• ホーム
  • ビジネス
  • AIは“美しさ”を感じるか ディープラーニングの先にある未来

AIは“美しさ”を感じるか ディープラーニングの先にある未来

左からコンサルタント企業コーン・フェリー・ヘイグループのシニアクライアントパートナー山口周さんと、AIプログラミング学習サービスを展開するベンチャー企業Aidemyの代表取締役・石川聡彦CEO

劇団四季「ライオンキング」を鑑賞して最初に出た感想は「なんかスゴイ」「なんかカッコイイ」でした。月並みな感想しか出ないのは、見たことが無い世界だったからです。うまく表現できないもどかしさを味わい、自分の言葉の引き出しの少なさにぼうぜんとしました。

そんな私を、ある先生が「感じる心と目が先で、言葉は後。まずは美しいものを美しいと思える心と目を育てなさい」と慰めてくれました。

このように美しいものと美しいと感じる心は、人間だけの特権なのでしょうか。人工知能は、ライオンキングを見て“美しい”と思うのか。もし美意識を持った人工知能が誕生すれば、人間よりもはるかにうまい絵画や音楽を生成できるのでしょうか。

そこで今回は「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」を執筆された、コンサルタント企業コーン・フェリー・ヘイグループの山口周さん(シニアクライアントパートナー)と、「人工知能プログラミングのための数学がわかる本」を執筆し、AIプログラミング学習サービスを展開するベンチャー企業Aidemyの代表取締役・石川聡彦CEOを交えた対談を行います。

●「美しさ」は学習できる?

――(聞き手、松本) 「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」の第7章に、美意識の鍛え方が記載されてます。アートに触れるのが重要とありましたが、そうした機会を増やすと人間の美意識は鍛えられるものでしょうか。

山口さん(以下、敬称略) 本書の「美意識」にはいろいろな意味合いがあり、道徳観念に加え自分らしさを鍛える力も「美意識」と表現しました。今日の対談では狭義の意味、つまり西洋美術史の文脈で「歴史的に美しいと位置付けられている美術を見抜く審美眼のような能力は鍛えられるのか」を考えます。

僕は鍛えられると思っています。小林秀雄(文芸評論家)も言っていますが、骨董屋に入った小僧が真贋を見抜く能力をどうやって鍛えるかといえば、専門家から良いと評価されているものをずっと見続けると、偽物が出てきたときに分かるというんです。

僕自身、子供のころから絵画や音楽などで“本物”に多く触れてきたので、あるときその良さがパッと分かるという感覚を何度も体験してきました。

例えば、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーの話は有名です。彼は来日したとき、若手日本人が作曲した大量の音楽テープを早送りで聴いていたようです。すると、あるテープを聴いた所で「ちゃんと聞きたい!」と要望して、それが武満徹の「弦楽のためのレクイエム」だったと。

結果的にストラヴィンスキーは(当時)無名の作曲家を発掘し、武満徹は世界的な評価を獲得しました。ストラヴィンスキーのような人が「何かここにはある」と感じ取れるのは、普通の人には分類できないロジックがあるんでしょうね。

もっとも、歴史の評価は結構ダイナミックに変わっていくものです。ゴッホは生前評価されませんでしたし、フランス印象派も当初は評価されませんでした。良いとされるものは時代によって変わっていきます。その時代に支配的だった「良い」とされるものを判断していく能力、これは鍛えられるという言い方が正しいでしょう。

―― 時代によって姿・形は変わっても、本質は変わらないのでしょうか。

山口 それは相当に慎重な議論が必要です。バッハやモーツァルトの曲は永遠だという人もいます。しかし1万年、10万年後も永遠かと言えば、1万年後の人類が私たちと同じ環境で彼らの音楽を聴いているかどうか分かりません。つまり美意識とは非常に限定的、相対的なもの。

―― 過去にさかのぼり、その当時良いとされているものを画像認識で大量に学習させてて、「真贋を見抜くAI」みたいなものを作ろうと思えば作れるものでしょうか。

石川CEO(以下、敬称略) 今の話を伺った限りだと、できると思います。歴史的に美しいとされるものを学習していけば、同じようなテイストのものをピックアップできるでしょう。ただ、山口さんもおっしゃられたように、美しさの価値観は年々変わっていきます。

いわゆる教師あり学習で「これは美しい」というラベルを付けて学習させるだけではなく、その時代の特徴、歴史的な背景、中世では美しいとされていたけど近世では美しいとはされていない、などのラベルを付けないと、歴史的コンテキストの中での美しさの評価が下せないでしょう。

