ORICON NEWS
古典から進化し生活情報番組にまで浸透? 多様化する “大喜利”コンテンツ
「ひな壇番組」の原点…現代のバラエティーのベースともなった『笑点』
これらは今でいう「自虐ネタ」や「イジリ」の原点でもあり、当時は画期的であった出演者の横並びの構図は、今ではバラエティー番組の定番となり、“ひな壇”へと発展したといっても過言ではないのである。
この『笑点』の55年間には、司会者の交代に対する批判や、1980年代のMANZAIブームによる落語などの古典演芸番組が激減した影響など、多少の危機もあった。しかし、変わらず同じことをやり続け“偉大なるマンネリ”を貫き、コロナ禍においても番組史上初の“リモート大喜利”を実施するなど、『笑点』こそが大喜利の命脈を保ってきたことは間違いないだろう。
競技化&一般化で大喜利ブームを加速させた松本人志の功績
同年、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(同)が突然終了すると、なぜか深夜に『一人ごっつ』がひっそりと始まる。「師匠」(声は放送作家の倉本美津留)によって出されたお題に、松本がボケ回答していくというまさに大喜利的な内容で、「写真で一言」といった名物コーナーも生まれた。団体で作り込むコント中心の笑いにストレスや疑問を感じたという松本は、同番組では大喜利的な瞬間力やセンスを見せ、どこかシュールで狂気的とさえいえる笑いを作り出す姿に視聴者たちも引き込まれていく。
これを機にやがて大喜利はバラエティー番組の定番となっていき、千原ジュニア、有吉弘行、バカリズム、麒麟・川島明、オードリー・若林正恭などは、「大喜利が面白い」としてブレイクしたといってもいいのではないか。特に『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)は、芸人たちの憧れの場・芸人のステータスにまでなる一方、一般応募もあり、チェアマンの松本の選定・批評のもと、プロとアマが参加できる場としても機能している。
大喜利はますます一般化していき、ゼロ年代以降に放送された主な大喜利番組、『着信御礼!ケータイ大喜利』(NHK総合)や『フットンダ』(日本テレビ系)などは、放送が終了しても特番として復活して話題を集めた。
同時に、笑いに点数をつける・順位をつけるという“笑いのコンテスト化”“笑いのスポーツ化”も加速し、『M−1グランプリ』(テレビ朝日系)、『R−1ぐらんぷり』(フジテレビ系)、『キングオブコント』(TBS系)、先の『IPPONグランプリ』といったお笑いコンテスト番組が続々と生まれ、多数の芸人たちがブレイクしていくことになるのだが、すべての番組に関わり、若手芸人の登竜門・評価軸を作った松本人志の功績は計り知れないものがある。
広がる大喜利イズム トーク、生活情報、アイドル番組にまで浸透
そして今、本格的な大喜利番組(!?)として話題になっているのが、麒麟・川島がMCを務める朝の情報番組『ラヴィット!』(TBS系)。出演陣も中堅のお笑い芸人中心のため、川島が「このゴミ箱、どんな便利機能がついている?」など生活情報にからめながら、ほぼ毎日ガチの大喜利が繰り広げられており、ネットでは毎朝のやりとりに盛り上がる視聴者もいるほど。
若干、内輪ウケが強い感もあるが、そこに爆弾をぶち込んだのが同局の『水曜日のダウンタウン』。千原ジュニアが用意した「『ラヴィット!』の女性ゲストを大喜利芸人軍団が遠隔操作(代わりに回答すること)すれば、レギュラーメンバーより笑い取れる説」を実証するため、野性爆弾・くっきー!、オードリー・春日俊彰、霜降り明星・粗品、笑い飯・西田幸治、麒麟・田村裕などの大喜利軍団を投入。遠隔操作されるのはアイドルグループ・ゆるめるモ!の「あの」。「やげん掘の唐辛子に含まれるのは、唐辛子、焼唐辛子、けしの実、麻の実、粉山椒、黒胡麻、もう1つは?」というお題に、西田が「ほぐした赤LARK(タバコ)」「チーソー(麻雀牌)の赤い部分」、くっきー!が「矢田(亜希子)さんの削り歯ぐき」といった具合に珍回答を連発。
アイドルが繰り出すキレッキレの回答に、司会の川島は「めっちゃ怖かった…」、松本は「このままバラしてほしくなかったな。あと2〜3年は続けてほしかった」と絶賛。大喜利に“ドッキリ性”が加わった進化形ともいえるが、同時に大喜利の実力と醍醐味、つまり“芸”としての深みが証明された瞬間でもあったといえよう。もちろん、この様子はネットでも即話題となり、「赤LARK」はトレンド入りまで果たした。
今なお古き良き大喜利の姿を見せてくれる『笑点』、常に新しい笑いの姿を提示する松本人志型大喜利。それらのフォーマットは独自に多様化しながら各番組へと浸透していく。大喜利は“ひらめき”や“センス”を武器に勝負するものだが、だからこそ視聴者でも参加できる懐の深さも持っている。さらなる進化を遂げていく大喜利には、今後は教育番組やCM世界などへも進出する可能性が秘められているかもしれない。