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広島・神辺町で古代ロマンの旅〜古墳と砂防ダムの意外な関係も

広島県福山市神辺(かんなべ)町は、福山市でも特に歴史のある町です。とくに、御領(ごりょう)と呼ばれる地域には遺跡も多く歴史好きには堪らない地域です。
その遺跡の1つである「御領古墳群」は、中国地方以西で最大級の「群集墳」と見られています。今回ご紹介するのは、「御領古墳群」の中でも「古墳の丘」と呼ばれる「上御領下組(かみごりょうしもぐみ)古墳群」と、「下(しも)御領古墳群」の古代ロマン溢れる旅です。

古墳への入口には、登録有形文化財の「砂留」も

写真:村井 マヤ

写真は、今回の旅の入口でもある「砂留(すなどめ)」と呼ばれる砂防堰堤(さぼうえんてい)です。福山市神辺町に限らず広島県にはこのような砂防ダムが多くあります。福山市神辺町の堂々(どうどう)川沿いには、江戸時代に築造され現存する砂留が15基あります。
堂々川は、大原池という溜め池を源流としています。江戸時代初期の延宝元(1673)年に、この大原池が決壊し、現在「御領遺跡」と呼ばれる地域にあった備後国分寺の門前町の人々が土石流で亡くなるという惨事も起こりました。この災害と下流域に山陽道・石州銀山道が東西に走っていたこともあり、福山藩の水野家時代には砂留建造計画もありましたが、計画だけで実現はされませんでした。実際に堂々川に砂留が築造されたのは、安永2(1773)年の阿部家時代のことです。

写真:村井 マヤ

堂々川にある江戸時代築造の砂留のうち8基が平成18(2006)年に国の登録有形文化財に登録されています。福山市には多くの砂留がありますので、福山に来られた際には砂留群も見学されると良いでしょう。こちらの砂留群までは、電車でもよろしいですが、可能なら自動車の利用をおススメします。
写真の「御領古墳群」の看板があるのは、4番砂留の上流の林道入口です。写真奥の砂留は、5番砂留になります。砂留沿いは、知る人ぞ知るウォーキングコースですので、時間があればゆっくり歩いてみてください。

写真:村井 マヤ

「古墳の丘」までの道のりは、林道ということもあり砂利道ですが、古墳関連のイベントなどの他はあまり訪れる人もいませんので、大変静かです。古墳の丘に行く途中に「下御領古墳群(B支群)」「御領最大の横穴式石室」という看板があります。そこにも車を駐車できますが、あまり見学の方がいないようなら、もう少し先まで進んでの駐車も可能です(*)。
*古墳群見学の際は、「御領の古代ロマンを蘇らせる会」まで一度連絡されて、情報収集をされてからお出かけください。

驚きの「古墳の丘」、山肌に広がる古墳群に興奮!

写真:村井 マヤ

「古墳の丘」こと「上御領下組古墳群」へは写真の道から登ると便利です。木々が生い茂っているように見えますが、大きな木はありません。天気が良い日は、かなり暑くなりますので服装には気をつけましょう。写真は、南向きの斜面の登り口です。下から見上げると14基の横穴式石室が確認されています。
ちなみに上御領下組古墳群には全部で38(古墳の可能性あり3基含む)基の古墳が確認されています。

写真:御領の古代ロマンを蘇らせる会

「古墳の丘」は、2014年冬に発見されましたが、発見当時はさぞ驚かれたことでしょう。もちろん今でも下から見ると圧巻です。写真だとその感動が伝わりにくいので、ぜひ訪れてその感動を味わっていただきたいものです。これらの古墳群の整備などを行っているのは、行政ではなく「御領の古代ロマンを蘇らせる会」という団体です。この団体の方々の地道な整備によって、「古墳の丘」への散策も可能になりました。

写真:村井 マヤ

古墳群のある丘は、真砂土で、大変すべりやすくなっています。足元には注意して、できれば運動靴に手袋もあると便利です。

古墳の丘(上御領下組古墳群)から神辺平野を望む

写真:村井 マヤ

通称「古墳の丘」を登っていると、写真のように石室だけが沢山あるのが分かります。この丘の石室は、元々このような姿ではなく、本来は土に覆われていました。また開口方向は南東か南で、神辺平野にある「御領遺跡」を向いています。

写真:村井 マヤ

写真は、「古墳の丘」からの景色です。神辺平野から岡山県浅口市の山並みまで見渡せます。

写真:村井 マヤ

「古墳の丘」にある古墳群が、このような姿になったのには、人為的な理由と長年の雨風による自然破壊も原因です。
人為的というのは、先ほどご紹介した砂留と関係しています。砂留は花崗岩を積み上げた防砂ダムですが、その石材として古墳の石材が利用されたのです。また、真砂土質の山は雨が降るたびに斜面ごと古墳を削っているのです。素晴らしい古墳群の崩壊をどう防いでいくかが、今後の課題になるでしょう。

