楽ディレクターを勤めた後に1966年に「黄色いレモン」で作曲家デビューした。

 67年にヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」がヒット、同年、グラモフォンを退社。69年に「ブルー・ライト・ヨコハマ」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。以降、「また逢う日まで」とジュディ・オングの「魅せられて」(1979)でレコード大賞2回、レコード大賞作曲賞5回の受賞をはじめ、多数の受賞歴を持つ。作曲した作品は3000曲弱。

 近藤真彦「スニーカーぶる〜す」(1980)「ギンギラギンにさりげなく」(1981)、NOKKO「人魚」(1994)、小沢健二「強い気持ち、強い愛」(1995)、KinKi Kids「やめないで,PURE」(1999)、TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」(2003)など多数のヒット曲や、アニメ主題歌「サザエさん」(1969)などを手掛け、日本を代表する作曲家として長年活躍してきた。

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