ORICON STYLE

2008年03月05日
最強のミュージックマンが音楽を語る!! vol.4
ソニー・ミュージックレコーズ 代表取締役執行役員社長村松俊亮氏
profile

村松 俊亮 氏
87年海BS・ソニーグループ(現潟\ニー・ミュージックエンタテインメント)入社。以後、販売促進、制作、大阪営業所などを経て、01年潟\ニー・ミュージックレコーズSoffio Records代表就任。02年同社代表取締役 執行役員専務就任。05年同社執行役員社長就任、現在に至る。これまでにORANGE RANGE、YUI、伊藤由奈、UVERworld、K、高橋瞳、加藤ミリヤなどをブレイクさせる。

「喝采」/ちあき なおみ 「喝采」/ちあき なおみ

 確か私が小学生の時に「日本レコード大賞」を獲った作品。この曲の素晴らしいところはなんといっても“詞”。シーンが映像になって鮮明に浮かんでくる。“歌詞”がまるで短編小説のように思えた、そんな気持ちにさせられた記憶を今でもはっきりと覚えている。自分の中のいい曲=いい詞の基準というか、物差しはこの曲といっても過言ではない。恋の歌はせつなくなければいけないし、ドラマ性がなければいけない。すべてこの「喝采」という曲が教えてくれた。

『NO SIDE』/松任谷由実 『NO SIDE』/松任谷由実

 ユーミンが書く詞も、短い中にもきちんと起承転結、ドラマがあって素晴しい。特にこのアルバムの曲はどれも詞も曲もドラマティックで、耳にも心にも残る。
それとなんといっても彼女の声は唯一無比の存在だと思う。あの硬質な声質は、性別とか年齢とか一切感じさせない、超越した世界観を醸し出し、詞の世界にどっぷり浸れるところが素晴しい。歌がうまいとか下手とかは関係なく、素晴しい詞をいかにきちんと聴き手に届けるかが大切、ということを気づかせてくれた作品。

『THE STRANGER』/BILLY JOEL 『THE STRANGER』/BILLY JOEL

 音楽の影響といえば、自分にとって最も影響を受けたのは4歳上の兄だ。当時彼が聴いていたのはオールマン・ブラザーズ・バンド、リトル・フィートといった玄人好みのものが多く私にとっては“難しい”音楽だったのだと思う。でもそんな兄のコレクションの中で、このアルバムだけは「なんてポップなんだろう」とものすごく“新鮮”に感じたことを覚えている。聴きやすく、一度聴いただけではまった。当時中学生だった私は、辞書を片手に聴き、歌詞を一生懸命訳した記憶がある。彼のメロディとサウンドが織り成すポップスに触れ、“新しい感覚”を自分の中に植えつけてくれた作品として、忘れられない一枚。

そして今、「ドラマ性があり映像が浮かんでくる詞」「詞の世界観にどっぷり浸ることができる声」「良質なポップス」、この3つを求め、こだわって仕事をしている。

EMIミュージック・ジャパン執行役員Virgin Music プレジデント高木 亮氏

高木 亮 氏

東芝EMI音楽出版鰍経て、1993年に東芝EMI鞄社。10年余り洋楽を担当した後、2004年に邦楽部門に異動となり、2007年より現職。

『メイド・イン・ザ・シェイド』/ザ・ローリング・ストーンズ 『メイド・イン・ザ・シェイド』/ザ・ローリング・ストーンズ

 入門編的ベスト盤なので怒られてしまいそうですが、初めて買ったストーンズのレコードということで選びました。
1975年、ニューヨーク五番街に乗りつけたトラックの上でストーンズが行った演奏シーンをTVのニュースで見た瞬間、体の中の何かが変わってしまったかのような衝撃に見舞われました。翌日レコード屋にすっ飛んでいって入手したのがこのLPなのですが、それまでカーペンターズやビートルズといった比較的耳ざわりの良い洋楽しか知らなかった私は、「ブラウン・シュガー」や「ビッチ」の持つグルーヴ感や猥雑な世界に、完全にやられてしまいました。いわゆるロック原体験というやつです。
以降、ロックを貪ることが生活の中心になり、結果的に音楽業界に入ることになったわけですが、この歳になって振り返っても、(とりわけ1970年代までの)ストーンズにはロックンロール・バンドの魅力の全てのエッセンスが凝縮されていると思います。
Virginレーベルにストーンズが移籍したタイミングでEMIに入社しまして、幸運なことに担当ディレクターになりました。1995年、2度目のジャパン・ツアーを行ったストーンズは、今は無くなってしまった弊社の第3スタジオで2日間に及ぶスタジオ・ライヴ・レコーディングを行っています。そのセッションの中から最終的に5曲がアルバム『STRIPPED』に収録されたわけですが、ロックの歴史が刻まれる瞬間に立ち会うことが出来た素晴らしい体験でした。

