ORICON STYLE

2010年09月22日
シリーズ1作目の『海猿』が公開されてから6年──。連続ドラマ、劇場版2作目『LIMIT OF LOVE 海猿』と歴史を刻んできた人気シリーズがついに完結!主人公・仙崎大輔を7年間演じてきた伊藤英明とニューフェイス服部拓也として参戦した三浦翔平。この新しいバディの活躍が、劇場版3作目『THE LAST MESSAGE 海猿』で描かれる。息のぴったり合ったふたりに、ハードな撮影の裏側と『海猿』の魅力を熱く語ってもらった。

7年間、仙崎とともに生きてきて


── 仙崎と服部、新バディを組んだわけですが、撮影中、役者としてひとりの男として、「負けられない!」と思ったことはどんなことですか?
【伊藤】 翔平は、『海猿』ファンだということを公言して、新しいキャストとして現場に入ってきたので、「これが『海猿』だ」というのを見せつけたかったというのはありますね。だから、彼の前ではどんなに辛くてもそれを顔に出さないように心がけました。
【三浦】 すでに出来上がっているチームに入っていくという不安やプレッシャーもありましたけど、英明さんを筆頭に『海猿』メンバーは明るい方たちばかりで、すぐに打ち解ける事ができました。水中撮影が多くて体力的にも精神的にも大変ではあったんですが、がんばっているとか辛いとかという感覚はなくて……。すごく楽しい現場でしたね。
【伊藤】 大変なのは確かなのに、翔平はそれを少しも顔に出さないんです。逆に僕が刺激をもらいましたね。でも、『海猿』の撮影は辛いから楽しいし、楽しいから辛い──表裏一体だったりする。今回の3作目を作るにあたっては、ファンの方が署名運動まで起こしてくれて実現したので、大勢の待っていてくれる人たちがいることがプレッシャーでもありました。けれど、そういう人たちがいるからこそがんばれたと思います。
── そんな厳しい現場で、伊藤さんから三浦さんへのアドバイスもありましたか?
【伊藤】 アドバイスなんてとくにないですよ。緊張感をもって撮影には臨んでほしいけれど、僕に対して緊張しても無駄だし、カメラの前に立ったら同等ですから。僕がダメなときは翔平に助けてもらうし、逆に僕も翔平を助けるし。
【三浦】 スタッフもキャストも仲間という意識がすごく強かったですね。僕がいうのもなんですけど、すごくいい関係だったと思います。
── 伊藤さんにとって仙崎は、撮影期間を含めて7年間演じ続けてきた役。改めてこの7年をふり返ってみて思うことは?
【伊藤】 当たり役と呼ばれる役にめぐり逢えたのは、俳優として本当にラッキーでした。だからこそ、その幸運を離さない努力、観てくれいる人たちを惹き付ける努力をしなくてはならないなと。仙崎と一緒に成長してきたからこそ、7年間の歴史をこの作品に出せたと思っています。これで『海猿』の撮影が終わってしまうと思うと確かに寂しいけれど、また会えるかな、とも思っていて。ただ、毎回これが最後だ!これ以上できない!というギリギリまで力を出しているんです。だからこそ、今回の話をもらったとき、いろいろな意味で前作を超えていかなければならないという覚悟が必要でした。
── そのなかでも、仙崎の成長を見せるために気をつけたこと、心がけたことは?
【伊藤】 やっぱり父親になったことですよね。守るべきものがあるからこそ人は弱くもなれるし強くもなれるわけで。父親だからこういう演技をしようというのではなく、7年間、仙崎とともに生きてきたからこそ、きっと仙崎に子どもができたらこうなるんだろうなと想像できました。子どもを抱いている環菜役の(加藤)あいちゃんを見て感慨深いものがありました。呉(くれ)の街で出会って、様々な壁を乗り越えて、結婚をして……。ああ、やっとこのふたりは大切なものを手に入れたんだなと。

