世界的ベストセラーとなった『ブルー・オーシャン戦略』刊行から13年。この間、W・チャン・キムINSEAD教授は、共同著者であるレネ・モボルニュ教授と共に、世界中のブルー・オーシャン・プロジェクトの成功と失敗を収集し、研究を続けてきた。その成果をまとめあげたのが、本年4月に発売された書籍『ブルー・オーシャン・シフト』だ。
『ブルー・オーシャン戦略』に続き、世界的ベストセラーとなっている本書の刊行記念フォーラムが10月10日に東京で開催された。プログラム最後に、ブルー・オーシャン戦略を参考の一つにして事業を立ち上げたスタディサプリの山口文洋氏、ミクシィを再生させた朝倉祐介氏に加え、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授がファシリテーターとなってチャン・キム教授とのパネルディスカッションが行われ、話題となった。「日本で今、ブルー・オーシャン・シフトが必要な理由」と題されたこの内容を、前後編の2回にわたってレポートする。
「PL脳」が日本企業の縮小均衡を促している
入山(ファシリテーター) キム先生の『ブルー・オーシャン戦略』初版の邦訳が出版されたのは2005年。そして『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の出版が、その10年後の2015年でした。『新版』の監訳者を私がつとめたのですが、その日本版の「監訳者による序文」で日本のブルー・オーシャン候補事業・企業を集めました。本日のパネルである山口さんのスタディサプリをはじめ、17つ紹介したのです。
一般的に『新版』は初版ほど売れないものですが、この『新版』はなんと現在8刷と異例の売れ行きで、今も版を重ねています。この事実は、ようやく日本の企業・経営者が「ブルー・オーシャン戦略」の発想に追いついてきたからではないか、と私は考えています。すなわち、今こそ日本でブルー・オーシャン戦略的な思考が求められている時期なのかもしれない、ということです。
そして2018年に新著『ブルー・オーシャン・シフト』が出版されました。本書では、激しい競争下にある市場、つまりレッド・オーシャンからブルー・オーシャンへシフトするための具体的な施策やその立案法などが紹介されている。「ブルー・オーシャン戦略」よりも、さらに実践的な本と言えるでしょう。
朝倉 日本の市場がどんどん大きくなり、経済が急角度で成長していくことはもうありえないでしょう。『ブルー・オーシャン戦略』、そして『ブルー・オーシャン・シフト』にこれだけ関心が集まっているのは、そのためだと思います。
私は2018年7月に『ファイナンス思考』という本をダイヤモンド社から出版したのですが、この中で「PL脳」というものについて書いています。PLは“プロフィット・アンド・ロス”、損益計算書ですね。損益計算書の売上、営業利益、当期純利益、こういった指標を最大化することこそが経営の目的である、という考え方を「PL脳」と呼んでいます。
入山 この朝倉さんの本もまた、素晴らしい本ですよね。それにしても、「PL脳」というのはかなり批判めいた、挑戦的な言葉ですよね(笑)。
朝倉 そうです。「PL脳」が日本企業の縮小均衡を促しているのではないか、と思うのです。高度経済成長期は市場のパイがどんどん膨らんでいたわけですから、経済成長を追い続けていけば、必然的に売上といったPLの指標も大きくなります。
目先のPLを大きくすれば会社も成長していった。そういった時代が1990年代の初頭までは確かにありました。しかしバブル崩壊後、「PL脳」の日本企業は時代の変化に十分対応することができませんでした。目先の利益を追ってコスト削減競争に狂奔し、失われた20年、30年を招く結果となりました。
こうした縮小均衡状態から抜け出して、新しい市場を切り開いていくためには、会社の価値向上に向けた戦略を長期的な目線で組み立てる「ファイナンス思考」が必要ではないか、という問題提起をしたのです。これはキム先生の『ブルー・オーシャン・シフト』と相通ずるところがあると考えています。
入山 朝倉さんは、そもそも競馬の騎手を目指した後にマッキンゼーに入ったというユニークな経歴の持ち主です。そして、低迷していたミクシィをスマートフォンゲーム「モンスターストライク」によって、一気にV字回復させた若手経営者として注目を集めました。ミクシィを離れた後も日本の起業家をサポートしながら、ご自身もまた起業家として活躍しています。...