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実写『鬼太郎』ウエンツ瑛士、水木さんを追悼「これからも先生の思いをつなげて」

 『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家の水木しげるさんが30日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。93歳だった。訃報を受け、水木さんの代表作『ゲゲゲの鬼太郎』の実写版映画2作品で、主人公・鬼太郎を演じたウエンツ瑛士が追悼コメントを寄せた。

 僕は鬼太郎役で映画2作に主演させていただきました。
 水木先生とは、それぞれの作品のスタッフ向け試写会でお会いさせていただきました。お話すると柔らかい印象でした。試写を見終わった後、先生が「君は77点だよ!」とおっしゃるので、ちょっと低いのかなと心配になったんですが、そのあと先生は「80点満点でね」と付け加えました。
 思ってもないところから言葉が飛んでくる、すごいユーモアのある方と驚きました。僕自身が「なんで自分が鬼太郎なんだろう」と不安に思っていたところだったので、すごく気が楽になったのを覚えています。

 映画「ゲゲゲの鬼太郎」に主演させていただいたことは、自分の芸能人生にも大変、大きな転機になりました。僕はもともと、こういう容姿がコンプレックスで、事務所にも「役者はできないかもしれないよ」と言われていました。でも鬼太郎がヒットして、個人的にも映画賞の新人賞なども頂けて、役者としての未来を開くきっかけをいただけました。
 原作の水木さんご自身が、自分の道を貫いて、鬼太郎の世界を築き上げたとあって、どういう風に生きていくべきかまでを、僕に教えてくださった気がします。

 先生はきっと今ごろ、あの世で自分自身がつくった妖怪とたわむれているんじゃないでしょうか。残された僕たちは悲しいですが、先生は楽しんでいらっしゃるはず。先生はお亡くなりになりましたが、キャラは生き続けるので、演じさせていただいた僕は、これからも先生の思いをつなげていこうと思います。
 心よりご冥福を申し上げます。

ウエンツ瑛士

 水木さんは1922年、鳥取県境港市生まれ。太平洋戦争時、激戦地であるラバウルに出征、爆撃を受け左腕を失うも復員後紙芝居画家となり、その後、貸本漫画家に転向。代表作に『河童の三平』『悪魔くん』など。1991年に紫綬褒章、2003年に旭日小綬章などを受章。2010年には文化功労者にも選ばれている。



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