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料理酒メーカーが“糖質0の壁”に挑むワケ 根底にある“食のバリアフリー”
開発までに2年半「料理酒のパイオニアとして勝負したい」
同社がシリーズ第1弾商品となった『料理清酒 糖質ゼロ』の開発に着手したのは2015年のこと。マーケティング開発部・マーケティング戦略課の竹山慎一郎さんによると、きっかけはビールをはじめとするアルコール業界に「糖質ゼロ」ブームが起こったことだったという。
「当初は調味料ではなく、飲料としての日本酒で糖質ゼロに挑戦していたんです。しかし日本酒の仕込みは発酵が必要なため、ただでさえ時間がかかるもの。開発が難航しているうちに、他メーカーさんから“糖質ゼロの日本酒”がどんどん市場に出回っていきました。そこで一旦立ち止まったんです。弊社の主軸は調味料。料理酒のパイオニアとして、その道で勝負するべきじゃないかと」
その時点で日本酒を糖質ゼロにする技術は手にしていた。しかし同じ日本酒でも飲料と調味料では、追求する方向性がまったく異なる。「お米の旨味をしっかりと料理に与える調味効果」と「糖質ゼロ」の両立は、「ここ10年で最もハードルの高かった商品開発でした」と竹山さんは振り返る。
開発から2年半、業界シェアトップの『日の出料理酒』と遜色のない風味と味わいを実現した『料理清酒糖質ゼロ』がついに完成する。老舗としてこだわり抜いた自信作、かつ画期的な商品。ところが期待をよそに、市場の反応は芳しくないものだった。
「小売店さんも売れ筋商品を棚に並べたい事情があります。『糖質制限はブームだけど、基礎調味料まで糖質ゼロを選ぶ人はそんなにいないですよ』といった厳しいご意見も多々いただきました。結果、導入していただけたのはお声がけした中でも3割にも満たない小売店さんのみに留まりました」
ユーザーの声にショックも…「ありがとう」に寄り添う商品訴求を
スーパーにはほとんど出回らなかった『料理清酒糖質ゼロ』だが、自社通販サイトに載せたところ、少しずつオーダーが入るようになる。主な購入者は、糖質制限に切実に困っていた人たち。やがて当事者間で口コミが広がり、1年経った頃には前年比250%を売り上げるまでとなった。
糖尿病の当事者からは「病気になって諦めていた料理の旨みを味わうことができてうれしい」、その家族からは「今までは当事者の分だけ調味料を控えた料理を作り分けていたが、これ1本で家族全員分を作れるから助かる」などの声が続々と届いている。
「そうした生の声を聞いて、改めて大きなショックを受けました。資料やリサーチで理解していたつもりではありましたが、これほどまでに調味料の糖質にお困りの方々がいたんだと。何より『ありがとう』という言葉をいただけたことに新鮮な驚きがありましたね。調味料を作ってきて『おいしい』と言われることはありますが、感謝の声を聞くことはまずなかったですから」
微減が続く「基礎調味料」市場 目指すのは“食のバリアフリー”
そんな凪状態が続いてきた市場に昨年4月頃から、ここ数年なかった現象が起きている。ステイホームをきっかけに自炊をする人が増えたのだ。
「弊社の主力商品は1リットルの料理酒やみりんなのですが、そのとき動いたのが400ml商品。おそらく普段は料理をしないけど、レシピを見たら『酒・みりん』と書いてあった。だけどいきなり1リットルを買っても使い切れなさそう、という方が手に取ってくださったのだと思われます。一時は400mlのオーダーが集中して出荷が追いつかないほどでした」
売れ筋は『日の出料理酒』や『日の出本みりん』。「糖質ゼロ」シリーズも発売から毎年売上を伸ばし続けているが、やはりニーズはニッチ。スタンダード品と比べたら、売上規模は微々たるものだという。
「実は発売初年度には、あまりの売上の低迷ぶりに『このシリーズを続けるのは厳しいのでは?』といった議論もありました。しかし本当にお困りの方がいるからには、お届けし続けるのが企業としての義務。なんとか存続できるように、我々が頑張って売っていかなければいけないんです。またなるべく身近なお店で手に取っていただけるよう、営業部隊も頑張って小売店さんへのアピールを続けています」
「食品メーカーとしておいしさを追求するのは大前提です。その上で料理をする楽しさ、幸せをしっかりと支えるのが、我々の役割だと自負しています。今後もさまざまな事情を抱えた方々の“我が家の味”を手助けできるよう、さまざまな試作を繰り返していきます」
企業経営の観点からすれば、ニッチ商品に注力するのはあまり得策ではないかもしれない。それでもキング醸造が取り組み続けることができるのは、いくつものロングセラー商品を持っていること。そして何より長年にわたって社会と向き合ってきた老舗メーカーとしての企業姿勢がなせるわざだと言えるだろう。
(取材・文/児玉澄子)