ORICON STYLE

2006年10月11日
Delta Goodrem Special Interview
オーストラリア出身のスーパースターが待望の日本デビュー!!
PLAY MOVIE
1. コメント映像 PLAY
2. PV「フロウド〜埋まらないパズル」 配信終了

動画はWindowsMedia Playerで御覧になれます。

幅を広げることを恐れていては、長く歌い続けることはできない
――本国では既に名声を得ているあなたですが、今、日本デビューにあたって、もう一度プロモーションをいちからやるのは、どんな気分ですか?
【デルタ】
 新人に戻ることを楽しまなきゃって思ってるわ。オーストラリアだと私の全てを知ろうとするジャーナリストも多くて、ボーイフレンドのことなど私的なところまで探られてしまったりもするの。日本ではそのへんがクリーンだし、フレッシュな気分でインタビューを受けることができるので、いい感じよ。

――バラードシンガーとしてのイメージが強いですよね。やはりバラードがもっとも自分を表現できるものなのですか?
デルタ
 バラードは一番好き。それは確かなこと。でも、バラード以外の曲・・・・・・例えばダンサブルな曲なんかもときには必要だし、幅を広げることを恐れていては、長く歌い続けることはできないと思っている。少しずつバラード以外の部分も見せていくつもり。

――ロックはどうです?
デルタ
 え〜と(苦笑)、ロックは絶対にやらないわ。はっきり言って嫌いなの。私は常に女性らしくありたいと思っているので、それが損なわれるような音楽をやるつもりはない。でも、ダンサブルな曲はいいと思う。もちろん、そこに自分らしい味を加えた上でだけど。

最新作では、新たな気持ちで取り組めると思う
――本国では今まで2枚のアルバムを発表しています。今のあなたから見て、この2作の位置づけは?
デルタ
 それぞれに、そのときの私の状況や気持ちがスタンプとして押されているわ。まず1stの『イノセント・アイズ』(2003年)は、ファンタジック。信じる強さをメッセージにして込めたし、いつも幸せでありたいという願いも込められている。それに対して2ndの『ミステイクン・アイデンティティ』(2004年)は、作ったのが究極の体験(癌宣告と、闘病)をした後だったので、やはり混乱しているところが出ている。自分はなんなんだろう、人生ってなんだろう・・・・・・といった思いが曲に表れていて、それでもポジティブでいようという気持ちも込めたつもりなんだけど、今聴くと、やっぱりハードだし、闇の中にいたんだなってことがわかるの。でも、そのアルバムを作ったことで、私は人生のうちの一章をそこに封じ込めることができた。ひとつ、区切りをつけることができたの。

――そして、次に向かうことができた。
デルタ
 そう。だから3枚目のオリジナルアルバムは、もっとハッピーなものにしようと思っている。今の私の人生観は、前の2枚のアルバムの曲を作っていた頃とは全然違うから。新たな気持ちで取り組めると思うわ。あ、その前にまず日本デビュー盤があるのよ!

――ちなみに今(このインタビューを行った7月)、どの曲を日本デビュー盤に入れるか、日本の制作担当者と選曲している最中だと思いますが、あなたが絶対に落としたくない曲は?
デルタ
 難しい質問ね〜。まず「イノセント・アイズ」。それから癌宣告を受けたあとの「エクストラオーディナリー・デイ」。この2曲の気持ちのギャップは感じてもらいたいわ。それからブライアン・マクファーデンとデュエットした「オールモスト・ヒア」もいい曲だから、絶対に落としたくないわね(ちなみに3曲とも日本デビュー盤に収録されることになった)。

(文:内本順一)

RELEASE
イノセント・アイズ
デルタ・グッドレム
2006/10/11[アルバム]
\2,520(税込)
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
SICP-1141
CDを購入する
PRESENT
デルタ・グッドレムのサイン入りポラを抽選で2名様にプレゼント!!
多数のご応募、ありがとうございました。プレゼントの当選は、発送をもって換えさせて頂きます。
その他、開催中のプレゼントはコチラ
PROFILE

1984年11月19日生まれ、シドニー郊外のグレンヘイヴン出身。
7才から本人の希望もあってドラマスクールに進学。8才からピアノを習い始め、ボーカルレッスンも開始する。当時よりTVコマーシャル、『Hey Dad!』『A Country Practice』『Police Rescue』といったドラマに出演するなど、順調にショービズ界でキャリアを積んでいく。12才で早くも初めての曲を作り、13才のときに5曲入りデモCDを制作。友人の手を通してデモCDは地元オーストラリアのスーパースター、ジョン・ファーナムのマネージャーのもとに届き、マネージメント契約を果たす。
2002年11月、シングル「ボーン・トゥ・トライ」をリリース。オーストラリアのセールス・チャートで1位を獲得。その後、3ヶ月近くトップ5をキープ。
2003年3月、1stアルバム『イノセント・アイズ』をリリース。29週間1位という快挙を達成。
2003年6月、シングル「イノセント・アイズ」をリリース。1位を獲得。
2003年7月、ホジキン病(リンパ組織を構成している細胞ががん化して起こる病気)と診断され、そのニュースが公表されるや否や、衝撃が走った。
2003年9月シングル「ノット・ミー、ノット・アイ」をリリース。1位を獲得。
同月発表のオーストラリア版グラミー賞ともいえる、“ARIA Music Award”では史上最多8部門10ノミネート。最高売り上げシングル部門ノミネート5曲のうち3曲をデルタの楽曲が占める、という新記録を樹立。10月21日に行われた授賞式では、8部門中、史上最多の7部門を受賞。また、アワード放送史上最高の視聴率、42.8%を記録。
2004年、療養生活の傍らシングル「アウト・オブ・ザ・ブルー」をリリース。3週連続で1位を獲得。
同年11月、2ndアルバム『ミステイクン・アイデンティティ』をリリース。
2005年春、映画初主演作『ヘイティング・アリソン・アシュリー』が公開、7月には初めてのツアー『ヴィジュアライズ・ツアー』を行う。
2006年10月11日、アルバム『イノセント・アイズ』で待望の日本デビュー。

オフィシャルサイト