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X JAPANのYOSHIKI ポール・マッカートニーとのハグに感激、波乱の音楽人生を語る

 日本のみならず、世界にも大きな影響力を持つX JAPANのリーダーにして、クラシックのピアニストでもあるYOSHIKI。そんな彼は、来年1月にクラシック音楽の聖堂、ニューヨーク・カーネギーホールでコンサートを開催。それに先駆けて12月には大阪・東京・香港をまわるワールドツアーも行う。ルーツであるクラシック、父の死をきっかけに出会ったロック、そしてX JAPAN。世界的に活躍するYOSHIKIを形作った波乱の音楽人生とは?

◆X JAPANの作曲も楽器は使わず、すべての音は譜面に書く

――2014年には第1弾のクラシックツアーを行っていますが、ロックバンドでのツアーとの大きな違いは、どんなところに感じましたか?
【YOSHIKI】僕の中では、ロックとクラシックとであまり違いは感じていないんです。クラシックは、演奏する音が全部譜面に書いてあるわけだけれど、僕自身がそもそも、曲は譜面に全部書いちゃうから。ドラム譜、ギター譜、コード譜まで全部。作曲するときに楽器は使わないで済むから、譜面さえあれば飛行機の中でも書けちゃう(笑)。X JAPANの曲も99%譜面になっているので、それに沿って演奏するという意味ではクラシックも一緒。譜面以外のところで音がぶつかると、瞬時に僕はわかってしまう。SUGIZOも、X JAPANに入ってビックリしてました。「弾く音が全部決まってるんですね」って。

――クラシックでグルーブ感みたいなものは出せるんですか。
【YOSHIKI】全部音が決まっていても、その中でグルーブ感を出せばいい。あとは、クラシックをやることで、絶対にX JAPANにも跳ね返ってくることはあるな、とは思います。大きな括りの中では、ロックもクラシックも“音楽”なので。それで人の心を揺さぶることができるかどうかがすべてでしょう?

◆日本で居場所なく、「アメリカでは絶対に受け入れられない」と言われ……

――ある意味、YOSHIKIさんの音楽がもう一つのジャンルなのかもしれないですね。
【YOSHIKI】というか、もともとX JAPANの音楽が、かなりのクロスオーバーだと思うんです。20年ぐらい前にアメリカに渡ったときは、レコード会社の人たちに、「アメリカでは、あんな超がつくヘビーな曲の後に、突然ピアノでバラード歌っても絶対に受け入れられない!」って言われたんです。

――そうなんですか。
【YOSHIKI】もっと遡れば、日本でもずっと、僕ら、居場所がなかったですからね。「スピード感のある激しい音楽なのに、なんでメイクしてるんだ!」とか(笑)。でも、メイクをしていたのも、明確なコンセプトがあったわけじゃない。ただ面白いからやっていただけ。反抗期だったので、言われれば言われるほど派手なパフォーマンスをしたくなって(笑)。気づいたら、ビジュアル系というジャンルが確立されて、気づいたら世界にも広がっていった。

◆突然の父親の死、悲しみと怒りの受け皿になったロックとの出会い

――YOSHIKIさんがロックと出会う前。少年時代は、クラシックのピアニストになることを夢みていたんですか?
【YOSHIKI】4歳からピアノをやっていて、当時は絶対にクラシックの道に進むんだなと思っていました。父親もピアノをやってましたし。でも、まぁ、10歳のときに父親が亡くなって、そのタイミングでロックと“出会ってしまった”んです。

――“出会ってしまった”?
【YOSHIKI】父の死因が、自殺だったんです。そのときは、少年ながらに悲しみと同時に怒りも湧いてきて、ロックは、そういう行き場のない様々な感情の受け皿になってくれた。僕も当時は自殺願望がすごかったので、もしロックと出会わなかったら、あのとき父を追うように死んでしまっていたかもしれないと思います。ロックと出会ってからも、クラシックは続けていたんですが、今こうやってクラシックのコンサートをやるようになったことは、音楽のルーツに戻っているような感覚があって……。自分の中には両方とも必要なのかな、と。

――X JAPANは、派手で過激なパフォーマンスが注目されたりもしていますが、クラシックコンサートの演出は?
【YOSHIKI】プロジェクターで、カーネギーホールの壁に映像を映し出す演出はあります。それは、12月の日本公演でもやります。他にも、クラシックでは珍しく、インプロビゼーション……即興でそれぞれの楽器が演奏する時間を作ろうと思ってます。僕はクラシックのコンサートもよく行きますし、好きですし。ああいう格式の高い、あらたまった感じの場所が、僕がきっかけでもっと大勢の人に興味を持ってもらえたらとは思います。ジャンルの垣根を越えた、橋渡し的な役割が果たせたらいい。

◆昨年末には“紅白”に出演、第二の人生をくれた日本のファンへ感謝

――昨年末には、X JAPANとして『NHK紅白歌合戦』にも出場しました。
【YOSHIKI】あれだけ大勢の人が観る番組で、楽曲を披露できる場を与えてもらっただけで光栄です。もともと、僕がこうやって世界で活躍できているのも、X JAPANの解散があって、復活するまでの間も、日本のファンの皆さんがずっと応援してくれていたからなので。僕に第二の人生をくれたのは、日本のファンの皆さんだと思っています。

――なるほど。
【YOSHIKI】ただ、海外に出たときは、外国のアーティストになろうとして行ったわけじゃないんです。海外でメンバー交替があったときも、日本人を入れることにこだわりました。僕はマリリン・マンソンとコラボしたりすることもありますけど、X JAPANに外国人のボーカリストを入れていたら、それはそれで違うような気がするんです。僕らの活動が、日本のバンドの刺激になればいいなというのも、僕が海外で活動する理由の一つです。

ポール・マッカートニーの前でアメリカ国歌を演奏

――そんな多忙な中、来年はアルバムもリリース予定ですが。
【YOSHIKI】本当に出るんですかね? 誰も信じてないですもんね。……自分でも信じないです(笑)。でも、たかが一つのバンドのアルバムが出るか出ないかで、ここまで騒がれるのも幸せですよね。たまに脅迫の手紙とか、きますよ。「アルバム出ないならぶっ殺してやる!」みたいな(笑)。

――アルバムの譜面は全部揃っていて、曲順も決まっているとか。
【YOSHIKI】そうですね。だから、僕が死んだら、楽譜は死ぬほど残ります。あまり酷い曲以外は捨ててないので。500曲ぐらいはあるんじゃないかな。この間、松田聖子さんに曲を提供するときも、30曲ぐらいは書いたと思います。自分の作った楽曲が、恐竜みたいに絶滅しちゃうジャンルになってしまうことだけは避けたいんですけどね。200年後も、きっとみんなビートルズの楽曲は聴いてるだろうって想像できるじゃないですか。つまり、ビートルズは200年後にクラシックになる……。ビートルズといえば、数週間前に僕、ポール・マッカートニーの前でピアノを弾いたんです。

――え? 本当ですか? どうして?
【YOSHIKI】あるパーティに呼ばれて、数十人のゲストの前でアメリカの国歌を弾く機会があったんです。その数十人の中に、ポールやU2のボノもいて。すごい経験でした。最後、ポールに握手を所望したら、ハグされました! あー緊張した!!(笑)。
(文/菊地陽子)



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