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樋口真嗣監督、『進撃の巨人』実写化の胸中「ビジュアルは原作に忠実。答えは漫画にある」

 「映画は常に観客にとって力強い前進を示さなければならない」――樋口真嗣監督が25年前に書いた、ある映画の企画書の冒頭の言葉だ(『怪獣文藝の逆襲』角川書店刊)。1984年、造形助手として参加した映画『ゴジラ』以降、アニメ、実写を問わず、数々の現場で実績を重ねてきた樋口監督が、国内のみならず、全世界に衝撃を与える怪物漫画の実写映画化に挑んだ。特撮部分はもちろんのこと、音や動き、実写ならではの要素を存分に発揮した、ド迫力の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』にかけた思いを聞いた。

◆原作者・諫山創氏から言われていたこと

――爆発的な勢いで広まった原作ですが、樋口監督のファースト・インプレッションとは?
【樋口】 主人公のエレンたちと比べて、明らかに巨人たちの絵には、得体の知れない、悪意を込めて描いている感じがしました。その悪意の込め方みたいなものに、いい意味での違和感を感じて、これが画になるといいなあと。同時に、救いのない感じもしました。理不尽に(巨人に)食べられてしまう世界観を、どうやって構築していくかという課題も生まれました。

――実写映画化の柱として、原作から抽出したものは何でしたか?
【樋口】 地獄のような状況のなかで主人公たちがあがいている姿……僕はある程度年を取ってしまったので遠い昔にいつも抱いていた感情……たしかに10代、20代のときには自分のなかにも、作品世界の登場人物たちのような、自分が何者かわからないし、自分が誰からも認められていないときのもやもやした感じがあって、ジタバタと悪あがきをしていたなあって。そのジリジリした感じ、言わば壁に囲まれた世界のようなものだと思うんですが、そこから主人公たちがどうやってそれを越えていくのか? そのなかで、自由を手にするための唯一の方法が(空中移動を可能にする)立体機動装置という……。やっぱり巨人と壁と立体機動装置が、『進撃の巨人』の核となるものなんじゃないかと思って、その3つを原作の要素として活かしながら、それぞれの登場人物の心の隙間を埋めていくようにして作っていきました。

――最初に原作を読んだときに、監督が感じられた悪意も含め、圧倒的な力で世界を支配する巨人をどう映像化していくかについて、原作者の諫山創さんとはどのようなやりとりがありましたか?
【樋口】 巨人に(人間を)怖がらせるようなお芝居をさせないでくれ、と言われていたんですよね。例えばゾンビのように、目をむいて脅かすみたいなことではなく、獣みたいにパワフルになったり、アグレッシブになったりもせず、ある意味無気力に、ヘラヘラと笑っている。生きている意識さえも希薄に見えるなかで、人を喰う感じにしたいという意向がありました。どうしても(俳優って)みんながんばり過ぎてしまうので、巨人の芝居ではがんばらないことで気持ち悪く見えるようにやっていきました。

――原作の絵の、読む者に訴えかけてくる強烈な巨人の恐ろしさは、どう3次元化されたのですか?
【樋口】 原作を読んで感じた、巨人の気持ち悪い怖さについては、諫山さんと話していて、自分のなかで“あ、そういうことか!”と思ったのは、満員の終電に乗ったときの、隣に酔っ払いがいるという他人の嫌な感じ(笑)。他人だからこそ、顔のパーツの配置が気持ち悪く見えてしまうみたいな、知り合いじゃない他人が、すごく気持ち悪く見える瞬間があるというのか。もしかしたら、そういうメタファーなのかなと。東京に出てきたばかりで、まだ知り合いも少なかった頃の心細さとか、周り全員が敵に見える瞬間とか、そういうことの表れなのかなあなんて勝手に解釈していました。

◆すごいものができるまで作り続ければいい

――現実とはかけ離れた物語のなかに、人間としての普遍性を感じ取られたのですね。実写化の方向性を探りながら、巨人のビジュアルイメージは、監督のなかではわりと早い段階で明確にあったのですか?
【樋口】 ビジュアルは原作に忠実に撮りました。だから答えは漫画にある。どう見せるか? と悩むより、どこまで取りこぼさずに実現するかというのが、いちばんのネックになったというのか。画で描けることと現実でできることの差はどうしてもあるので、そこをどうやって埋めていくかを考えながら、なるべくこぼさないようにやっていきました。

――例えば身長120メートルに設定された、超大型巨人は、上半身だけの人形を制作し、7〜12人がかりで操演する一方、巨人から立ち上る蒸気などはCGで表現したそうですね。巨体ならではの重さや風を感じる仕上がりでした。
【樋口】 超大型巨人は、原作の持っているキャラクターのインパクトを形にしていくから、全部CGでやると、存在そのものがちょっとバカバカしくなってしまう。歯がたくさんあったりとか、あまりにも現実から超越してしまっている感じのインパクトって、作った方が早い。“こりゃスゲーや!”というものがスタッフ間で共有できれば、結果にも反映されるので“じゃあ、すごいものを作ろう”と。すごいものができるまで、作り続ければいいわけで(笑)。

