ORICON STYLE

2007年08月08日
バック・トゥ・70’S
音楽シーンを彩ったヒット曲
職業作家が活躍し、フォーク・ソング、ニューミュージックが台頭した時代
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 昭和の大ヒットメーカー・阿久悠さんが他界し、各メディアは連日、その功績を取り上げる特集を組みました。阿久さんが大活躍した70年代には、どんなスターが生まれ、どんなヒット曲が時代を彩ったのでしょう。本特集では、70年代のオリコンランキングをひも解きヒット曲にフォーカスして70年代のミュージックシーンを総括してみます。
「黒ネコのタンゴ」(69年)
皆川おさむ
14週 223.5万枚
誰でも口ずさめるシンプルなメロディーが幅広い層に受け入れられた
「また逢う日まで」(71年)
尾崎紀世彦
9週 95.6万枚
阿久 悠=筒美京平コンビによる同作は、71年度のレコ大受賞曲
「旅の宿」(72年)
よしだたくろう
5週 70.0万枚
「結婚しようよ」を上回る吉田拓郎の最大のヒット曲となった
「神田川」(73年)
南こうせつとかぐや姫
7週 86.5万枚
いわゆる“四畳半フォーク”の代表作。彼ら唯一の1位作
「恋のダイヤル6700」(73年)
フィンガー5
4週 83.7万枚
和製ジャクソン5、沖縄出身の玉元兄弟5人組。「学園天国」は小泉今日子が90年にカバー、00年代には慎吾ママがカバーしている
「あの日にかえりたい」(75年)
荒井由実
2週 61.5万枚
初の1位獲得曲。ユーミンが手がけた「『いちご白書』をもう一度」も同時期にヒット
「およげ!たいやきくん」(75年)
子門真人
11週 454.8万枚
現在まで堂々歴代1位のセールスを誇る驚異のシングル
「北の宿から」(75年)
都はるみ
4週 143.5万枚
76年度のレコ大、歌謡大賞受賞曲。作詞・阿久 悠、作曲・小林亜星
「青春時代」(76年)
森田公一とトップギャラン
5週 101.8万枚
森田公一は天地真理やアグネス・チャン等の作曲家としてもお馴染み。作詞は阿久 悠
「わかれうた」(77年)
中島みゆき
1週 76.9万枚
ヤマハ・ポプコン出身の中島みゆきの初の1位曲
「勝手にしやがれ」(77年)
沢田研二
5週 89.3万枚
歌の途中でかぶった帽子を投げるアクションに話題集中
「UFO」(77年)
ピンク・レディー
10週 155.4万枚
全作品中最高のセールスを記録。78年度のレコ大受賞曲
「微笑みがえし」(78年)
キャンディーズ
3週 82.9万枚
78年4月のラストコンサートへ向けての絶頂の時期にリリースされた唯一の1位曲
「津軽海峡冬景色」(77年)
石川さゆり
1位はとらなかったが、石川さゆりの名を世に知らしめた出世作(72.7万枚)。作詞は阿久 悠
※週数(ex14週)は1位獲得週数
枚数は累積売上枚数
プロの作家が活躍した70年代

 日本万国博覧会(大阪万博)で幕を開けた1970年代、ミュージックシーンでは、この年の年間1位シングルとなった皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」(223.5万枚)が大ヒット。わずか6才の男の子の歌声が日本中を席巻していました。

 翌71年にヒットした、尾崎紀世彦「また逢う日まで」は、作詞・阿久悠、作曲・筒美京平コンビによるもので、71年度の日本レコード大賞受賞作となりました。小柳ルミ子「わたしの城下町」が大ヒットしたのもこの年。デビュー曲にして、134.4万枚のミリオンセールスを記録し、一躍スターの仲間入りを果たした彼女は、その後も「瀬戸の花嫁」(72年)、「京のにわか雨」(72年)とヒットを連発しています。

 翌72年には、吉田拓郎(当時はよしだたくろう)の「旅の宿」が1位を獲得。時代はフォーク全盛期。井上陽水、風、イルカ、かぐや姫・・・といったアーティストが人気を集めており、75年には、日本で初のオールナイト野外コンサート“つま恋”が開催されています。この伝説のコンサートで、フォークは絶頂期を迎えたと言ってもいいでしょう。

 そんなフォーク人気の高まる中、72年、ユーミンこと荒井由実(松任谷由実)が、「返事はいらない」でデビュー。洗練された都会的な風景をイメージさせる新感覚のポップスは、一躍人気を博し、以降、ユーミンはニューミュージックを牽引する存在となりました。その荒井由実は「あの日にかえりたい」(75年10月)が初の1位曲。これにとって変わったのが、現在に至るまで歴代1位のセールス454.8万枚の売上を誇る「およげ!たいやきくん」(75年12月)で、フジ『ひらけ!ポンキッキ』の挿入歌でした。

 同年には、ヤマハ主催の“ポプコン”、そして“世界歌謡祭”でグランプリ(「時代」)を獲得した中島みゆきがデビュー。77年には5枚目のシングル「わかれうた」で初の1位に輝いています。

セールスに大きな影響を与えるようになったテレビ番組

 一方、アイドルに目を転じると、日本テレビ『スター誕生!』(通称『スタ誕』71年〜83年)から誕生した“中三トリオ”、山口百恵、桜田淳子、森昌子がヒットを飛ばし、男性では、“新御三家”こと西城秀樹、野口五郎、郷ひろみが人気を呼んでいました。

 その『スタ誕』からは、以降も数多のスターが生まれましたが、その筆頭に挙げられるのは、やはり76年に『スタ誕』から誕生したモンスター・アイドル“ピンク・レディー”でしょう。「ペッパー警部」でデビュー(76年)、2作目の「S・O・S」で初の1位を獲得して以降、シングル9作連続1位は、松田聖子登場前の最高記録(そのうち5作品がミリオンセラー)。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一コンビ、振付:土居甫という強力タッグにより、ピンク・レディー旋風が日本に吹き荒れました。77年の1位曲の推移を見ると、ピンク・レディー(「S・O・S」、「カルメン’77」、「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド」、「UFO」)の28週、森田公一とトップギャラン「青春時代」5週、沢田研二「勝手にしやがれ」5週と、これらは全て阿久悠作品。年間の1位曲の約7割を同じ作家が占めていたというのは、なんとも驚異的な記録です。

 78年に入ると、矢沢永吉「時間よ止まれ」、サーカス「Mr.サマータイム」、堀内孝雄「君のひとみは10000ボルト」と、資生堂やカネボウをはじめ、企業のCMキャンペーンソングが人気を集めるようになります。松山千春の初の1位獲得曲となった「季節の中で」もグリコ・アーモンドチョコのCMソング。解散直前のキャンディーズがリリースした「微笑みがえし」が全18枚のシングル中、唯一の1位曲を残したのもこの年。

 そして、70年代最後の年には、ジュディ・オング「魅せられて」がミリオンセールスを記録。1位は1週だったものの、ロングセラーで138.3万枚の大ヒットとなった、小林幸子「おもいで酒」、“男尊女卑”論争で話題を振りまいた、さだまさし「関白宣言」が大ヒットしています。

 そして、時代は80年代に突入。アイドル・ポップスとニューミュージックの融合によって花開く、80年代のアイドル全盛時代へと移り変わっていったのです。