――まず、アーティスト名をberryから本名の池上ケイに変えたいきさつを。
【池上】 本名にしたいっていうのはberryでスタートした時からずっとあったんですよ。だけど池上ケイが大切なぶん失敗したくないって思いがあって、大きなチャンスがくるまで本名はとっておこうって決めてたんです。
――今回、とうとうそのチャンスがきたと。
【池上】 チャンスというよりスランプがきっかけですね。昨年3月に「咲きましょう」をberryとして出したんだけど、その後から急に自分の方向性が見えなくなって、曲がまったく書けなくなくなっちゃったんですよ。その時はもう本当、終わっちゃうってぐらい落ちこみまして・・・。でも結局最後は開き直って、書きたくなるまで書かないでおこう!って焦るのをやめたんです。そうしたら自然に書きたくなる瞬間っていうのがあって、その一発目にできた曲が今回の「Grow」だったんです。
――曲が書けた瞬間はどんな気持ちでした?
【池上】 すごく気持ちよかった!サウナから出た瞬間みたいな(笑)。それぐらい本当に自分をストレートに出せた曲だったので、これはいいタイミングなのかなって思って池上ケイでやっていこうって決めたんです。でもberryも池上ケイの音楽も、心から湧き出る叫びみたいな部分は変わっていない。それはずっと大切に持っていきたいものなので。
――“叫び”って感覚は「Grow」から感じますね。詞にも歌声にもどこか切迫感があって。
【池上】 サビが<なぜ生まれたの なぜ生きてるの>ですからね(笑)。これは作詞家の松井五郎さんにいろんな話をして書いてもらったんですけど、読んで涙が出そうになりました。こういうことを自分に問いかけてしまう経験って誰もがあるし、実は私も去年の1月まで看護師をやっていて生死についてすごく考えるところがあったんです。
――音楽をやりながら看護師を?
【池上】 そう。音楽と並行してやってました。
――意外な経歴・・・というか貴重な体験ですね。
【池上】 すごく貴重。生命の現場にいることでそれを受け入れられなかったり理解できない葛藤を味わったし。その経験もあって、生死に対してすごく敏感なんですよ。少しでもその部分について疑問を感じると悩まずにはいられない。答えの出る問題じゃないんだけど、とにかく深く考えるというかこだわらないと気がすまないんですね。
――そんな池上さんだからこういう曲が出てくるんでしょうね。歌う時はどんな気持ちで?
【池上】 歌うときは逆にサラっとするようにしました。こういう詞はそのまま深く歌っちゃうとダークでくどくなっちゃうんで。あと今回はやり直しのきかないアナログ録音ってことで、あまり歌い込まないようにしたんです。
――今時、アナログって珍しくない?
【池上】 珍しいです。スタジオ自体あまりないし、あってもアナログをまわせる人もいませんって状態で。でも今回はシングル全体で喜怒哀楽をテーマにしたので、人らしい温かいものって部分にこだわりたくて。でも大変でしたよー。オケひとつ録るのもクリック使ってないんで、最後の方になると演奏するみんなが熱くなっちゃう。だから最初と最後のテンションが全然違うんですよ(笑)。
――言われてみると、ストリングスとかもアナログならではの温もりを感じるような音に仕上がってますもんね。音色が肌に伝わってくるというか。やっぱりこれはアナログ効果?
【池上】 そうだと思います。音の丸みだったり温かさが出るように作ったんで。今の時代って人間らしい喜怒哀楽のすべてを表現するって難しいじゃないですか。だからこの曲を聴いて日常では感じにくいことを感じ取ってもらえたらいいなと思ったんです。
――ちなみに池上さんは喜怒哀楽の中で欠けてるものってあります?
【池上】 “楽”かな。“楽しい”の“楽”じゃなくて“楽ちん”の“楽”。やっぱ音楽はパワーを使いますから、なかなか“楽”にはなれないんですよね(苦笑)。
(文:若松正子)