『勝手にしやがれ!!』/セックス・ピストルズ 『勝手にしやがれ!!』/セックス・ピストルズ

 高校生の頃、ロンドン・パンクの波が日本にも上陸。クラッシュ、ダムド、ジャムと、ささくれだった音をかき鳴らすバンドが大量に出現しました。パンク・ムーヴメントの背景には、当時のイギリスの荒廃した社会情勢があるということでしたが、日本の平凡な地方都市に住んでいた私には何のことだかさっぱり分かりませんでした。それでも、パンクの持つギザギザした音の質感、剥き出しの反抗精神、見たこともないファッション、そのどれもが刺激的でした。
 そんな中でも、ピストルズは別格でした。唾がレコードから飛んできそうなジョニー・ロットンの甲高い怒鳴り声を毎晩ヘッドホンから体に注入しては、10代特有のやり場の無いフラストレーションを持て余していたように思います。
 1996年、賛否両論を巻き起こした再結成ツアー初日を取材するためにロンドンを訪れました。ステージを覆いつくした巨大な紙をバリバリ破りながら、まるまる太ったジョニー・ロットンが飛び出てきた時には一瞬のけぞりましたが、それでもパフォーマンスは最高でした。当時より何倍も上手になっている演奏を聴きながら、ピストルズ唯一のオリジナル・アルバムである『勝手にしやがれ!!』に収録された楽曲達が持つ奇跡的なクオリティを再認識しました。このアルバム一枚だけで、ロックという表現そのものを塗り替えてしまっただけのことはあります。

 『ラプソディー』/RCサクセション  『ラプソディー』/RCサクセション

 ストーンズにピストルズと、もっぱら洋楽に染まっていた私が、初めて日本のロックに開眼させられた作品です。  TV番組のパフォーマンスを観て、「おっ、ストーンズっぽいバンドが出てきた」と思って、軽い気持ちで手にしてみたのですが、その生々しい歌詞の世界に完全に打ちのめされてしまいました。「吉祥寺あたりでゲロ吐いて」、「市営グランドの駐車場、二人で毛布にくるまって」といったフレーズには、洋楽の歌詞カードの中には絶対に見当たらない、身近な日常がギッシリと詰まっていました。
RCサクセションが日本のロックに与えた影響は計り知れないと思いますが、なかでも忌野清志郎さんの歌詞が当時のシーンにもたらしたインパクトは絶大だったと思います。まだまだロック風の単語を並べたてて殴り書いたような稚拙な歌詞が多かった時代でしたが、RCの歌には、「こんなことまで歌っちゃっていいんだ」という驚きがありました。
心臓を鷲掴みされてしまうような歌詞には、リスナーの人生観まで変えてしまうような大きな力が宿っていると思いますが、日本のアーティストで最初にそのことに気付かせてくれたのがRCサクセションでした。

ユニバーサルミュージック株式会社町田 晋氏

町田 晋氏
1981年 東芝EMI音楽出版株式会社入社。89年東芝EMI株式会社邦楽制作部転籍、98年ポリグラム株式会社(現ユニバーサル ミュージック株式会社)入社。


『Hot Five & Hot Seve『黒いオルフェ オリジナルサウンドトラック』 『Hot Five & Hot Seve『黒いオルフェ オリジナルサウンドトラック』

 今から40年くらい前なので記憶は定かではないんですが、小学生の私はクラシックギターを習ってました。基礎の練習が退屈な時に偶然に聴いた『黒いオルフェ』という映画のテーマ曲にヤラレテしまいました。理屈ではなくとにかく好きで、親に頼んでアルバムを買い、ギターでコピーしておりました。後にブラジルの生んだ偉大な作家の一人である、ルイス・ボンファの曲であったり、映画自体がカンヌ映画祭でグランプリを取っていたり後付けではありますが、素晴らしい曲に出会えて良かったなあ、と今でも思っております。


『ブラームス交響曲 第4番』 『Show C『ブラームス交響曲 第4番』

 高校2年のクラス替えで隣に畑中君という人が座りました。その彼が私にブラームス研究会に入れ!と勧誘してきました。強引に勧誘された私は月に1回横浜の旧イギリス公使館に行き、うんちくを語る(正確には聞く)んですが、皆の言っている事が何だか分からない・・・ところがある日、この曲を聴いてまたまたヤラレました。まあこれも理屈ではない、哀愁という言葉は当時私の辞書には無かったんですがこの日を境に赤字、太字でインプットされました。
ちなみに「さよならをもういちど」というフランス映画で交響曲第3番の第3楽章が使われていた記憶がうっすらあります。このホルンの奏でるメロデイも素晴らしいです。


『The Songs In The Key Of Life』/Stevie Wonder 『The Songs In The Key Of Life』/Stevie Wonder

 1976年に発表されたこのアルバムは、その頃将来の見えない私に衝撃を与えました。まっこれも理屈ではないんですが、何を聴いてもすぐ退屈してしまう私が2枚組のこのアルバムだけは一気に聴けたんです。今は残念ながら“音楽”を売る仕事に就いたため、音楽を語りまくることが多くなってますが、当時、感受性豊かな青年の私は楽曲、歌唱、サウンドデザイン、どれも完璧なこのアルバムが好きで好きでたまらなくなってしまいました。“音楽”を聴くのではなく“体感”した初めてのアルバムかも知れません。