御領遺跡と御領古墳群について

写真:村井 マヤ

古墳の開口部分がすべて御領遺跡に向いていることは先述しましたが、御領遺跡とはどんなものだったか少しだけご紹介します。
御領遺跡は、広島県福山市神辺町下御領から上御領にかけての南北1.4km、東西1.6kmに広がる縄文時代後期から中世の遺跡のことです。井原鉄道建設や住宅建設に伴う発掘調査、また国道313号の改良事業に伴う発掘調査によって様々な遺構・遺物の発見がされてきました。
今でも多くの人たちが生活している神辺平野にある御領遺跡では、土器が大量に発掘されました。そのことから、古代より多くの人々が暮らしていたことが分かります。

写真:村井 マヤ

御領遺跡を見渡す山の斜面にある古墳は、御領遺跡で暮らしていた人たちの墓だと考えられます。
古墳の丘(上御領下組古墳群)の石室の大きさは、幅0.8mのものから2.3mで長さは2mから9.2mと大規模ではありません。幅が2m以上だと最有力者層の家族墓で、幅が1m未満だと身分に関係なく別の理由で埋葬されたと考えられています。写真の古墳は、尾根の先端近くにあり、この尾根にある古墳の中でも有力者の墓だと考えられます。この古墳は下から眺めても存在感があり、「古墳の丘」のシンボル的古墳です。
「古墳の丘」に来られたら、この石室からの眺めを堪能してくださいね。

下御領古墳群と御領最大級の横穴式石室も

写真:村井 マヤ

下御領古墳群は、井原鉄道御領駅から徒歩で約35分くらいです。古墳散策のハイキングコースとしても適度な距離です。写真奥が御領駅の方向で、徒歩の場合は、この奥から古墳の丘方面へと向かうことになります。自動車の場合は、古墳の丘から見学し、元来た道を少し戻ります。
下御領古墳群には、確実に古墳だと確認されたものが97基、可能性があるものが15基あります。かなりの数の古墳があるのには驚きです。古墳の丘と違って、かなり木々も多いので夏場の散策の際は、蛇や虫などへの注意が必要です。古墳散策は、できれば秋から5月上旬くらいまでが望ましいでしょう。

写真:村井 マヤ

写真の古墳は、石室全長は8.1m以上、幅1.7m-1.9mで御領古墳群の中では古い時代のタイプ。天井石は露出していますが、墳丘は比較的良い状態で残っており、円墳状の古墳であることが分かります。
この辺りには、大きな古墳も多いので、じっくり楽しんでください。

写真:村井 マヤ

お分りになりますか?石室の内部が良く見えますよね。覗き込むと内部の様子を観察できますよ。中に入るとかなり広いです。土が流れ込んで浅く感じますが、実際はかなり大きなものです。この規模の古墳は、福山市駅家町の「大迫金環塚古墳」、神辺町の「迫山第1号古墳」と並ぶ古墳です。ちなみに上記2つの古墳は、県史跡となっています。どんな人が埋葬されていたのでしょう。想像するだけでなんだかワクワクしますよね?
まだまだ多くの横穴式石室があります。見学の際に案内していただけることもありますので、基本情報の連絡先に問い合わせしてお出かけになるとより良い情報が得られます。
古代ロマンの旅を福山市神辺町でしてみませんか?

上御領下組古墳群と下御領古墳群の基本情報

住所:広島県福山市神辺町上御領
電話番号:090-2003-8201(「御領の古代ロマンを蘇らせる会」代表端本てる子)
アクセス:
<バス>福山駅前(福山〜井原線)御野学校前下車(約24分)そこから徒歩で約30分(下御領古墳群)
<電車>福山駅(JR福塩線)〜神辺駅(井原鉄道井原線へ)〜御領駅下車(約20分)徒歩で約35分(下御領古墳群)
<自動車>福山駅付近から国道313号で約27分堂々公園を目指し、途中の4番砂留上流の「御領古墳群」の看板を目指しそこから古墳の丘へ
2020年6月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

■関連MEMO
御領の古代ロマンを蘇らせる会HP(外部リンク)
http://blog.livedoor.jp/geibi/
いにしえ散歩〜吉備穴国を訪ねて〜第6回「古墳の丘」(外部リンク)
https://www.youtube.com/watch?v=TjUGSSgcxVU
堂々川ホタルと花と砂留と/福山市都市ブランド戦略サイト(外部リンク)
http://fukuyama-brand.jp/?page_id=1369
堂々川ホタル同好会(外部リンク)
https://dodogawa.com/

【LINEトラベルjp・ナビゲーター】
村井 マヤ

提供元:LINEトラベルjp 旅行ガイド

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