ORICON STYLE

2005年06月15日

区切りを打たないと、次のスタートラインが設けられない

――直太朗さんの作品はとても絵画的だったり写実的だったりするのですが、曲を作られる時に、自分で絵を描いてそれに合わせて詞を書いたりするのですか?
【直太朗】 何かしら写真風景がありますね。今回の「小さな恋の夕間暮れ」を作っている時などは、自分の中のノスタルジックなイメージというか、80年代の写真フィルムのCM的というか、踏み切りでセーラー服の女の子が佇んでいる姿をパチッと撮って、みたいな……そういうのをイメージしながら、質感としては液晶とかプラズマになる前のカラーテレビの映像があったんです。だから、アレンジもそういうテイストでお願いしたんですが、そこにこの曲のキュンと来るところがあったりもすると思います。

――この曲は“夕間暮れ”という言葉ありきで生まれたんですか?
【直太朗】 最初は風景ですね。とても夕暮れの風景が見えやすい曲。紫色の空した帰り道。そこに踏み切りの音が鳴っていて、みたいな。そういう風景から来たんですけど、それを“夕暮れ”という言葉で片付けてしまうには、あまりにももったいないというか簡単だなと思って。その風景の奥にある、感情を刺激してくる空の色みたいなものをどうにかして伝えられないだろうか、というところから探し当てた言葉だったんです。それから“夕間暮れ”っていう文字の座りや言葉の響きがいい。そこに何かピンと来たというのが大きな理由ですね。

――今回“新章”という表現を使われていますが、およそ区切りとしてのベスト盤リリースなんでしょうか?
【直太朗】 そうですね。区切りを打たないと、次のスタートラインが設けられないなと思ったんです。いわゆるピリオドを打たずに自分の欲するままにどんどん行っちゃうと、すごく勝手な行動になるんだろうなって。ちゃんと決意表明をしなきゃいけないんだろうなと思って……ということでの(ベスト&新曲)同時リリースだったりするんです。確かにひとつのターニング・ポイントであり、出発点ですが、“新章”という言われ方は……正確に言うと、新章に通じていくその過程であるという風に受け取ってもらえたらと考えています。

――変わっていく過程の中で、できる限りリラックスした感じでできていくものが、新しいものになればいいということなんですか?
【直太朗】 そうなんですよ。そのリラックスした感じというのが、うまく言葉では伝わらないんですが、実にそんな感じです。今までやってきた活動全部を否定することもできないし、でも全部に胸を張れるかって言ったらそうじゃない。だからどんどんスリムになっていく、やらなくていいことはやらなくていいし、知らなくていいことも知らなくていいし。そんな消去法の中から自分が探していたやるべきことというのは、そんなに多くはないと思ってるんですよ。ただ、追求しなければいけないことはすごく深くて、そこに専念できるかできないかという、それが今の時期の自分にとってひとつの生きる術だったりするんですよね。どうしても、いろんなトラウマやコンプレックス、自己矛盾、変なプライド、つまんない優しさといったものをいっぱい抱え込んで、今までいろんな環境の中で生きてきて、自分を悪く思われたくないって気持ちが心のどこかにあったりするじゃないですか。そういういろんなところで付いてきた習慣とか、占めてしまった味みたいなものを少しずつ捨てていっている作業かもしれないですね。そういう意味では、これからどんどん言葉も歌声も“剥き出し”になっていくと思うんです。だからこそ、直接それを伝えようとしちゃうと、すごく押し付けがましいというか、おこがましいというか、too muchなものになると思うから、まず言葉があって、歌声があって、アレンジがあって、っていう、それをひとつの総合芸術として“触り心地のいいもの”にしたいんです。そうして、作品を聴いた時にみんながふっとそこに入っていくような、そんな作品が作れたらなあって。その後に、言葉のロジックだったり、歌声の中にある息吹みたいなものを少しずつ感じてもらえれば、平面的というよりも、いろんな角度から楽しめる、ひとつの球体のような立体感が出るんじゃないか、と。