●AI視点で見る「中田ヤスタカと秋元康の違い」

―― では、歌や曲はどうでしょうか。ある時代にはやった歌を学習させて、新しく登場した歌がはやるかどうかの判別はできますか。

石川 かなり簡単だと思います。この前、作曲家は中田ヤスタカ型と秋元康型に分かれると、機械学習のエンジニアと話していました。中田ヤスタカ型は天才肌で、自分でこれが良いと思ったものを作曲する。秋元康型はメロディラインなどを分析して、こういう曲であればヒットするという型が出来上がっている。

―― 小室哲哉全盛時代に宇多田ヒカルが彗星(すいせい)のごとく現れたとき、衝撃を受けたのを覚えています。人工知能だったら「Automatic」のすごさを理解できたのか。ちなみに僕は何がすごいのか全く分からず「天井低っ!」(PVの映像)ぐらいしか思いませんでした。

石川 あくまで人工知能や機械学習をどういう目的で使うのかによりますね。連続する過去の歴史から飛び出たものは、人間がいまの価値観で判断しなきゃいけないという結論になるでしょう。

「猫か犬か」みたいな判別であれば、単に見た目で判断してしまえばいい。ただ、絵画や音楽だと先ほど言ったように、作者の生まれた環境や国などの情報も必要になるかもしれない。どういうラベルを付ければいいのかという選択に、主観が入る可能性はあります。

―― 主観は「美意識」を鍛えるためにも、「人工知能」を作る上でも重要なキーワードだと考えています。ここで、あるCTスキャン画像を見てほしいのですが。米ナショナル・パブリック・ラジオで紹介されたものです。何か変ではありませんか。

山口 そうですね。CTスキャン画像の中にゴリラが映っている。

―― さすがです。放射線科医24人にこの写真を見せたところ、20人はゴリラが映っていることに気付きませんでした。

石川 あーっ、本当だ(笑)。

―― 専門家であるほど、そんなもの映ってるはずがないとバイアスがかかって異変に気付けない。でも、AIならゴリラに気付けるかもしれない。山口さんの著書では、同じ絵画を見た者同士が議論しあうことで「見えていなかったものが見えるようになる」という話が紹介されていました。他者の視点を得るのは、バイアスを壊すことと同義なのかなと。

山口 同じ絵画を見ても、人によって気付きは異なります。ただ、それが「美しい」という感覚にどこまでリンクしているかは正直分かりません。

米国のメディカルスクールでは、全員がこうした“みる”講義を必ず受講するようです。それで医者の診断能力が上がるという。音楽では訓練すれば全ての楽器が聴き分けられるようになりますが、音楽の美しさを感じ取る能力との関係は分からない。

―― 画像認識の場合、こうした「見落とし」といえるような事象は起こりうるのでしょうか。

石川 異なる学習済みモデルのAIを用意すれば、同じ画像を読み込ませても違う解釈をする可能性は当然あります。

●AIは直感型で音楽が得意?

山口 「人工知能とアート」といっても、音楽と絵画でも違いがあります。

絵画はアナログですが、音楽は音符を座標上に配置するので本質的に数学になじむ。次に、音楽は音の運びだけで完成しているバッハのような純粋器楽曲(絶対音楽)と、そこに歌や歌詞が加わって完成するジョン・レノンの「イマジン」のような楽曲(標題音楽)に分かれます。

バッハの曲を数値データにして、バッハっぽい曲に仕上げるのはできると思うんです。海外では実際にそういった研究が行われていて、聴いてみると相当それっぽい。2030年、40年にプロが聴いても「いいね」と感じる楽曲を創れてしまうはずです。

一方でジョン・レノンのイマジンはどうか。ピアノの伴奏にジョンの歌声が乗っているシンプルな内容ですが、1970年代の社会的な閉塞感に、新たなビジョンを提示しました。社会に対する問題意識やメッセージ、どういう声のトーンにするかなどが混然一体になっている。変数が大きいので、AIがまねするのは難しいのではないでしょうか。

石川 そういう数学的な説明がしにくいものであっても、ここ5年ぐらいのディープラーニングによる人工知能の進化を鑑みれば、十分に新しい発見の可能性があると思います。ディープラーニングを簡単にいうと、大量の変数があって人間が定義できないものを機械に定義してもらう技術です。

バッハっぽい曲は人間が定義できるから、これまでの技術で対応できた。ディープラーニングは人間が説明できないものを新しく生成できる所がブレークスルーなので、これから先に「イマジン」っぽい曲が登場する可能性はあります。

―― そういう意味でもディープラーニングは画期的な技術なんですね。ところで、言葉で説明できないけど答えが出てきたものを山口さんの著書では「直感」と表現されています。例えば、囲碁AI「AlphaGo」は人間に理解できない手を打つが、盤面が進むとそれが好手だと気付かされる。そう考えると、AIは「論理」ではなく「直感」で動いているのかなと。