余計な役作りはいらない


── 三浦さんの演じる服部も葛藤を抱え、人間くささを赤裸々に表現する役どころでした。演じがいはありましたか?
【三浦】 そうですね。どのシーンも難しかったんですが、服部という青年は心が折れてしまったり、精神的にアップダウンが激しい役どころで、それがちゃんと表現できているか、という心配はありました。
【伊藤】 羽住(英一郎)監督って本当にうまく役者を転がしてくれるというか……。パート1のときも、撮影に入る前に1ヶ月くらい潜水士の人たちの行う訓練を合宿形式で受けて、本来ならば衣装さんや小道具さんたちが管理するウエットスーツを、役者たちが洗って干して片付けていたんです。そういうふうに自然と役に入らせてくれるので、本番で余計な役作りがいらないんです。今回、僕は羽住監督から、大輔が環菜に贈る絵を描いてほしいといわれて、撮影の合間に泥まみれになりながら描いていました。それは実際には使われていないけれど、絵を描くという行為で環菜への仙崎の気持ちを感じ取ることができたんですよね。
【三浦】 僕は、撮影1〜2ヶ月前からダイビングの訓練を受けました。でも、本番のアクションシーンはすべてが本当に怖くて大変で。山梨の甲府のセットでの撮影はとくに……。そこでは水中ロケがメインだったんですが、ひとつ1トンもあるドラム缶、60個分の水がいっぺんに噴き出してくるシーンは、本気で飛ばされましたから。いつケガをしてもおかしくない撮影の連続でした。『海猿』って、危険な撮影も本当にガチでやっていて、見えないところでもみんなが本当にがんばっている現場なんだなと実感しました。厳しい現場でしたけれど、それがちゃんと映像に現れていると思います。
── そういう過酷なシーンでは伊藤さんの存在が大きな支えになったと思いますが、伊藤さんの背中を見てカッコいいなと思った瞬間は?
【伊藤】 それは常にですね、って俺がコメントしちゃダメか。
【三浦】 (笑)英明さんといるとなぜか「大丈夫だ」って安心するんです。魔法の力があるというか……。
【伊藤】 おっ、嬉しいこといってくれるね。いくら欲しいんだよ(笑)。
【三浦】 いつもこんな感じのやりとりで、現場が楽しくて仕方なかったんです。ホント英明さんって、けっこうすごいんですよ。
【伊藤】 “けっこう”ってどういう意味だよ(笑)。
【三浦】 いえいえ、すごいという言葉でしか表現できないのがくやしいくらい、俳優としても人としても、体力的にも精神的にも……、いろいろな面ですごくて。器が大きいし、心も温かい人ですね。
【伊藤】 ……ったく、いくら欲しいんだ?(笑)。
【三浦】 今日、この腕時計をいただいたので(笑)。
【伊藤】 ああ、それ。翔平は全国キャンペーンをホントにがんばってくれたんです。30日間で28都市30ヶ所を羽住監督と一緒に回ってくれて。なので、その感謝の気持ちを込めて贈ったんです。
── 『海猿』のメンバーは本当にいい仲間なんですね。雰囲気が伝わってきます。最後に、伊藤さんも三浦さんも充実した俳優人生を送っていると思いますが、これから先、俳優として挑戦したいことは?
【伊藤】 僕、俳優論はないんですよ。今はとにかく『THE LAST MESSAGE 海猿』をヒットさせなければという想いでいっぱいですし。でも、翔平はいってもいいんじゃない?今、ヒット中の音楽映画の続編に出演させろとかさ(笑)。
【三浦】 そうですね、なんで僕を出してくれなかったんだろう。ってやめてください(笑)。とんでもないです。とにかく一生懸命やる、それだけです!

(文:新谷里映/撮り下ろし写真:逢坂 聡)

伊藤英明
1975年8月3日生まれ。岐阜県出身。
1997年、デビュー。『Blister』(2000年)で映画初主演。その後、映画、テレビドラマ、舞台などで幅広く活躍する。最近作は、映画『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』(2007年)『252 -生存者あり-』(2008年)『カムイ外伝』(2009年)『THE LAST MESSAGE 海猿』(2010年)など。2010年11月より舞台『ジャンヌ・ダルク』に出演。

三浦翔平
1988年6月3日生まれ。東京都出身。
2008年、テレビドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)で俳優デビュー。以降、テレビ、雑誌を中心に活躍する。最近の映画出演作は、『ごくせん THE MOVIE』(2009年)『リアル鬼ごっこ2』(2010年)『THE LAST MESSAGE 海猿』(2010年)など。2010年11月より舞台『SAMURAI 7』に出演。

大型台風が接近するなか、巨大天然ガスプラント「レガリア」で事故が発生。潜水士・仙崎大輔は、設計主任の桜木らと共に施設へ向かう。だが、救出作業のなか、突然爆発が起こり、大輔らは施設内に取り残されてしまう。大輔は知り合ったばかりの第七管区の服部とバディを組み、要救助者と共に無事帰還する道を探るのだが。一人息子・大洋とともに大輔の無事を祈る環菜は……。

出演:伊藤英明 加藤あい 佐藤隆太 加藤雅也 吹石一恵 三浦翔平
2010年9月18日(土)より「3D」全国東宝系ロードショー(2D同時公開)
(C)2010 フジテレビジョン ROBOT ポニーキャニオン 東宝 小学館 エー・チーム FNS27社

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