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異例のロングセールス“泣き歌の貴公子”林部智史の「あいたい」が愛されるワケ

 林部智史のデビューシングル「あいたい」がロングセールスを続けている。今年2月24日に発売された同曲は、3月7日付週間シングルランキングに42位で初登場すると、その後も長きにわたってランクインを続け、10月24日付では自己最高位となる13位を記録、驚異の浸透度を見せている。「あいたい」が長く愛される背景には何があるのか、林部智史の歌にはどんな魅力があるのか、探ってみた。

苦労人の林部智史、カラオケ番組をきっかけにCDデビュー

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 林部智史が一躍有名になったのは、『THEカラオケ★バトル』(テレビ東京系 水曜18時55分〜)という番組だ。歌唱力に自信のあるプロ、アマの出場者がカラオケマシンの採点機能によってふるいにかけられ、優勝者が決まるという、元祖カラオケ採点番組ともいうべき同プログラムにおいて、林部は2015年、2016年と2年連続で“年間チャンピオン”に輝いた。

 カラオケ番組での好成績を背景にCDデビューを飾った実力派シンガー、そんな煌びやかなイメージばかりが思い浮かぶ実績だが、ここに至るまでの彼の人生は決して明るいものではなかった。高校卒業後、看護の道を目指すも挫折、引きこもりの生活に陥った過去を持つ。その際、姉の助言もあって日本一周の一人旅に出た彼は、北海道の礼文島で出会った人物に歌唱力を見出され、歌の中に自らの夢を見出す。奨学金制度を活用して音楽学校でボーカル力を磨くも、誰もが認めるその才能に反して、契約の声はかからなかった。そんなときに出合ったのが『THEカラオケ★バトル』。

 そこからはトントン拍子に……というわけではなく、出場を重ねるものの勝つことができず、いつしか「無冠の帝王」「勝てない男」と呼ばれるようになってしまう。この時点で、歌に活路を見出してから既に5年の歳月が流れていた。それでも、インディーズでの作品発表や開催するごとに動員が増えていったワンマンライブなどを通して、力を蓄えた彼は2015年に大きく飛躍、上述の“年間チャンピオン”という大きな勲章を手にした。

歌い手を“探して”ヒットへと結びついた「あいたい」

 現在ロングセラーとなっている「あいたい」は、心の襞(ひだ)に深く染み込んでくる旋律を持つ、印象的なバラードナンバーだが、実はこの曲、林部のデビューに際して新規で作られた曲ではない。林部の担当ディレクターである、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴの平田泰之氏は「もともと存在していた曲で、歌いこなせるシンガーを探していたんです」と歌は歌い手を“選ぶ”と言う。代表的な例を挙げるなら、「なごり雪」、「涙そうそう」、「千の風になって」、「また君に恋してる」などはいずれも、オリジナルが発表された後に異なる歌手の歌で発売されたものが大ヒットを記録した。いわば、歌い手を“探して”ヒットへと結びついた例である。七海光によるメロディのみが存在したこの楽曲は、林部と出会い、彼自身の作詞が加わって「あいたい」という作品へと形を変える。そして、「あいたい」では情感あふれる林部智史のボーカルを聴くことができる。それは、一度でも耳にした人に「泣ける」と言わしめるほどの迫力を宿している。美空ひばりと同じ波長を持つとも言われる歌声が、人々の涙腺を刺激し、「泣き歌の貴公子」と称される所以だ。

 『THEカラオケ★バトル』で、林部は幾度となく100点満点を叩き出してきた。マシンに「完璧」と言わしめてきた。ディフェンディング・チャンピオンとして臨んだ今年の年間チャンピオン大会では、予選と決勝でいずれも100点をマークしたほどだ。だが、この作品で聴く彼の歌声は番組で耳にする歌声と異なる。情感豊かに心を揺さぶってくる。「100点を獲るために、敢えて歌い方を変えている」という、“カラオケ”だけでは味わうことのできない林部智史の“本質”、「泣き歌の貴公子」の“本領”が発揮されている。ひょっとしたら、採点マシンからは100点という数字は出てこないかもしれない。だが、聴く人の心は“100点”の反応を示した。それが「泣ける」という反響であり、発売から半年を超えての自己最高位にまで繋がった。

 「テレビ番組を通して彼のファンになった世代は30〜40代の女性層が中心ですが、CDでは50〜60代のシニア層にまで広がっています。現代は40〜60代の方が聴けるポップスが少ない。仕事や家庭に追われて心に刺さる曲と出合える機会があまりないように思えます。この曲は、発売当初から1年かかってでも売っていこうという目的がありましたので、今後も山場を作りながら、少しでも多く、幅広い世代の方に届けられるよう、展開していきたいと思っています」(平田氏)。

 ライブや歌番組などで“生”の歌声を披露してきた結果が「あいたい」のロングセラーに結びついてきたが、歌番組が増えてくる年末、彼の「泣かせる歌声」に出合う機会は増えてくることだろう。林部智史を取り巻く状況は勢いを宿したまま年を越していくのか。平田氏の弁にある「1年かかってでも売っていく」という姿勢は実を結ぶのか。「テレビのカラオケ番組で注目されたからCDを出してみました」ではなく、「歌の良さを引き出せるアーティストだから長い目で育てたい」という送り手の意気込みが生み出したロングセラー。その思いが失われない限り、「あいたい」はこれからも長く愛されていく作品となりそうだ。

(文:田井裕規)

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