石川 直感というのが“説明できないけれども何となく良い気がする”という定義なら、機械学習の目的と沿うでしょう。機械学習は、アウトプットに至った背景の説明ではなく、アウトプットの精度に重きを置きます。かなり直感的です。

16年にトップ棋士・李世ドルに勝ったAlphaGoは、まずプロ棋士の打ち手を学習し、次にAlphaGo同士で対戦してより良い手を学ぶというものでした。

一方、進化した次世代版の「AlphaGo Zero」はその10倍ぐらい強いとされています。こちらはプロ棋士の指し手を学習せず、AIに自己学習をさせたもの。そこでは、人間は良いと評価していた手も、AIから見ると悪手というケースが出てくる。

―― 常識やバイアスにとらわれると、AIのような手は打てない。AIの発想はこれまでの常識の延長線上にはないものですね。

●「遺伝子はデータ」 AIは“本能”を持つのか

―― 西洋的な宗教観の話ですが、神が人を6日目に作ったのならば、もし人が人工的に人を造れば、人は「人」なのか「神」なのか? という神学論争を聞いたことがあります。人工的に造った人というのが、まさに人工知能ですね。

人が作ったものは「arts」、自然・神が作ったものは「science」に分類されますが、artsの中でもリベラルアーツが大事だという記事を以前に書きました(参照:“人工知能時代”に求められる人間の能力、たった1つの答え)。

僕はリベラルアーツを「本質を学ぶ能力」だと理解しています。月の満ち欠けを見ても、現象だけ見ている人は「月が半分になった!」と言うでしょうが、本質を理解している人は「月と地球が回っているから」と分かります。

画像認識、音声認識の場合、多くが「画像だけ」「音声だけ」を取り込みます。そのデータだけでは隠された背景を人工知能自体が自律的に理解できないので、それらを教えないと「現象」の理解にとどまってしまう。本質を理解できる人工知能は生まれるのでしょうか。

石川 本質の理解となると、汎用型人工知能を指すのかもしれません。正直、現時点では難しい。人工知能は汎用型、特化型の2種類があり、特化型は特定の分野、特定のタスクで人間の精度を上回る結果を出すもの。汎用型は常に総合的な判断を下している人間と同等以上の結果を出す人工知能です。(AlphaGoをはじめ)いま研究が進んでいるのは前者です。

大事なことですが、汎用型人工知能は本質的にはできるはずなんです。脳の構造をまねてネットワーク構造を作り、電気信号で内容を把握できれば、将来的には誕生するんじゃないかと思います。でも、それがいつできるかという議論は難しい。

あと気になったのは、人は生物ですが、人工知能は生物ではありません。生物は知能に加え「生きる目的」がある。究極的には自分の遺伝子を次の世代に受け渡すことです。一方で人工知能には目的がないので、その知能を次世代に残そうという思いもありません。

「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス)という本がありますが、人間は自分の遺伝子を後世に残すために行動する。例えば芸術家は突き抜けた作品を作るニッチ戦略を取り、自分の作品を後世に残す確率を高めようとするが、それも似ている話かもしれない。

でもAIにそうした意思を持たせるのは、今の技術の進化とは別次元。汎用型人工知能はいまの技術の延長線上では難しく、学問的にジャンプが必要です。

山口 「生存・生殖」が生物の本能だと記したドーキンスの理論で考えれば、人工知能に本能を持たせるのが難しい、という理解でいいですか。

石川 遺伝子は突き詰めると単なるデータです。人工知能と遺伝子を組み合わせれば、有機物ができるかもしれない。一方で、人間が自らの遺伝子をコピーして、人間そのものを創ってはいけないという宗教的発想もある。その是非は人間が考えることですね。

●あとがき

芸能人が一流の品とそうでないものを見抜く、正月の恒例番組「芸能人格付けチェック」が面白いのは、普段良いものに触れているはずの芸能人が意外とバカ舌・バカ耳だからなのと、良いものに触れる感覚を養う難しさに気付かされるからです。

普段からアート作品にあまり接しない私の場合、その分野の専門家が「これは良い」と評価するものを「ふーん、良いんだ」とほぼ無条件に受け入れ、それを正解と認識しています。

もし、これから20年後、良い曲や絵画を見極める人工知能が誕生したとして、私は「専門家」として素直に受け入れられるでしょうか。果たして専門家は本当に人しか務まらないものでしょうか。

もっとも究極vs至高のように、その道にも複数の専門家がいるからこそ価値観は多様になります。1つの人工知能を過信しても同じ価値観に染まるだけで面白くありません。大事なのは「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命を懸けて守る」ことなのかもしれません。

提供元:ITmedia NEWS

オリコントピックス