――アナログとデジタル、それぞれの技術の利点を活かして、スタッフのアイディアと工夫で生み出された脅威の世界。そんな恐るべき巨人に立体機動装置を駆使して立ち向かっていく主人公エレン(三浦春馬)たち。VFX技術以上に、エレンたちが繰り広げる人間ドラマの部分に、実写映画ならではの物語を色濃く感じました。
【樋口】 やっぱり僕のなかでは、原作の主人公はエレンなので、エレンを救済する物語にしたいというのがあって。原作では、自分がただの人間じゃないということも含めて、エレンがものすごく苦しんでいるように見えたので、そこを中心に物語を再構築していったんです。

――人間ドラマの部分には、映画オリジナルの設定が盛り込まれていますね。
【樋口】 いちばん大きく変えたのは、エレンの(巨人に立ち向かっていく)動機でした。目の前で母親が食べられてしまったというのでは、男として弱い気がしたんです。母親が殺された復讐を果たせたら、それでいいのかよ? って(笑)。もう少し、彼に負わせる十字架を重たくしたかった。何を失えば、エレンはいちばん不幸なんだろう? と諫山さんや(脚本を担当した)町山(智浩)さんと話したときに、ミカサ(水原希子)じゃないの? ということになった。自分の手から取りこぼし、奪われてしまったミカサを、どうやって取り返すかという物語にしていこうと。エレンにとって、何が地獄で、何が幸福か? というところから、物語をもう1回組み立て直していくなかで、エレンを取り巻く人間関係も作り直していきました。

◆シキシマという新キャラクターが生まれた理由

――壁の外の、まだ見たことのない世界に思いを馳せるエレンの、巨人への畏怖以上に自由を求める若さ。そんな彼とともに、高い壁に挑むアルミン(本郷奏多)たち人間兵のドラマには、青春群像劇のようなさわやかさも感じました。
【樋口】 あぁ、いいですねぇ。自分では恥ずかしくて言えないんですけどね。もう今年で50(歳)になるおっさんなので“もう青春でもねーだろっ!”とも思うんですけど(笑)。ただね、5年前までは、20代の主人公に自己同一化できていたのが、さすがにできなくなりはじめていて。撮っていて“あ、俺は春馬のきらめきに自分を重ねられない! もうダメだ!!”って。シキシマ(長谷川博己)というキャラクターが生まれたのも、シキシマみたいな存在がいないと、自分を通すフィルターになれないというのか。かつての自分と今の自分、両方出して、戦わせることで、向こうみずでまっすぐな主人公たちが描けたというのか。

――シキシマは、監督を投影したキャラクターだったんですね?
【樋口】 『赤ひげ』って映画(1965年/黒澤明監督:江戸幕府の設置した医療機関・小石川養生所を舞台に、所長の赤ひげ(三船敏郎)と青年医師(加山雄三)の心の交流を描く)があるんですけど、10代の頃に初めて観たときには、腹が立ったんですよ。加山雄三と三船敏郎が対立する話で、結果的には三船敏郎の常識が、加山雄三の若さをねじ伏せるんですよね。当時の自分としては、それがものすごく許せなかった。後編を観ていただければわかるんですけど、三浦春馬(扮するエレン)をどう映すかという点において、まだ俺は年寄りにはなってないなって(笑)。いま『赤ひげ』を観ると(赤ひげの正しさは)痛いほどよくわかるんですけどね。でもあれじゃあ、次の世代に何かを託せないんじゃないか? って。そういった意味で今回は、世代間の抗争にしていくことで、エレンというキャラクターに自分を託せるという仕掛けを作りました(笑)。

――『赤ひげ』の加山雄三扮する保本の清潔な自尊心や、本作のエレンの折れそうなほどまっすぐな勇気には、観ていて応援したくなるような、それでいて観終わった後には打ちのめされてしまうほどのパワーがありました。人はいくつになっても、大きなものに立ち向かうとき、少年のような青臭さが必要なのかもしれませんね?
【樋口】 そうですよね。ただ、最初に原作漫画を読んだとき“21世紀になると少年漫画ってこうなるのか!”っていう新しさを感じたんです。あがきも含めたところで、自分たちもかつて『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズで、碇シンジという主人公たちに自分を託していた。その『エヴァ』を観て育った、諫山さんくらいの世代の人たちが、彼らなりのまた新しい、立ちはだかる強い力に対して立ち向かっていく物語を作っていることは、すごく頼もしくもあって。もやもやしているものと戦っている感じがするわけですよ、漫画を描きながら。それが眩しかったんですよね。
(文:石村加奈)



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