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没後30年の坂本九、輝きを失わない歌の魅力とは

 「上を向いて歩こう」などで知られる歌手の坂本九さんが、今年の8月12日で没後30年を迎える。その間も同曲を始め、「見上げてごらん夜の星を」や「明日があるさ」など坂本さんが発表した作品は幾度となく脚光を浴び、多くの歌手によって歌い継がれている。30年の時を経てなお、その輝きを失うことのない作品の魅力、また、あまり知られていない意外な側面なども振り返ってみよう。

◆意外にも(!?)初期ドリフターズメンバーだった

 1985年8月12日に起こった日本航空機墜落事故によって43歳の短い生涯を閉じた坂本九さん。ソロとして活躍する前の1958年には、当時ロカビリーバンドとして活動していたザ・ドリフターズに加入し、ボーカルを担当していた。その後、1961年10月に発売した「上を向いて歩こう」が大ヒットを記録して一躍人気者となるが、この曲は海を越えたアメリカでも爆発的な支持を集め、ヒットチャート誌『ビルボード』で3週連続1位を獲得する。これは当時、アジアのアーティストが誰も成し得ていなかった快挙であり、現在に至るまでこの記録に比肩する日本のアーティストは誕生していない。

 異国で愛された「上を向いて歩こう」はその後も、1981年にアメリカのR&Bバンドのテイスト・オブ・ハニーがカバーし(「Sukiyaki ‘81」)ビルボードのTOP3入り、95年にはR&Bボーカルグループの4P.M.がカバーしやはりビルボードのTOP10入り(8位)を達成している。ポップな中にもセンチメンタルな詩情を漂わせるメロディラインが言葉の壁を越えて支持された代表的な例と言えるだろう。

◆『甲子園』入場行進曲で史上最多となる6回起用

 もちろん、同曲は日本でも長くにわたり親しまれ、時代時代を彩った多くのアーティストに、アルバムやライブなどを通してカバーされてきた。しかし、坂本さんの作品で今もなお愛され続けている作品はこれだけにとどまらない。63年5月に発表された「見上げてごらん夜の星を」もまた不朽の名曲として人々に歌い継がれている。「星」をイメージする曲をリストアップする時には欠かすことのできないスタンダードナンバーだ。

 同じ63年の末には「明日があるさ」も発売されている。2001年にウルフルズと吉本興業のタレントによるユニット・Re:Japanによる同曲のカバーが浸透したことは記憶に新しいはずだ。このほかにも、「幸せなら手をたたこう」「涙くんさよなら」など、現在でもメロディを耳にする機会の多い楽曲を数多く発表している。また、1962年の「上を向いて歩こう」を筆頭に『選抜高等学校野球大会入場行進曲』では、史上最多の6回(ソロ以外も含む)起用されている。

◆不況や震災……時代が必要とする時、包み込んでくれる坂本九さんの歌声

 では、なぜ坂本九の作品はこれほどまでに日本人に長く愛され続けているのか。当たり前のことだが、曲自体の完成度が高いというのがそのひとつ。シンプルでありながらも人の心に訴える歌詞とメロディは、音楽の持つ優しさや癒しを与えてくれる。そこで、改めて「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」の3曲のタイトルに注目してみたい。3曲とも漠然とした存在だ。人は不安な時、心が折れそうな時、何かに頼ろうとする。だが、それが具体的なものであればあるほど、もしそれに頼ってダメだったら……というネガティブな思考も併せて生まれてくる。漠然とはしていても、手の届かない大きな存在が自分を包み込んでくれるようなイメージを描ければ心が落ち着く。さらに「歩こう」「ごらん」「あるさ」という呼びかけにも注目したい。励ますように促すように聴く者へ呼びかけるこれらの言葉には「いたわり」と「愛」がある。「ほら」という柔らかい誘いの言葉が聞こえてくるようだ。

 もちろん、歌詞とメロディだけでは人々の心を動かすことは容易ではない。そこに坂本九という天賦の才能を持った歌手の歌声が加わったからこそ、これらの作品に「命」が宿ったというべきだろう。母親から小唄などの邦楽を学び、高校時代にエルヴィス・プレスリーに憧れてロカビリーの道を志すようになる。独特のしゃくりあげるような歌唱法はそうした様々な音楽との出会いから生み出されたものと言えるだろう。その個性的な歌声と、常に笑顔を絶やさない親しみやすさが、曲のポテンシャルを一気に引き上げたと見ていいのではないだろうか。

 「上を向いて歩こう」がヒットした60年代初頭は、敗戦の傷をようやく乗り越え、目の前に迫った東京オリンピックに向けて日本全体ががむしゃらに前へ進もうとしていた時代。「明日があるさ」がカバーされた21世紀の始まりは、バブル崩壊後の日本が不況にあえいでいた時代。「見上げてごらん夜の星を」が様々な芸能人の歌声のリレーによってCMから流れたのは、東日本大震災のもたらした衝撃によって日本全体が深く沈み込んでいた時期。すなわち、日本がもがき苦しんでいる時に坂本九さんの歌は、常に人々に寄り添い、包み込むように励ましていたことになる。日本人の心の「応援歌」、それが坂本九さんの歌であり、時代が必要とする時にいつでもみんなを支えてくれるのが坂本九さんの歌声なのである。

(文:田井裕規)



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