ORICON STYLE

2008年02月13日
最強のミュージックマンが音楽を語る!! vol.1
ユニバーサル ミュージック株式会社代表取締役会長兼CEO石坂 敬一 氏
profile

石坂 敬一氏
昭和43年東芝音楽工業(現EMIミュージック・ジャパン) 入社。洋楽ディレクターとして、ビートルズ、ピンク・フロイド、レノン&ヨーコ、Tレックス、エルトン・ジョン、ジェフ・ベックなどを担当。昭和56年同社 邦楽本部において、BOøWY、松任谷由実、長渕剛、矢沢永吉を担当。平成 3年常務取締役 就任。平成6年ポリグラム株式会社入社、 代表取締役社長就任(現 ユニバーサル ミュージック株式会社)。平成11年ユニバーサル ミュージック株式会社代表取締役社長就任。平成13年同社代表取締役社長兼CEO就任。平成18年同社代表取締役会長兼CEO就任

『ベック・オラ』/ジェフ・ベック 『ベック・オラ』/ジェフ・ベック

 ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『欲望』の中でベースのジミー・ペイジを従えてリード・ギターをかき鳴らし、ぶっ壊し始めるのがギタリスト、ジェフ・ベックであり、あのヤードバーズなのである。1963年結成のヤードバーズは、ボーカリストよりもリード・ギタリストがスターになるという現象を生んだ最初のバンドである。
  このアルバムはホントにヘビーである。まさに圧倒的な重量感!重い上にジェフのギターは鋭くとんがっている。リッチー・ブラックモア等にも影響を与えたジェフ独特のハイノートでのポルタメントやスライディングは意外性とスリルに満ち溢れている。こんな凄いメタリックなギター・ブギを他の誰がやれるか?ヘンドリックス?ペイジ?ムリだろう。ロッド・スチュワートの最良のブルース・ロック的絶唱はロバート・プラントとイイ勝負だが、ジェフのメタル網(あみ)かけの如きウルトラ・テクの前では、召使いのようですらある。このアルバムは誰がなんと言おうと20世紀No.1の「ハード・ロック」である。

『原子心母』/ピンク・フロイド 『原子心母』/ピンク・フロイド

 「プログレッシヴ・ロック」(プログレ)という言葉はこのアルバムの大ヒットによって日本で定着化した。私自身と渋谷陽一氏がこの(当時の)新カテゴリーの普及活動主体であったと認識している。
 誇張して云えば、今は廃語となったであろう「プログレッシヴ・ロック」という形容語は、『ウマグマ』で生まれ、ピンク・フロイドの同義語であり、かつまた修飾語であり、更には「原子心母」と等しい質量の言葉としてロック/ポップ界に一定の認知を得るに至るのである。1969年から70年代を通じてのことである。
 『原子心母』は、“ザ・ピンク・フロイド・アット・ベスト”、である。当時のイギリスは歴史に残る優れものバンドの横溢であったけれど、果てしなく“ヘビー”であるのがこのピンク・フロイドだ。シド・バレットの生んだフロイドはヘビメタ/ブギと古典の両性具有なのだ。確かに。ロックが大好きなのに、エルビス・プレスリーとチャック・ベリーを持たないイギリスのロック的歴史の無さは、こんな最上の異端を生ぜしめたのである。

『リボルバー』/ザ・ビートルズ 『リボルバー』/ザ・ビートルズ

 ロックはアメリカの産であり、ヒルビリーとブルースとエイト・ビートが混ざりあって1950年代半ば発生した。エルビス・プレスリー、チャック・ベリー、ビル・ヘイリー、アラン・フリードがその創始者である、といっても過言ではない。アメリカのロックを真似していたのは、イギリスのクリフ・リチャードやトミー・スティールである。アメリカでは二流のロック天国イギリスを笑っていた。その口惜しさと怒りで登場してきたのがビートルズとローリング・ストーンズである。
 ‘50年代アメリカとタムラ・モータウンとジェームス・ディーンの呪縛から脱して、イギリスの、ザ・ビートルズのロック・ミュージックを創り始めたのが『ラバー・ソウル』とこの『リボルバー』である。大英帝国のロックン・ロールだ。皆が一緒に集まり汗をかいて騒ぐアメリカの楽しさはここには無い。双方向性は無い。一方通行の、しかし深い魔力の音楽である。 今聴くと、ちょっと良過ぎるかも。

株式会社ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役社長吉田 敬 氏

吉田 敬氏
85年株式会社CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテイメント)に入社。97年社内に発足した「Tプロジェクト(後のデフスターレコーズの前身)」において、平井堅、CHEMISTRY、ザ・ブリリアントグリーンをデビューから手がけ、ミリオンアーティストに育てる。01年潟fフスターレコーズ代表取締役社長に就任。03年同社を退社。同年8月より現職。以来、コブクロ、絢香など、現在もミリオンヒットを毎年連発している

「落陽」/吉田拓郎 「落陽」/吉田拓郎

 自分自身が影響を受けたアーティストは、後にも先にも「吉田拓郎」ただ一人です。
14才の頃、初めて彼の作品に出会って以来、後々の人生観や恋愛観、家族観、生き様まで、作品からストレートに感化され影響を受けました。
 中でも「落陽」は「旅の宿」「竜飛岬」「都万の秋」などに代表される吉田拓郎“旅情(叙情)シリーズ”に中学生ながら強く傾倒し、朝から晩まで一人でギターを弾きながら唄っていたことを思い出します。

  ♪土産にもらったサイコロ二つ、手の中で振れば、
又振り出しに戻るたびに、陽が沈んでいく♪

「落陽」の詞がメッセージしている意味を理解できたのは、40歳を越えてからでした。

「桜」/コブクロ 「桜」/コブクロ

 2003年秋、ワーナーミュージックに転職をしてきて間もない頃の事、私とコブクロとの最初の出会いがこの曲です。
 当時この「桜」は、コブクロのインディーズ盤に収録されていた楽曲で、大阪に向かう新幹線の車中で初めて聴いて、涙が止まらなくなった事を、つい昨日の事のように思い出します。この曲の中で歌われている「桜」は、春に咲く満開の「桜」ではなく、春に咲く為に、土の中でジッと準備している冬の「桜」です。
転職当時、現状への焦りや、先々の不安に対して、もがく自分の背中を、この曲が「頑張れ!」と強く押してくれた気がします。
 後に、シングルカットされ大ヒットとなり、コブクロの代表曲のひとつになりました。
“POWER OF MUSIC”
「音楽」の“力”を私が初めて体感した楽曲です。

あの時、新幹線の車中で流した涙を一生忘れません!