“雲盤”を通して改めて違う角度から理解してもらえたらいいなあ

――『傑作撰』の曲順に何かこだわりはあったんですか?
【直太朗】 それが、“空盤”の曲順と選曲に関しては、ほとんど僕は関わってなくて、知り合いとか近しいスタッフに、“これが聴きたい”“これが好きだ”というもの、聴いてくれる人が聴きやすいだろうというものをピックアップしてもらったんです。僕というよりも、僕を取り巻く環境が選んだ1枚なんですよね。僕が首を突っ込みだしたらきりがないって周りのみんなは知ってますから(笑)。これも録りたい、これは歌録りをやり直したい、とか、悪循環になっちゃうんで。その分、“雲盤”に関しては、僕を納得させるために付けてもらえたのかなという思いもあって、本当に自由に、素のままでやらせてもらいました。

――通常、曲を作っている時は、歌詞はまだ見えていない状態、イメージだけで進めているような感じなんですか?
【直太朗】 見えてはいるんですよ。全体は見えていて、おそらくここにこういうことを歌うべきなんだろうなっていうのは朧げに見えていて。テーマがまずあって生まれてくるというか。でも、言葉を選ばずに言ってしまうと、歌詞を付けていく作業って、決して楽しいものじゃないんですよ。頭の中でできていることは自分でわかっているので、後はそれを狂いなく言葉として当てはめていく作業だから、時としてやりっ放しにしたりもするんです。ビジョンと形がはっきりしたら、その息吹を持って生まれてきている時点で、もうこの曲は99%でき上がってるって思うんですね。後の1%はそのパズルを埋める作業だったりするんですが、その1%をいつも疎かにするので、いっぱい曲が貯まってしまって(笑)。

――“空盤”の中で、最初に自分の中で見えたビジョンに最もぴったりとはまったなというのはどの作品ですか?
【直太朗】 「夏の終わり」かな。この曲はちょっと隙がないというか、自分で言うのも何ですけど、クオリティーが高いですよね。どの時代に出しても恥ずかしくない歌だと思ってます。自分の明確なビジョン──この曲の場合だと答えは“夏の終わり”だとわかっているわけです。夏の終わりに女性が還らぬ人へ思いを馳せている後ろ姿が見えるから、そこに対してどういう流れを作っていくかというのは、残り1%の作業に過ぎない。でもその1%は比重で言うとすごく少ないけれども、その中身をどれだけ高めて内容の濃いものにできるかという視点で曲を作っていく行為は、僕たちが生きる、あるいは死ぬという誰もがわかっている事実の中で、どういう過程を歩むかということとすごく似ている作業だったりするんです。そこにいくらでも妥協はできるし、癒着や依存も可能だけれど、自分はどういう次元で生きていくのかというのを、行間というか、一言では表せない“含み”みたいなものを、どれだけ聴き手のみなさんと一緒に楽しめるか、高められるかというのが、今の自分の活動の醍醐味だったりします。

――“雲盤”は最初からアコースティックでいこうと?
【直太朗】 そうですね。基本弾き語りっていうのを絶対。ここから全てが生まれてますという原点を見てもらわないと、僕みたいなタイプの歌い手は、“空盤”に置かれている曲たちの本質をみなさんに感じてもらえないだろうなと思ってまして。「生きとし生ける物へ」も、大上段から“生きるとは!”みたいな森羅万象的捉え方をされて、すごくジレンマがあったんですが、実は何てことはない、ただただ隣にいる大切な人にぼそっと歌っている曲なんです。そういうのが少しでも伝わればいいし、そうやってもう一度聴くと曲の聞こえ方も全然違うだろうし、それは伝え方を間違ってたりとか、違うってことはわかるんだけど、じゃあ何が正解なのかってことを掴み取れなかった時期だったりしたので、この“雲盤”を通して改めて違う角度から理解してもらえたらいいなあ、と思ってるんです。でも、今回“雲盤”を作りながら、全然違うアプローチだったり、全く真逆から曲を見て表現することで、“あれ、こんなに曲が生き生きし出すんだ”っていうのを自分でもすごく感じました。
(文:田井裕規)
(ヘアメイク:石橋さおり)
(スタイリスト:木村厚志)